ちょっとだけ時を遡った、年末の事。
自宅に小包が届いた。
宛名は神崎瑠衣。
発送元住所はイギリス。
差出人は、私の両親。
「…よりによってロンドンかぁ」
小包には様々なカラフルなお菓子とちょっと大きめのメッセージカードが入っていた。
新年を祝うカードには近況と口座へお年玉を振り込んだ旨が記載されている。
「…よりによって…イギリス菓子…」
イギリスのお菓子に当たりがあった気がしない。
衛宮邸に持ち込むのはどうかいやどうだろう、と考え込んでいる所で衛宮邸からの電話が入り、年越し正月は一緒に過ごさないか、と誘いを受けたのだ。
もちろん、断る理由はなかった。
そして、年を越え、日が昇り、柔らかな光に包まれ始めた板張りの廊下。
ひとつ白い息を吐いて、ガラス越しの白んだ空を見つめる。
新しい、年が始まった。
「「「あけましておめでとうございまーす!」」」
新年に相応しい、明るく賑やかな挨拶。
色とりどりの料理が並ぶテーブルを大勢で囲んで、新年を祝う。
衛宮邸の本来の住人は何人だったのか忘れてしまいそうな程に賑やかで、あたたかい空間だった。
士郎と桜が料理を運び、セイバーがキラキラと輝いた瞳でひたすらに料理を頬張り、藤ねえが士郎の海老を拐い、イリヤは田作りの苦さに顔をしかめ、凛は時折ひとり眠そうに顔を擦って、私はそれを眺めながら錦玉子を小皿に取る。
そして、台所に立つ長身の誰かさん。
彼が賑やかな場所…特に士郎が居る場所…は避けたがるのを私は知っている。
いや、この場の全員が知っているかもしれないが。
「およ?瑠衣ちゃんどこまで積み上げるつもりなのかな?」
「え?…あっ!!?」
藤ねえの視線を辿った先、手元の小皿を見れば黄色と白のツートーンが美しい錦玉子が高く積み上がっていた。
「瑠衣は錦玉子好きだもんなー、沢山あるから好きなだけ食べていいぞ?」
「えっ違、いや好きだけど錦玉子!じゃなくて」
「なぁにー?あ、まさか瑠衣ったらもしかして」
「ひぎゃー!!凛それ以上はやめてえええ!!!」
うっかり気を抜いて錦玉子を積み上げただけでこの有り様。
皆が皆、長い付き合いの為に私の行動はあっさりと見透かされてしまう。
特に凛ほんとやめて、やめて下さいお願いしますあなたの観察眼こわい、眠いならおとなしくしてて下さい…!
そんな賑やかな喧騒の中、台所の彼は誰にも気が付かれず小さく肩を竦めていた。
「アーチャー?…あれ?いない」
朝食が落ち着いた頃、台所にはアーチャーの姿がなかった。
アーチャーにはまだ挨拶してないのに。
頑固な意地っ張りさんにも程がある。
暖かかった居間とは対照的に、ひやりとした空気に包まれた廊下をのんびり歩く。
寒いけど、それはそれで気持ちがいい。
なんだかいつもより寒い気がするけど。
「あ、瑠衣」
「ん?イリヤ?」
廊下から庭に続くガラス扉を躊躇いもなく開け放し、縁側に腰を掛けた雪の妖精。
…廊下がいつもより寒かった原因はイリヤか。
「アーチャーなら上よ。アーチャーを探しているんでしょう?」
「ご明察です。…ありがと、イリヤ」
「いいのよ。今の彼を支えてるのは瑠衣だから。気にすることは無いわ。じゃあね、瑠衣。ごゆっくり」
そう言い残して、イリヤは透き通る銀髪を翻し居間へと戻ってゆく。
私が支えている、とはどういう事なのだろうか。
どういった、意味なのだろうか。
疑問を残しつつ、庭へと足を踏み入れる。
その瞬間、声を掛けるまでもなく、ひらりと目の前に赤い外套が舞った。
「呼んだかね」
「まだ呼んでないけど…まあいっか。あけましておめでとう、アーチャー。今年もよろしくね」
「あけましておめでとう、瑠衣。此方こそ、よろしく頼む。…それと、」
ふわり、と肩に柔らかな布の感触。
「外に出るのなら何か羽織ってくれ。君に風邪を引かれでもしたら私が困る」
「なんでアーチャーが困るの?」
「……とにかく、困るんだ」
だから暖かくするなりなんなり対策をしてくれ、と。
私も自ら風邪を引きにいくほど愚かではないし、アーチャーに心配を掛けるのも申し訳無いのでこくりと頷いた。
「じゃあ、アーチャーも暖かくしないとじゃないの?」
「…私はサーヴァントだが、
まあ、君がどうしてもと言うのならば」
「じゃ、居間行こう?」
「…居間か?」
「居間」
微妙に表情を曇らせるアーチャー。
そんなに士郎が嫌か。
それとも藤ねえに見透かされるのが怖いのか。
「…どうしてもなのか?」
「どうしてもです」
別に、確固たる理由は無いのだけど、それでもアーチャーと皆とで居間でお正月を堪能したい。
別に、深い意味もなく、ただのふんわりとした希望。
そのふんわりとした希望をぐいぐいと押し付ける私も意地っ張りなのかもしれない。
「……はあ…わかった、君がそこまで言うのなら」
「やった、ほらほら、行こう?武装も解除してさ、」
「わかった、わかったから腕を引っ張るのはやめたまえ!」
「あははっ」
そして私はほんの少しの努力で、居間でのんびり賑やかなお正月を堪能したのだった。
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あけましておめでとうございました。
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