不意に視界が霞む。
ここ数日どうにも頭が重く、頭に鉛がつまっているかのようだ。
元々身体が丈夫な方では無いため、頭が重い位は慣れっこではあるのだが重いものは重いのだ。
小さく呻き、作業を再開する。
木製のテーブルにつき、ひたすら古ぼけた魔道書に指をなぞらせる。
傍から見れば、ただ調べ物をしているように見えるだろう。
大方間違いではないのだが、脳への負担は通常の其れとは大きく異る。
本来ならば人の世に露出すべきでない情報を頭にインプットする行為は、素養の薄い私にとっては特に負担が掛かるものなのである。
それから暫くすると、文字がぼやけて解読が困難となってきた。
流石に疲れてきたのかもしれない。
一旦休憩を挟もうと席を立つ。
「お茶でも飲も……あ、」
床に接地したはずの右足は空を切り、ぐるりと視界が反転してゆく。
朦朧とした私の意識はその事実を把握することは無く、理由もわけもわからず暗闇へと消えた。
**
珍しく、人の居ない日だった。
自身と瑠衣だけがこの広い敷地を専有する。
それらには何も問題は無く、別段感慨深いことも無かった。
意味もなく屋根の上で空を仰ぐ。
秋だからだろう、幾ばかりか空が高いような気がした。
天と地の境は明確にして曖昧だ。
己が秘剣が乖離剣と謂われる所以に想いを馳せていたその時であった。
「…む?」
何か、大きなものが倒れたような音。人だろうか。
常ならば気にすることもないのだろうが、今日だけは違った。
該当するであろう人物は一人しか居るまい。
パスの異常を察知したギルガメッシュは焦りを抱き、地へと降り立った。
「瑠衣!!!どうした!!!」
床には横たわる瑠衣の姿があった。
声を掛けてみるものの、返事はない。
テーブルの上には魔道書がひとつ。
「……此れか…全く、成長しない奴よな…」
瑠衣は自他共に認める虚弱体質だというのに、根が強く無理をしがちな部分がある。
常に無理をするなと忠告をするも、学習する気配は無い様子で、ギルガメッシュも呆れを隠し切れない。
さて。一度冷静に現状を把握したギルガメッシュだったが、再度瑠衣の様態を伺ってみると一気に己の血の気が引いた。
先ほどまでは比較的安らかな表情で横たわっていた瑠衣の顔色が真っ青になり、体温まで低下し始めていたのだ。
「ッ、瑠衣!!我の許可も無く……!!!」
冷たくなり始めた身体を揺さぶっても苦しそうに息を漏らすだけで、覚醒する気配は感じられなかった。
「蔵の…否、あれ等では如何にも…瑠衣、瑠衣!!我の声が聞こえぬのか!」
ぎゅう、と華奢な身体を抱きしめる。
幸い鼓動は停止していないものの、生命力の低下は止まることは無い。
無かったのだが。
「…?」
素肌に直接触れた部分がほんの少し、本当に微細ではあるが熱を取り戻したような。
ここに来て漸くギルガメッシュは気がついた。
生命力と魔力はほぼ同意である。
そんなことに気が付かないほどに取り乱していた己に嫌悪感を抱く。
お互いの服をはだけさせ、密着する。
力なく開いた唇へ、何度も何度も唾液を送り続ける。
「…ッ、此れでは埒が明かんな」
急いでベッドに寝かせ、その後も懸命に体液を送り続けた。
─数日後。
「…ん…ギル…??どしたの、そんな、かお」
「瑠衣…っの、戯け者!!!」
「っ?!」
昼夜を忘れ、時間を忘れ。
付きっ切りで一切手放すこともなく介抱を続けていた。
其れは常のギルガメッシュを知る者ならば異様とも取れる程だった。
そして、やっと瑠衣が目を覚ましたのだ。
「この我に心配等させおって…!!!」
「え、と…ごめんなさい…?」
「謝ってどうにもなる問題では無い!あれ程無理をするなと…!」
「う…」
途轍もない剣幕で捲し立てるギルガメッシュ。
そして、何があったのか把握しきれておらず、唖然とする瑠衣。
ギルガメッシュがここまでに瑠衣を叱ったこと等今まで無かったのだ。
唖然とするのも当然とも言えることなのだが…。
「…無事で、…」
最後まで聞き取れない程に小さな声で呟き。
華奢な身体を強く強く抱きしめる。
「…ありがとね、ギル」
ギルガメッシュは返事とばかりに、また一際強く抱きしめるのだった。
10/19
病弱(虚弱)ヒロインを必死に救いたい英雄王。
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