曇天。雨天。灼熱。雨天。
低気圧と高気圧があっちへこっちへと、自由に旋回して往くこの時期は正直言って体に悪い。
そしてまた、精神的疲労も蓄積していた。
少しは落ち着きを持って欲しい。
ただでさえウチには人類最古の自由人が居るのだ。
いい加減キャパシティオーバーというものだろう。
しかし、そんな迷惑極まりない自由人も憎めない存在で、これまた難儀なのである。
嗚呼、疲れた。
じっとりとした空気が不快指数をひたすらに上昇させる。
癒やしが欲しい。
そんなわけで。
私はふらふらとやる気の無い足取りで彼に会いに行く事にした。
「ぅー、ランサーぁ」
「瑠衣?」
「冷たい水をください、あわよくば愛して下さい」
某名曲を少しねじ曲げつつ、ランサーの腰の辺りにしがみつく。
「暑そうにしながら抱きつくたぁ矛盾してるなお前さんは…で、どうせ水だけじゃ足りないんだろ?」
「イエスマム」
「マムじゃねえよ」
ぺし、と頭を叩かれる。
正確なツッコミをありがとう。
ランサーの座っていたソファでごろごろしながら冷たい水と愛を待つ。
「水」
「ひゃいっ」
頬に当てられたグラスが冷たいものだから変な声が出てしまった。
毎度のことながら情けない。
文字にするのであれば、にへら、と表現するのが妥当であろう笑みを浮かべ、ランサーは私の隣へ座った。
「…水」
「おう」
カランカラン。
ランサーの手の中のグラスが涼し気な音を立て、キラキラと輝く。
しかしそのグラスがこちらへ来る気配は無い。
とうとうランサーまで反抗期に入ってしまったのだろうか。
私の心労が更に増えるというのか。
「愛も欲しいんだろ?」
「え?あ、うん…」
「冷え過ぎた水ってのも身体に良くねえしな、」
「んぅ?」
冷たくて、ほんのり生温かい液体が口の中に広がる。
涼しいのに少し熱い。
ああ、これは所謂口移しというやつか。
ランサーは唇と舌先を器用に動かし、最後の一滴まで流しこむ。
ちゅ、と軽く唇を吸って、終わり。
「どうだ?」
確かに少し潤った。が。
一口で足りるものか。
「…おかわり」
「あいよ」
水分補給を口実に、何度も何度も口づける。
コップの水が完全に常温になってもお構いなしに口づける。
「ん、ちゅ、ぁっ」
実際水などどうでも良かったのだ。
ただ、甘えたいだけ。
そんな私の欲望を察したのだろう、水分補給のための口づけはキスへと変わっていった。
「らんさ、」
「ん」
頭を抱え、唇をついばみ合う。
ちゅ、ちゅ、とひたすらにリップ音が響く。
そのまま勢いで唇を全て覆うようにかぶりついてみると、また唇で返事を受け取った。
続きが来るのかとぼんやりし始めた頭で考えていたのだが、予想に反して唇は離れていった。
「瑠衣…暑くねぇか?」
「熱い…でも、いいや」
お互いに息もすっかり上がり、首筋に汗が伝っている。
それでも、そんなことはどうでもいいのだ。
ぼんやりとした頭にまともな思考が出来るはずもなく。
ランサーの胸板に額を押し付け、精一杯抱きしめる。
熱い。暑い。熱い。だけど、心地良い。
上目遣いで煽ってやろうかと視線をずらす。
紅い瞳に熱が篭っている事が手に取るようにわかる。
そして、
「っア?!」
ランサーの首筋に流れる汗を舐めとった。
予想外の出来事だったのか、ランサーはらしくもない声を上げ戸惑う。
「…不意打ちには弱いんだね」
「ンの馬鹿…ッ」
「はひゃぅっ?!」
仕返しとばかりに耳朶を食まれ身体が跳ねる。
不意打ちはずるい。
そんな悪戯をする悪い口は封じてしまおうか。
考えることは同じだったのか、そのまま舌を絡め合う形になった。
舌を吸われてまた身体が熱くなる。
ぼやける意識の中で、それでも必死に舌を吸って応える。
小さな嬌声と荒い息遣いで、理性は吹き飛んでいった。
時は過ぎ、すっかり日が沈みきっていた頃。
お互い汗でベタベタで、何か他のものでも色々とベタベタになっていた。
あー、っと、これは。
「…ランサー、」
「…瑠衣、」
「「水…」」
7/23
熱中症にはお気をつけて。
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