「よーしじゃあ流すぞー」
わあーっと可愛らしい歓声が上がる。
白銀の少女、イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。
彼女がキラキラとした目で見つめるのは竹を組んで作られた水路。
なんでそんなものがあるのか、なんでイリヤがいるのか、一体何を流すのか。
さくっと説明するならここは衛宮邸の庭で、流しそうめん開催中。
藤村のお嬢が七夕っぽいことしようと提案し、七夕パーティのようなものを行うことになり、そこに私達がお呼ばれしたのだ。
私"達"というのは、ランサーも一緒に来ているからだ。
私自身、ランサーと一緒に居たかったこともある。
ギルと言峰は何かやらかしそうなので置いてきたのだが…ランサーはランサーでアーチャーと睨み合っている。
まあ…いつものことだから気にしないでおこう。
許容範囲だろう、多分。
少女と少年と女性といい年こいた大人気ない男共。
そんな平和としか言い様のない、幸せな光景を縁側から眺めていた。
「おーい、瑠衣はそうめんいいのかー?」
「あ、今行くー」
士郎に呼ばれて流しそうめんに参加する。
そうめんを拐いつつ、衛宮シェフお手製のかき揚げを味わう。
「わ、すご、おいしい…冬木に生まれてよかった…士郎のごはんに出会えてよかった…」
「そんな、大げさだろ、」
士郎のクセなのか、片手を耳元へ運びながら少し照れる。
アーチャーも同じ仕草を見せることがあり、小さな所で彼らの繋がりを感じる。
当のアーチャーはどうやら、追加のそうめんを茹でるべく台所へ向かったらしい。
さて。私の付き人というと。
「なあ嬢ちゃんよぉ」
遠坂嬢にナンパをけしかけていた。
頭痛がする。
ランサー…凛は士郎にぞっこんだと知っているのにか…あと私がいるというのにか…
いや、これもいつものことだから気にしないことにしよう、アレはそういう男だ。
その辺りを割りきっておかなければこの男とは付き合えない。
そもそも大抵失敗する、そこまで本気でも無し、彼の趣味とでも思っておけば特に気にならない。
…気にしないようにしたい。
あまり束縛したらランサーにも悪いだろう。
私も束縛はあまり好きではないのだし、その点はお互い了承済みだ。
アレはアレで楽しそうだし、それはそれでいっか。
その後私はセイバーや凛、大河(大河でいいわよ〜と言われた)達、そしてランサーと他愛のない会話をし、平和なお昼時を過ごした。
流しそうめんが一段落してからは、それぞれ短冊に願いを書き、笹につるす、七夕メインの行事をとり行う。
好きな色の色紙を選び、ペンを滑らす。
こんなのは子供の時以来だった。
こういったとき、クラスで活発だったり自己主張の強い奴は大抵金か銀の紙を選んでいたな、と懐かしい思い出が蘇る。
ここにギルがいたら間違いなく金を選んでいただろう。
もしくは蔵から金箔塗りの紙などを。
「よーぉ、瑠衣は何書いたんだー?」
「うわっ、ランサー」
背後から覗きこまれ、つい反射で短冊を隠す。
「おっ?何だやましいコトでもあんのか?」
「無い!やましいコトなんて無いから!!」
ニヤニヤといやらしい表情をしながら私の頬を突く。
嫌じゃないけどなんか恥ずかしいのでやめてください。
まあ、そんなこんなで衛宮邸七夕パーティを楽しんだのだった。
夕方になり、各々解散。
士郎がおみやげに、と水まんじゅうを持たせてくれた。
半透明の饅頭にお星様がついている。お手製七夕仕様、らしい。
私達は教会へと戻る。
自室のベッドに倒れこむと何故かランサーの顔が視界に入ってきた。
「ん?どうしたの」
「瑠衣は結局教えてくれなかったけどよ、短冊に何を書いたのか、もう一度だけ聞いてみようかと思ってな」
嫌なら答えなくてもいい、と続けながらベッドに座る。
私が短冊に書いた願いは─
「平凡な日常が続きますように、って」
「へえ」
過去に聖杯戦争という物騒なものがあったらしいと聞いていた為、余計にそれらが尊いものだったのだろうと、ほんのりとした哀愁を感じたのと同時に、こんな日常が続けばいいのにと今日一日で思ったのだ。
みんなで美味しいものをたべて、他愛のない話に花を咲かせる…そんな普通の平和を望んでも罰は当たらないだろう。
「ランサーは?」
「あー…」
きまりの悪い顔をしてがしがしと頭をかく。
まずいことでも聞いてしまったのだろうか…?
「実は、書いてねえんだ、俺」
「?」
「祈りだとか、願いだとか、そういうのも人間ってやつだが、俺は自分の願いは自分で叶えたい。だから書かなかった」
「そっか、らしいね」
「だろ?」
部屋の電気を消して、小窓から覗く星々を眺める。
「そーいうわけだから、瑠衣も覚悟してろよ?」
「あはは、そう来たか…ま、善処するよ」
ここは丘の上の教会。
街の喧騒や灯りからも遠く、遠い遠い小さな光を己の目でしっかりと捉える。
彼の願いも、私の願いも、きっと叶うように。
もう一度だけ、お星様に願いを。
7/7
七夕。
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