「うわっ、わわ、」
唐突な浮遊感。
「うわきゃああああぁぁ…!!!!」
ただひたすらに、重力のまま落ちていった。
「「ぎゃっ」」
ここはどこだろうか。
暗くてよく見えない。
結構落ちた気がしたものの、特に痛い所はない。
しかしまあなんだか温かい地面だ。
硬いようで硬すぎなくて、
「おい」
私の下から聞き慣れた声。
暗くてよく見えないものの、この声はおそらく。
「ランサー?かな?」
「おう…とりあえず降りてくれねぇか瑠衣、別に重くはないがこのままじゃ動けねえ」
「あわわ、ごめんごめん」
急いでランサーの上から降りる。
頭上を見上げて落ちた距離を確認しようと頭上を仰ぐ。
しかし、目に入ってきた光景は予想外のものであった。
「穴が…ない……?!」
ぽつんとでも光が見えたのであれば、まだ救いようがあったのかもしれない。
光…もとい落ちてきたであろう穴が無いのであれば、一体どこから落ちたというのか。
穴が無ければ落ちないだろう、普通。
そもそもここはどこなのだろうか。
普通の地下とは思えない。
混乱してあわてふためく私の肩に、ランサーはぽんと手を乗せた。
「ま、あわてても仕方ねえだろ」
落ち着け、な?とあやされる。
確かにあわてて体力を消耗するのもよろしくない。
ランサーの言う通り落ち着くべきだろう。
少し呼吸を整える。不思議と埃っぽさは感じない。
「…んんー、……ねぇランサー、ここどこ??」
「残念だが俺にもわからねえ。わかってたらこんなとこすぐおさらばしてら…大方アイツらの仕業だろ」
愉悦部か。愉悦部の仕業か。
それならば納得もいくというものだ。
尤も、納得したとしても状況は変わらないのだが。
「仮にあの二人の仕業として、…ここどこ??」
「だぁからわかんねえんだって」
思わず同じ質問を繰り返してしまった。
ランサーは一見落ち着いてはいるものの少々頭に来ているらしい。
目を凝らして顔を見るまでもなく、彼の発する雰囲気が全てを物語っている。
「んんー、ランサーにもわからないかぁー…私もわかんないし困ったなあ…出られなかったらどうしよう」
ふと湧き出る不安。
そんな私の不安を察したのか、ランサーにぎゅう、と抱き締められた。
温かい。
「…ランサーってあったかいね」
「まあな」
「…」
「…」
暫しの沈黙。
温かく逞しいランサーの身体は私に安心を与えてくれる。
「なあ瑠衣」
「ん?なぁに?」
「二人きりだな」
「うん」
短い言葉のやりとり。
いつもよりぎこちなく感じるのは気のせいなのだろうか。
「なんつーか、俺も男な訳で」
「うん?」
「自分から抱き締めておいて悪いんだがその」
「うん???」
「辛くなってきた」
「えっ」
どういうことだろうか。
かの英雄でも恐れる事態だと…?
「そんなにヤバい?」
「わりと」
「私ここで死ぬのかな」
「いや、あー…」
歯切れの悪いランサーの返事。
察してくれとばかりに視線を逸らされる。
見えてはいないがきっとそうしているのだろう。
彼の言いたいことは大方察しがついた。
「…性的ななにがし?」
「……ああ」
なるほど。
二人きり、邪魔者は居ない、暗い場所、そして密着。
そりゃあ仕方ない。にんげんだもの。
何がとは言わないが、お腹の辺りに何かがそんな感じなのである。
これは色々と時間の問題だろうか。
我慢しても仕方ないしどうせ二人きりだし、ん?これは…もしや。
「ねえランサー、知ってる?一部地域で流行している事象というか事件?」
「聞いたことねえな…瑠衣は知ってるのか?」
「うん、あのー…"○○するまで出られない部屋"ってやつ。条件は様々なんだけど…」
謎の空間もしくは部屋に放り込まれ、条件をクリアするまで出ることが出来ないという迷惑極まりない仕様。
その予め条件が開示されていることもあれば、一切情報もないこともある。
万が一このルールが適応されているのだとしたら後者であろう。
全く以てタチが悪いとしか言い様がない。
「で、何かメジャーな条件とかあるのか?」
「うっ」
言いにくい。
メジャーな条件は知っているが、とても言いにくい。
四の五の言ってる場合ではない、が、やはり乙女として言いにくいものが。
ええい腹を括るしかあるまい!!
「キスするとか、…そのー…セッ……はい…察して…くださ…」
「察した」
最後まで言えなかった!
しかしランサーが察してくれたので良しとしよう。
状況は変わってないが良しとする。
「なあ瑠衣。俺がさっき何を言ったか覚えてるか?」
「うん?…あ」
「そういう訳だ。ま、我慢も限界だったし、たまにはこんなとこでするのも悪かねえな」
「あっ、ちょ、まっ」
抵抗する間もなく、ぐい、と顎を引き寄せられ唇が重なりあう。
こんなシチュエーションだからなのか、心なしかいつもより熱い気がした。
「んぅ」
「っは、瑠衣…」
腰に手をまわし、更にくちづけようとしたその時だった。
「ッ?!」
突然の光に目が眩む。
よく、見えない。
ランサーと私が抱き合っていること、地面がやわらかい事だけしかわからない。
目が駄目ならば耳を澄ませば何か情報が得られるかもしれない。
聴覚に神経を集中させようとしたが、その必要は無くなった。
「おっと、お楽しみの最中だったか。それは失礼した」
耳に飛び込んできた低い声。
最悪だ。
すっかり忘れていた。
最悪だ…。
「っテメエ言峰…!!!」
「はっはっは、若い者同士楽しむが良い。なに、私は何も見ていないとも」
「ぐううう…!!!言峰ぇええ…!!!」
相も変わらず白々しい男だ。
その口ぶりは明らかに一から十まで全て見られていたとしか思えなかった。
先の状況が言峰かギルガメッシュの仕業かもしれないと、最初に気づいていたのに忘れるなんて。
「我慢が効かないのだろう?お邪魔しては悪いからな、私は失礼するとしよう」
カツカツと硬質な足音が去ってゆく。
「「…」」
ここは中庭。
今日は天気が良い。
四角く切り取られた青、咲き乱れる季節の花。
私達は呆然と空を仰ぐことしかできなかった。
6/30
発案:言峰綺礼
協力:ギルガメッシュ
被害者:ランサー/神崎瑠衣
脱出条件:キス
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