柔らかな潮風。
深い青。
反射する光。
ちゃぽん、と小さな水面が揺れる。
お目当てはいつもの定位置に腰を据え、ぼんやりと虚空を眺めていた。
「ランサー?」
「よぉ瑠衣、こんなとこまでどうした」
「んーん、特には。たまには港もいいかなあって」
ランサーの隣に腰をおろす。
コンクリートが少しつめたい。
なだらかな風が吹く。
一寸たりともぶれない竿と対照的に、ウキは波に揺られ弄ばれていた。
「釣れてる?」
「ぼちぼちな。今日はカサゴがよく釣れる」
「へぇ」
先ほど小さく揺れていた水面を覗き込めば、口の大きな魚がどこか不満げな瞳でこちらを見つめてきた。
…やはりバケツは狭いのだろうか。
「このカサゴちゃんはどうするの?」
「特にどうもしねえよ。大抵は海に帰しちまう。まあ瑠衣が欲しいってなら持ち帰るぜ?」
カサゴは食ってもうまいしな、と続ける。
この波止場はやけに魚が釣れるらしい。
それも生態系を疑うレベルだと聞いた。
噂では形容しがたいおぞましさの軟体怪生物が居るとか居ないとか。
特別話題も無かったのでここはひとつ、その怪しい噂をタネにさせていただこう。
「ねぇランサー、明らかにこの世のモノではない怪しげな海生物釣り上げちゃったりしたらどうする?」
「また随分突飛だな…海に還す訳にもいかねえし、なんとか片付けるか…まあその時次第か」
なんともそれらしい回答である。
まさに、今に生きる男、クーフーリン。
「万が一瑠衣に襲い掛かろうもんなら一瞬で片付けてやるから安心しろや。まぁそんなこと万が一にも億に一にもごめんだ。
折角手にいれた瑠衣との時間を潰されたらたまったもんじゃねえ」
「…」
「なんだよ黙っちまって」
続いたのは予想外な台詞だった。
好戦的で、強い敵と闘うことを望んで今此処に在るのだと思い込んでいた。
その"彼らしい"と思っていた事柄よりも、平和で温厚な時間を望んでいたとは。
それがとても嬉しくて、思わず肩を寄せてしまった。
「…ありがとう」
「おう」
わしわしと頭を撫でられる。
心地好くて、少し恥ずかしくて目を閉じた。
潮風の音、かおり、隣の体温。
こんな優しい時間がいつまでも続けばいいのに。
「ま、ぬるぬるで触手なお色気イベントでもあれば話は別だけどな!」
「…」
軽快な笑いと共に隣から響いた余計な一言。
あーあーもうこれ完全に台無しだよ!!!
これでも食らえ!と差し入れに持ってきたも冷えきってしまった缶コーヒーで頭を小突いてやる。
(英雄色を好む、ねえ…)
良くも悪くも、その男はどこまでも英雄なのだった。
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ランサーズヘヴンEx。
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