※誰も幸せにならない
「いやだ」だの、「やめて」だの。
そんな言葉を発していたのは過去の話。
嫌々されるがままにされてきたのも、過去の話。
彼は私の嫌がる姿が好きだったのだろうかと、今更聞けない疑問が脳裏をよぎる。
今となってはすっかり快楽に堕ちて、求めるばかりになってしまった。
行為はどんどんエスカレートしていき、事後の身体に傷痕が増えていった。
爪のような左手はいつも鋭くて、私の身体に赤い線を刻むのは容易かった。
「お前はさぁ、どうしてここまで手酷く抱かれて嫌にならないわけ?」
ガリ、と、胸元に赤い線を刻まれる。
「最初は嫌だ嫌だ言ってたくせに、どういう心境の変化?」
そう聞かれましても。
実のところ、私にもよくわからない。
本当に欲に、快楽に溺れてしまっただけのような気もする。
「俺が嫌がらせしてたのに気づいてない?」
これじゃあ嫌がらせにならないだろ、とオベロンは一言吐き捨てる。
「私────」
「いい、聞きたくない」
口を塞がれる。
何を聞きたくないのか、何なら聞いてくれるのか。
それすらもわからないまま、また赤い線がひとつ増えた。
*
最初に感じたのは本気の拒絶。
俺が欲しかったのはまさにそれだった。
痛みと苦しみで歪んだ喘ぎ声を上げて、涙でぐちゃぐちゃになった顔をして、俺に無理矢理抱かれる姿は胸がすくものがあった。
毎日増えていく引っかき傷を指でなぞって。治りかけの傷口を爪で抉って。
それでもこの女は俺に令呪を使うとか、契約破棄をするなんて事はしなかった。
正直、理解の範疇を超えている。
本気の拒絶をしておきながら、俺を手放す事だけはしなかった。
しかも最近はどうだって?
上っ面の拒絶をして、快楽に溺れている。
俺の"嫌がらせ"は無駄に終わった。
ほんの一時期にだけしか嫌がらせは通用しなかった。
これだから人間は嫌なんだ。
*
人間の順応性というものはよくできていると思う。いや、できすぎているような気もする。
本来慣れてしまってはいけない事にも慣れてしまって、引き際を誤る。
前へ、前へと進むうちに、過去の感情を置き去りにしていく。
生きていくためには必要な事。
だけど、忘れてしまってはいけない事だってあるはずで。
私の中の"拒絶"が薄れてきた頃、オベロンの"拒絶"が強まった気がした。
ああ、きっと、私達はわかり合えないのだろう。
毎日増え続ける傷痕。治ることのない傷口。
繰り返される行為。
最適解が出る日は、きっと来ないのだろう。
09/20
不機嫌プリンス
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