海。それは人を開放的にする魔力を持った不思議なスポット。
ちょっとリラックスするために、シミュレーターで軽く模擬戦をした後に自由時間を貰っているところだ。
海風が気持ちいいな、と思っていたのも束の間。
黒い雲が重たく世界を包み込む。
海はそこはかとなく荒波を立て始める。
それは、ポツン、と肩に水滴が落ちてきた直後の事だった。
「うわわわわ、雨だ雨だー!!」
ザアザアと雨が降りだし、急いで木陰に駆け込む。
海辺だからだろうか。
湿気のある海風に晒されて普通の雨に降られるより肌がべたついている。
「大丈夫かい?神埼」
そう声を掛けてきたのは花の魔術師ことマーリン──今日は夏の装い──だった。
しかし彼の服をよく見てみると、濡れた形跡はどこにもなく、ストールがふわふわと風に凪いでいた。
「なんでマーリンは濡れてないの……」
「私?私はほら、魔術でこの通り。身体の周りに境界を作ってしまえば濡れることはないのさ!」
その魔術、私にも掛けてほしかった。
私も魔術師の端の端の端くれである。が、基本は魔術礼装に頼り切りで、そんな便利な魔術は習得していないのであった。
ちなみに本日の私の礼装はトロピカルサマーである。わかりやすく言うのならアロハのアレだ。
水着だったのなら濡れてもまあ許容範囲内なのだけど、アロハシャツが雨水を吸って肌にべたべたとくっついてくるのは中々に不愉快だった。
「ねえマーリン、これどうにかならないかな?」
「どうにか、とはどういうことだい?」
「ほら、なんかこう…服を乾かす魔術とか!」
「できなくはないけど、シミュレーションを早期切り上げして、カルデアでシャワーを浴びて乾かした方が効率的だと私は思うけど、どうかな?」
「なるほどマーリン、頭がいい。そうしよう!」
──マシュ、シミュレーション終了お願い……
カルデアと繋がる端末に声を掛ける。
しかし応答がない。何故だ。
故障……ではなさそうだ。
「どうしたんだい神埼?」
「うん、それがね、何故かカルデアと通信ができなくて……」
「なるほど。……んー、これはアレだね、この小さな嵐で通信状況が悪いと見た。待つしかないだろうね」
「そっかぁ…」
少し海風が冷たくなってきた。
雨に降られて服が濡れて。冷たい風に晒されたらどうなるのか。
こうなってきたら誰でもわかるだろう。
そう。体温の低下だ。
「……さむい……」
「神埼、その服は脱いだほうがいい。体温がどんどん奪われてしまうよ」
「でも…替えの服無いし……」
「大丈夫、私がなんとかしてあげよう」
「ほんと?」
「ああ、本当だとも。私を信じて」
普段ならとてもじゃないが信じてやることはないのだが、今はそうも言っていられない。
低体温症は非常に危険だ。それだけは避けなければ。
「じゃあ…脱ぐからちょっと後ろ向いてて」
「今更気にすることかい?」
「気にするの!!!!いいからあっち!!」
「はいはい」
くるりと後ろを向くマーリン。
その間に上のアロハだけを脱ぐ。
あぁこれ、絞れるぐらい水吸ってるや……
さて。とりあえず上だけは脱いだが……これからどうしたらいいのだろう。
「ん……んん?!」
ちらりと後ろを確認すると、マーリンが半裸になっていた。
「なんで?!なんでマーリンが脱いだの?!」
「神埼に代わりに羽織ってもらうためだけど?別に私は半裸でも問題はないのだし」
「そ、そうですか……」
そう言ってマーリンは後ろを向きながら(今日はやたら律儀で驚いた)、私に黒いシャツを貸してくれた。
羽織ってみると、やっぱりサイズオーバーで下に穿いているショートパンツまで隠れてしまった。
でも……
「あったかい……」
「だろう?」
マーリンはそう言ってこちらを振り返り、満面の笑みを向けてくれた。
まあその笑みを浮かべている男は半裸なのだが。
半裸にストールを巻いているのは中々にシュールなものだった。
しかし今日の私はちょっと優しいので何も言わないでいてあげる事にした。
「その……えっと、ありがとう、マーリン」
「はは、構わないとも。なんとなく彼シャツみたいでちょっと興奮するけどね」
「あーもう感謝して損した!!!」
相変わらずの好色ぶりにちょっとした憤りを覚えた夏の海だった。
09/18
まだ夏。
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