人気のない、だけど少し熱の残るレッスン室。
今日はトリックスターが最後の利用者のため、この後足を踏み入れる者は居ないだろう。
簡単な片付けをしていると、扉の開く音がした。
「あ……杏奈ちゃん、そろそろ帰らない?ほら、今日僕送り係だし……あ、手伝うよ」
もそもそと二人で片付けを続ける。
北斗君、真緒君、スバル君は先に帰宅したようだ。
送り係の真君だけが、私の横に居残っている。
いつもなら何の事もないのだけど、今日はどことなく落ち着きがない。
それは真君だけではなく、私もで……この原因は一つだけである。
そう、私が真君へ想いを寄せている。
それが、一番の理由。
そして何より、どうにも最近真君の反応がやたら私を「女の子」として見ていたり、好きだったら嬉しいなー、なんて言い出したり。
女の子慣れしていないから勘違いしてるだけなのかもしれないけれど、例にもれなく多感な年代の私には少し心惹かれるものがある。
汗で少ししおれた後ろ髪。
整った横顔。
青い眼鏡の奥のエメラルドグリーン。
薄く、柔らかそうな唇。
つい、見惚れてしまう。
「……杏奈ちゃん?えっと、そんなに見つめられたら……恥ずかしいよ」
「あっ、あ、ごめんね?!そうだよね、か、片付けしなきゃ……」
と、思ったのだが。
すっかり片付けは完了していた。
「……杏奈ちゃん、そろそろ帰ろっか。鍵返しに行ってさ」
「うん、そうだね。今日もよろしくね」
「ふっふーん、まっかせて!」
へへ、と可愛らしい笑顔を浮かべる真君。
ああ、やっぱり私はこの人の事が好きなんだろうな。
*
暗い帰路。
しっかりと整備され、街灯があるにしてもまだまだ薄暗い所が多い。
「今日も遅くなっちゃったね……お疲れ様、真君」
「杏奈ちゃんもお疲れ様、今日も僕達のプロデュースしてくれて嬉しいよ」
屈託のない笑顔。
女の子が苦手だったという彼も、私にはこれだけ豊かな表情を魅せてくれる。
少しだけ、勘違いしてしまいそうになる。
「……杏奈ちゃん、どうしたの?」
「あ、え……?あっ、うん、」
思わず立ち止まっていたらしい。
数歩先の真君が僅かに首を傾げてこちらを見ている。
街灯に照らされた金髪がきらきらと輝く。
「ううん、なんでも、ない……ない、よ」
「……むー……」
一瞬の沈黙。
「杏奈ちゃん、流石に僕も嘘をつかれるのはあまり好きじゃない、かな」
「うっ……ごめんなさい……」
「それで、どうしたの?」
いつもより、少し押し気味の真君。
そんな真君にペースを乱され、頭が混乱してくる。
「あ、え、と、……その、……くらいし、手……つないでもらっても……いい、かな」
最後の方はもう消え入るような声で。
それでも彼は聞き届けてくれたらしく、照れながら、そっと、ほんの少し震える手を差し伸べて。
「杏奈ちゃん、……一緒に帰ろっか」
「……うん、……ありがと」
きゅ、と握った二人の手は僅かに震えていて、いつもよりも高い温度で。
だけど、大切な何かを得られた気がした。
そんな帰路だった。
3/22
遊木真夢が少ないので自発します。
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