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「ある意味読めそうで読めない文字だな」
背後から聞こえてきた若干、呆れとからかいが含まれている声音に美咲はびくりと大仰に肩を揺らす。その声音の持ち主が誰か分かっていたから美咲は尚更、振り向きがたかった。
「いきなり声かけるのやめてよ!びっくりするじゃない」
美咲の金切り声にも弘人は悠然とした笑みを浮かべ切り返した。
「いや御封を書くのに、にわか仕込みなのかと思って」
弘人の聞き捨てならないその言葉に美咲はきっと眉をつり上げる。
「これでもちゃんと書いてるわ」
息巻いて反論の意を唱えた美咲に弘人は相変わらずの内心が読めない笑みを湛えたままで。
「ふぅん、じゃあおれが手習いしてあげようか」
「ヒロがやるの?」
怪訝そうな美咲に構わず弘人は美咲の座している文机の真向かいに腰を下ろした。
「まあ見てろ」
そう言い弘人は硯の上に立て掛けてある筆を手に持った。自然と美咲の意識も半紙の方へ向かう。さらさらと迷いなく書き付けられる呪詛に美咲は思わずといった様子で、感嘆の息を吐き出した。
「……すごい」美咲の驚きと羨望がないまぜになった表情に弘人は満足そうに微笑んだ。
「美咲もやってみるか?」
「うん」
弘人の誘いに美咲はこくりと頷く。弘人は美咲に手を上下に動かし誘うようなそぶりを見せた。
「じゃあこっち来い」
弘人の指し示す場所に美咲は今座っていた所から立ち上がって腰掛けた。その場所を示した弘人の思惑にも気づく由もなく美咲は弘人の持っている筆と揃いの筆を手に持つ。
「この後どうやったらいいの」
美咲の問いかけに弘人は後ろに移動し彼女の右手に自らの手を重ね合わせた。いきなりな行動に美咲は面食らったようで、勢いをつけ振り返る。
「手習いするのにここまでする必要はないでしょう?!」
美咲が一気にまくしたてた様子を見遣り弘人は愉しそうに口角を上げた。だが薄紅にほんのり色づく頬が嫌とはさっぱり思っていないという事を物語っている。
「はいはい、おれに触れられて嬉しいのは分かったから」
横へさり気なく流そうとする弘人の言葉に美咲はまた赤面するしかなかった。
「…っ、」
黙りこむ美咲に構うことなく弘人はさっさと手を動かす。
「こうやって書くんだ」
「うん」美咲は頷き先ほど見せた弘人の見本を参考に筆を紙へ滑らせる。
「もっと気持ちを込めて書け」
直で耳朶へ囁きかけてくる弘人の注意に美咲はくすぐったそうに身をよじりかけたが怪訝そうにこちらを見てくる視線を感じた為、我慢する方を選ぶ。弘人が言う通りにすべく美咲は瞳を閉じ意識を集中させ一気に筆を走らせた。
「おまえもやれば出来るんだな」
予想してなかった弘人の褒め言葉に美咲は嬉しくなり頬を紅潮させながら後ろへ振り向く。するとそこには端正な顔があって。心臓が一気に跳ね上がり心拍数が秒刻みになっていることを証明するかのように美咲の意識が恥ずかしさのあまり朦朧としてくる。だがそれを悟られないよう声を張り上げた。
「ちょっと、顔近いんだけど」
美咲の棘が入っている声音に弘人は動じた様子もなく瞳を妖しくひらめかせて、さらに顔を近づける。
「おれに触れられるのが嫌なのか」
切なそうにこちらを見つめてくる漆黒の双眸に美咲は言いかけた反論の言葉を失った。なんて、ずるい人だろう。自分がその瞳に弱いことを知っており敢えてそうするのだ。だけど抗えず結局は言いなりになってしまう自分はこの人に惹かれているのだろうか。
「…そんなことはないけど、」
美咲の戸惑いがちな言葉に弘人は嫣然たる笑みを口元に乗せ彼女の腕をぐいと引き寄せた。目を白黒させた美咲をそのままに弘人の唇が額に降ってくる。
「おまえって本当に騙されやすいんだな」
口づけの合間に弘人の口から放たれたとんでもない台詞に美咲は今度こそ目をまん丸にし眦をつり上げ自分を騙したであろう張本人に抗議すべく口を開こうとしたが強引に押し当ててきた弘人の唇によって封じ込められてしまう。美咲はそんな弘人に非難がましい視線を向けるが後の祭りであった。





弘人をもっと妖しい雰囲気にしようと思って書いたんですが書き終わってみればちょっとやばい展開になっていたのでその部分だけ削りました←←
流石にそこは自重しないと´`;
弘人の押せ押せムードに焦る美咲が書けてよかったです(笑)
次は酔っ払った弘人が美咲に迫る話を書きたいです!
妖しげな雰囲気を出せたらいいなあ、と。


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