小ネタ | ナノ
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近藤さんの剣でいようとするよりも千鶴と共にいることを選んだ沖田。千鶴の心中は密かに罪悪感を抱いておりある日、沖田に問いかける。
「総司さん、もしかして今も新選組に未練があるんですか」
沖田は千鶴の突拍子もない発言に珍しく驚いたようで、ぱちくりと無防備に翡翠を宿す双眸を瞬いた。そうして漸く理解したように沖田はああ、と頷き首をこてんと傾げる。その仕草と同時に彼の少し短くなった薄茶色の髪が風に揺れた。
「そうだね、今もまだ未練が残っているのは事実だよ。でも僕はあの時千鶴と共にいることを選んだことは正しいと思ってるから」
はっきりと言葉を紡ぐ口調と同じく沖田の表情は穏やかな笑みを湛えていて。
「そう、ですか」
予想を大きく外れた沖田の答えに千鶴は釈然としない面持ちで返事する。そんな千鶴の煮え切らない態度に沖田は何を思ったのか頭を俯かせ暫く上げようとしなかった。千鶴はまた発作が起こったら困ると焦って沖田の顔を覗き込もうとしたがその行動は肩を震わせている沖田によってやむを得なく静止する。
「…総司さん?」
思わず疑問系になったのは致し方ないだろう。何故なら発作を起こして苦しそうにしているとばかり考えはらはらしながら見守っていたのにそれが単なる悪戯だったとは考えつかないのだから。
「あははっ千鶴ちゃんのその顔、傑作だよ」
目尻に溜まった涙を拭いつつ、沖田の唇からそう紡がれたからかいを含む声音に千鶴はああまた私はこのひとに遊ばれたんだと肩を盛大に落としたくなる心地になってゆく。そんな千鶴の杞憂を遮断するように沖田が突如、呟いた。
「千鶴ちゃんが僕を想って泣くのは嫌だなあ、だってきみにはいつでも笑っていて欲しいもの」
沖田のなんでもないようなその一言に千鶴は射干玉のような濡れた大きな瞳を零れ落ちそうな程、見開いた。
「何故そんな悲しいことを言うんですか…!」
千鶴のともすれば血を吐きそうな裂帛極まる怒声に沖田は彼にしては珍しく驚いたようで、ぴくりと肩を揺らす。


二人が東北の地にある雪村の里に身を落ち着けてから半年という月日が流れようとしていた。訪れた当初は羅刹という新たな変化に慣れず一週間くらい寝込んでいた沖田だが今はもうすっかり普通の人と同じように太陽の光がある下で歩けることが出来ていた。いつもの日課である縁側で日差しに身を委ねつつお茶を啜り語らうという午後の休息を楽しんでいた千鶴は沖田に次のような質問をいきなり投げかけられ若干困り果てていた。
「もし明日から自分が動物になれるとしたら君はなにになりたい?」
「えっ、動物ですか…?!」
「うん」
焦ったようにおろおろと沖田を見遣る千鶴。沖田はそんな千鶴に対しさもおかしそうにくすくすと笑みを深めた。
「僕は自由に空を飛べる渡り鳥になりたいな」
沖田の唐突な呟きに千鶴は僅かに睫をしばたかせる。
「どうしてですか?」
沖田はことりと首を傾げ口を開く。
「うーん、やっぱり自由に動けるし何処にでも行けるからかな」
なんでもない風にさらりと告げる言葉の端々にどこか羨望に似たものが見え隠れしていてそれらを見つける度、胸が痛いほど締め付けられて。ああ、またこの人は私を泣かせないために嘘をついたり本当の気持ちを押し隠すんだ。もっと自分に心を許して欲しいと願うのは単なる我が儘だろうか。京にいたあの頃と比べればお互いの距離が縮まり傍にいても恐れることは全くない。でも心の距離は幾ら千鶴から歩み寄ろうとしてもなかなか埋まらない。それを考えると、どうしようもなく苦しくなるのだ。


幕末も新選組も鬼さえも全てを振り払い辿り着いたこの雪村の地で僕達はひっそりと暮らしていた。元号が明治に変わり目まぐるしい程に情勢が移ろっているというのが嘘のように、こちらの時間の流れはとても穏やかで幸せに満ち足りている。
「総司さん」
背後からかけられた高めでいて鈴を振ったように軽やかな声音に沖田は一拍置いて振り向いた。沖田の視線の先には柳色の襲に山吹の矢絣模様を散らした可愛らしくもどこか春の趣を感じさせる着物を纏った妻、千鶴の姿が在った。
「千鶴、畑の水やり終わったよ」
そう言うと千鶴はにこにこ笑顔を浮かべ嬉しそうに縁側に広がる畑を眺め始める。
「夏になったら胡瓜や茄子が沢山穫れそうですね」
千鶴の僅か弾んだ声に沖田はこみ上げてくる笑いを押さえきれないという風に肩を震わせる。千鶴はそれを目敏く見つけ、むくれるように頬を膨らませた。沖田の言動や行動に一喜一憂して、しまいにはよく涙を流していた京の頃と比べれば強かにそして沖田の揶揄いをいとも簡単に受け流す術を身に付けてしまっている。それは嬉しかったが素直に喜べない自分もいて内心、苦笑するしかなかった。「そうだね、胡瓜と茄子がたくさん出来たらお漬け物にでもしようか」
沖田のその提案に千鶴は胸元で両手を組み合わせ賛成とでもいうかのように首をゆるりと縦に振った。
「そうしましょうか」
「きみの作るお漬け物はとても美味しいから楽しみにしてるよ」
沖田の嘘偽りない飾り気のない真っ直ぐな言葉に千鶴は耳朶まで真っ赤に染め上げ、もじもじと恥じらった様子でいる。沖田はそんな千鶴が非常に愛しくて仕方ないようで形のよい唇を緩慢につり上げた。
「やっぱり千鶴は可愛いね。そんな反応をされちゃ、益々からかいたくなってしまうじゃない」
若干、笑み混じりの声音で紡がれたそれに千鶴は目元を更に薄紅に染め俯く。
「……っ、総司さんは狡いです」
「今に始まったことではないと思うけど」
非難するよう少し棘を混じらせて囁かれた千鶴の言葉に沖田は、さして意に介する風もなく傍らにあった茶褐色の色合いをした年季ものの湯呑み茶碗を手に取り口をつけた。千鶴も沖田に倣い乳白色の色合いをした小ぶりの湯呑み茶碗を手に取り暖をとろうと両手で優しく包みこむ。
「総司さん」
「どうしたの」千鶴の呼びかけに沖田は翡翠を宿す双眸を瞬かせ緩く首を傾げながら千鶴を見つめる。千鶴はそんな様子の沖田に柔らかく微笑った後、口を開いた。
「私、あなたの事が好きです」
千鶴の口から彼女をよく見知っている者が聞けば目を驚きのあまり見開くような衝撃的な言葉が放たれ沖田は虚を突かれたのかぱちくり、と瞳の奥を揺らす。
「…千鶴、今日はいったいどうしたの?何か変なものでも食べた?」
「ちょっと人をを犬かなんかみたいに言わないで下さいよ!」
千鶴を見、沖田は心配そうに眉を顰め自らの額と千鶴の額を触れあわせ熱を計った。でも額越しに伝わってくる体温は至極、普通だったため沖田は神妙な面持ちになる。
「大丈夫ですよ、ただ言ってみたくなっただけです」
千鶴は沖田の疑わしげな視線をものともせず、くすと笑みを零し右手を手持ち無沙汰になっている沖田の左手に重ね合わせた。突然の行為に沖田は驚くが千鶴の好きにさせてやろうと思い直しそのままにする。




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