「…突然割り入って、すいません。でも、どうしても尚のお母さんに言いたいんです」
そう言いながら、私と母さんの間に立ったのは錫也先輩だった。
私を背中に隠すよう立った錫也先輩。
「…あなたは、尚のお兄さんのことしか考えてなくて、尚のことは考えてない」
「…自分の子だけを可愛いと思っては駄目なのかしら」
「尚が、あなたの子じゃなくても…都月さんにとって尚は、大事な妹になるんじゃないんですか」
そう言いながら錫也先輩は、私の手を握った。
繋がった部分からじんわり伝わる温かさが心地よくて。
「俺は尚の先輩で、俺が一番知っているのは尚なんです」
だから尚の泣くところなんて見たくないんです、そう言う錫也先輩の声は何処とは言い切れないけれどいつもと違う。
「これは、尚の周り全員が思ってることです。だから、尚の気持ちは粗末にしないでください」
お願いします、なんで他人のことなのに錫也先輩は頭を下げているんだろう。優しすぎる。
「っ…」
母さんも少しだけ怯んだようにしている。
当然だ、私だって驚いている。
「他人、でしょ貴方は…?なんで、そんなに」
そうだ、他人だよ。錫也先輩にとったらただの、後輩なのに。
言われた錫也先輩は頭をあげて、
「他人でもどうにかしたくなるぐらい、それぐらい俺たちにとって尚は大事な存在なんです」
『…っ』
大事にして欲しい、必要とされたい。
錫也先輩はその私の内を見透かしたように言葉を紡ぐ。
いつも、私の欲しい言葉をくれるのはどうしてなんだろう。
ぎゅうと繋いだ手に力を込めると応えるように私の手が強かな力で握られた。
「…俺はこれで失礼します。尚が伝える思い、どうか聞いてやってください」
錫也先輩が頭を下げる。そして私の手を離した。
私から離れていく間際に小さくがんばれ、と口パクで私に伝えた。
ぱたん、と扉が閉まる。
錫也先輩がここまでお膳立てしてくれたのだからそれに応えないと私はいけない。
ぎゅう、とスカートを握る。手には僅かだけれど錫也先輩の体温が残っていた。
さよならと君は大きく手を振って
(なにも言えなかった私に)(さよならを)
title by 約30の嘘