一度だけ | ナノ
あのあと騒ぎを聞きつけたであろうこたせんせーと、私の担任である松にいが駆けつけた。

松にいは私の母さんに付き添っている。

『氷、ありがと、ございます…、あとそのごめんなさい…』

頬の腫れを冷やすために私は錫也先輩に保健室まで連れられた。

こたせんせーは事情を知っているから何も言ってこない。

「大丈夫か?」
『あ、大丈夫ですよ』

錫也先輩の問いかけに多分、という言葉は胸の内に留めておくことにする。

いま、母さんは応接室に居るらしい。

これから5限(最悪6限まで)を休んでまで母さんと対峙しなければいけない。
もう既に気が重いうえにお腹が痛い。

「…そろそろ行くか?尚」
『…はい』

頑張りますよ、そう言って笑う私にこたせんせーと錫也先輩は難しそうな顔をした。
…そんなに不細工なんでしょうか、今の私の顔…。

「…東月は授業に行け」
「…はい」



スカートの裾を手で握った。
中から出てきた松にいはとてもげんなりしている。後でお菓子持っていきます。

「…相当ヒステリックになってるみたいだ。手ぇあげられそうになったら叫べよ」

分かったな、松にいが確認のように私にそう言うので頷く。

やだやだ、行きたくない。子供ならそんな我儘で通ってしまうのに。
隣に居るこたせんせーは私の背中を軽く押した。頑張れ、という意味だと勝手に捉える。

『…』

深い深いため息を一つついて、応接室のドアノブを握り回して扉を開いた。


つまり、は。
こっそり後をついてきていたらしい都月くんは帰り際の母さんとの会話を聞かれていて、私が親戚の子じゃなく(形式的には)妹なことがばれたらしい。
そしてそこからトントンと都合が悪いというか都月くんが本気で私についてのことを調べたらしく、母さん曰く

『思い出した…?』
「…そうよ、思い出したのよあんたのことを」

思い出してくれたことに喜ぶべきなのに。
妹ではないという事実がその前に立ち塞がって喜べない。もう、思い出してくれない方が良かった、のに。

いつも綺麗に化粧した母さんは今日はきっとなにもつけてない。

「ねえどうして邪魔ばかりするの?私のことが嫌い?そうでしょうね、でもね私もあんたのことが嫌いなのよ、だから入ってこないでよ…!」

結局のとこ、私が居なくなっちゃえばもう何とでもなるんじゃあなかろうか。
母さんは私のもろいとこをぐしゃぐしゃと思い切り踏んでいく。

「私の前でだけ大人しくするぐらいだったらもう何もしないで」

右から左に受け流すなんて出来ない。
ぐさぐさと頭に突き刺さって、肌に刺さった小さな小さな棘のように抜けづらい。特に、どうでも良いとは思えない人からのその言葉は。
どうでもいい、と割り切れたら一番楽なのだろうけど生憎私はそんなに器用じゃなかった。

「都月のことを考えてくれるのなら、どうして会ったりするのよ!」

じゃあ、なんで、私には何かしてくるんですか?
放っておいてくれた方がまだ、まだ私は傷が増えなくてすむのに。

ぎゅうっと拳を握ってその言葉に耐える。そうしていると扉の向こうからなにか物音がして、ノックもなしに扉が開いた。

「…失礼します」
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