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思い出す
僕の家は茶道の家元だし、だからそういう話はあるかもしれないと漠然には思っていた。

だがまさかほんとにあろうものとは。


「婚約者?」
「そうなの、あちらが海外から戻ってくるみたいでね」

にこにこ笑いながら母さんはそう言う。

「僕に婚約者なんて居たんですね」
「あらー、一度会ったことがあるのよ?覚えてないかしら、なまえちゃん」

母さんが呟いた名前は確かに頭の片隅に覚えていた。


「だれ、?」
『あっ…』

薄い桜色の着物に身を包んだ彼女は初っぱなから迷子になっていた。
涙目というか、泣いていた。

『みち、わかんな…!』

人を見つけたという安心感からかその丸い目からぼろぼろと涙を流しだした。
どうしたものかととりあえず彼女の目線に視線を合わせる。

「大丈夫だよ、一緒にかえろう?だから泣いちゃだめ」
『ほ、んとに?』

うん、そう頷くと彼女は目元を擦って涙のあとをふいた。

『なまえもう、泣か、っない!』
「…うん、良い子」

僕が手を差し出すとなまえちゃんはその手を掴んだ。


「というわけで今日の昼にいらっしゃるからね」
「…え?」

なんと急すぎる展開なのか。とにかく母さんが僕に相手をしろと言っているのは明白だった。


「今日わ」
「こんにちわ、母は奥に居ますよ」

そう僕が言うと夫人はあらあら!と声に出した。

「誉くん大きくなったわねえ」
「ありがとうございます」

ほらなまえちゃんと挨拶をしなさい、後ろに声をかけるとひょこりと出てきたのはまた桜色だった。

『みょうじなまえです』

ああ、なんだ。
泣き顔を思い出す
笑った顔の方が可愛いじゃないか。


◎金久保誉/蒼さん
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