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逃げる
私の彼氏はキス魔である。
一つ上の氷室辰也先輩。帰国子女だからか知らないが異様にスキンシップが多い、と思う。

「なまえ」
『わ、ちょ…っ抱き着かないでくださいー!』
「はは、無理」

笑いながら言わないで欲しかった。
しかも先輩は抱き着きながらいきなり髪やら頬やら、…く、首にまでキスしてくるのだから堪ったものじゃない。

『ちょ、やだ…!』
「なまえ可愛い」

人の話をまったく聞いてくれない。
自力での脱出を試みるが所詮男と女で身長差もあるので無理な話だった。

「先輩、」
『名前で呼んで欲しいな』
「っ、た、辰也先輩!」

そう言うとまた可愛いと言って私にキスを落とす。
別にキスされるのが嫌なわけじゃない。でも人の目とか、恥ずかしいというか!

どうやったら分かってもらえるのだろうと考えてある一つのものを思い付く。
―――後に思えば、辰也先輩にとっては全然なんともない行為だったであろう。


「なまえ?」

私が俯いて目を擦っていると辰也先輩が名前を呼ぶ。

『目に、ゴミ入っちゃったみたいで』
「じゃあ擦っちゃ駄目だろ?なまえ、上を向いて」

言われた通りに上を向くと至近距離に屈んでくれた辰也先輩の整った顔。
うぐ、と少し気が引けたがここで逃げては何の意味もない。

「どっちの、」

辰也先輩の言葉を遮るように自分の唇を辰也先輩のそれに合わせた。
身長が足らずに背伸びをしたので少しばかり足元が不安定になる。
思わず辰也先輩の服を掴んだ。

ほんとに合わせるだけの短い時間。
離れると初めて見るような辰也先輩の呆けた顔。

効、いた…?
とりあえず怒ってはいないようだったので辰也先輩の力が戻らない内に腕の中からすり抜け逃走。

『ざま見ろです!』

捨て台詞も忘れずに。
逃げるが勝ち



「……もう、心臓が幾つあっても足りないよ」

ほんのり赤くなった顔を押さえて氷室が呟いたのをなまえは知らない。

◎氷室辰也
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