まずは挨拶
「更科ーその席前の席だろおー!」
『はっ!そうだった…!』
あるよね、こういうこと。
新しい学年になって前の教室に行ったり、今みたいに前の席に座ったり。
顔を真っ赤にさせながらゲラゲラ笑うクラスメイトの間を抜けていく。
『は、っ!』
「今度は何だよー!」
『い、いや、なんでも』
そうだそういえばそうだった。
いまそういえばそうでしたの事実を思い出した。
私の、新しい席の隣は、微笑み王子な東月くんだった。
もう既に来ていた東月くんは私に気づいていないようだ。
私はそそくさと目を合わせないようにして自分の席へ荷物を置く。
あああ…もう…!なんで普通に可愛く挨拶できないのかなあ…。自己嫌悪に陥っていると肩をちょんちょんと叩かれた。
「ね、ね!弥白ちゃん!」
『つ、きこちゃん…?どうしたの?』
「ちょっとお話があるの!」
そう言う月子ちゃんはとても良い笑顔。
「行こっ!」
そう言って連れ出されたのは天文科の前の廊下。
学園の二人だけの女子ということでそれなりに注目されている。視線が刺さる痛い。
『月子ちゃん?お話ってなに?』
「ずばり弥白ちゃん錫也が好きでしょ!」
内容が内容なだけに月子ちゃんは小声だったが私には一言一句漏らさずに鼓膜を揺らして脳が理解する。
『ぶはっ!』
「あーやっぱり!」
『あ、ぅ…』
弥白ちゃん可愛いよー、と私に抱きつき頬をすり付ける。ちょ、そこ胸!
「応援するからね!」
『え、ほんと…?』
「うん勿論だよ!」
私の両手を掴んでぶんちょぶんちょする月子ちゃん。
あの、腕がもげるからあああ!
「まずは挨拶からだよ!さっき目逸らしちゃったでしょ駄目だよ?」
『うぅー…』
やっぱり?
唸る私を引き連れて月子ちゃんはずんずん東月くんの方へ向かっていく。
「ほら頑張って!」
小声で励まされ私は東月くんの前に押し出された。
『え、あ…』
「…」
じぃっ、という擬音がつきそうな感じで私を見つめる東月くん。
『お…っ、おはよう、東月くん、っ』
「…おはよう、更科さん」
にっこり笑って挨拶を返してくれた東月くんに私の心臓は悲鳴をあげる。
『(ひあああああああああ…っ!!)』
私は無我夢中で東月くんの前から逃げた。ああ変な人だと思われたらどうしよう。
挨拶さえも儘ならない