short | ナノ
「えと、みょうじ…さんだよね?」
『はい?』

本を読む場所を変えた。あまり遭遇したくなかったから。
その場所に現れたのは、

「えっと、夜久月子です。錫也の、幼馴染の」
『あ、どうも…』

東月くんの彼女だと思っていた夜久さんだった。
…わーほんとかわいい。それにしてもそんな可愛い子がなんで?

「これ、錫也から渡してほしいって頼まれたの」
『…え?』

夜久さんの手から渡されたいつもの水色の袋。
それにいつもとは違う白のメモがついてきた。

メモを開くと
"バレンタインって事で許してくれない?
それに多く作りすぎちゃったんだ。"
と綺麗な字で書いてあった。

言葉が今日の日付を思い出させる。
ああ、そういえばバレンタインだった。
そういえば今日の教室はいつにも増して色めきたち、チョコの匂いが少しだけ漂っていた。

『…っ』
「多く作りすぎたなんて嘘だよ、錫也ってば」
『え、でも最初は夜久さんに作ってきたって…』
「あれも嘘。私最近そんな事頼んでなかったもの」

錫也ってばバカだなあ、と夜久さんはくすくす笑っていた。

「最近錫也ね、楽しそうにお菓子作ってるの」
『、』
「どうしたの、って聞いたら
美味しそうに食べてくれる子が出来たって嬉しそうに言ってた」

みょうじさんだよね、と確認をとるように私に言う。
私は頷いた。

ああ、そんな舞台裏聞きたかったけど、聞けなくて良かったかもしれない。
なんで、なんでなんで私を溺れさせてくるの。

ぽたぽたと私の膝のうえに涙が落ちていく。

「だけど最近元気がないの。きっとみょうじさんが食べてくれないからだよ」
『そんな事、ない』
「そんな事あるんだよ?」

それじゃあ私は戻るね、と夜久さんはくるりと踵をかえした。
扉のちかくでくるりと振り返った。

「あ、そうだ。もうひとつ頼まれてたの。
いつもの場所に居るから、って。みょうじさんが来てくれるまで待ってるって言ってた」
『っ…』

行くの、行っていいの?ねえ、どうすればいい?

『、』

もう知らない。なるように、なれ。
私はいつもの場所に向かって走り出した。


貴方のところまで
(待ってるか分からない、)(だけど、)(今は会いたい)