short | ナノ
私の視界にいま写るのは。

忙しそうに病室を走る顔馴染みの看護士さんや先生さん。

泣きそうな錫也と泣いている月子。

泣くだろうなあ、と思っていたのに泣いてない哉太。

代わりに私の手を握って私の名前を呼ぶの。

やだなあ、世界の終わりみたいに。大袈裟だよ。
私が死んだって、世界は…哉太の世界は終わったりしないじゃないか。


そして頭をちらっ、と掠めるここには居ない2人の姿。

母さんや父さんはまだ来ない。
仕方ない。朝、急に容態が悪くなったのだから。

きっと私が目を瞑った後に来るんだろう。
そして、間に合わなくてごめんねと母さんが泣くのだ。
父さんはきっとそれを宥めるの。自分だって泣きそうなのに。

ごめんね、はこっちだよ。
泣かないで、母さん。
父さん、ごめんね。親不孝者で。

私はきっと母さん達に愛されるべき娘ではなかった。

それでも愛してくれた母さん、父さんありがとう。


そして、2人の代わりに私を支えてくれた
幼馴染に言葉を贈ることにする。

『つ、きこ』

呼吸器の下で口を動かす。
あれえ、うまく動かない。なんでだろう。

『月子…な、かないで』
「っ…無理だよ、っ」
『最期に写、る…月子の顔が、泣き顔なんてやだよ…?』
「最期なんて…っ、言わないでっ!」

そして更に泣き出す月子。
どうやれば、月子は泣き止んでくれる?

私にそんな術はない。

『す、ずや…』
「、なんだ?」
『錫也、のご飯また、食べたかったなあ…』
「っ、作ってやるよ!だから生きろよ、お願いだから…っ!!」

錫也の泣きそうが決壊した。

食べたいけど、無理みたいだ。
錫也のお願いは聞けない。私は叶えてもらうばかりだったのに。

あとは、一番伝えたい人。
握られた手を弱弱しく握り返した。

握られた腕には線がいくつも付いていて、もうそれも必要なくなる。

『か、なた』
「っ、なまえっ」

私と哉太の右手を哉太の左手が覆う。

『か、なたに看取ってもらうなんて…思って、なかった』
「俺だって看取りたくなんかねえよ!ばーか!!」
『ごめ、…哉太、世界で、一番…愛し、てる…』

気付けば月子と錫也は病室から出ていた。先生たちも。
最期に、2人だけにしてくれたのだろうか。

愛してる。
それを云うと涙が溢れた。

哉太も泣いている。

『哉、太は…私のこと一番にしなくて、良いから、…別の人と、幸せに、ね…?』
「っ、いやだ!俺はお前とが、いいんだ…っ!!!」

私だって哉太がいい。
哉太の未来を想うとき、隣に居るのが私であればいいといつもいつも思っていた。

でもそれは無理だから。
せめて別の人とでも幸せになって貰いたいから。

『かな、た…好き』
「っおれもだ、」

呼吸器を外す。もう要らない。

最初で最期のキスは涙の味がした。
でも、それで満足。

『…も、ねむい…』
「っ、いやだ!やだ、…っ!なまえっ!」

哉太が叫んだって瞼は落ちてくる。
もう、…。

最期に写る世界は笑顔がいい。
大好きな人の笑顔。

わらって、そう哉太に言うと
哉太は無理だと顔を横に振った。

どうして、わらって。

『かな、た…じゃあ、好きだって、云って…?』
「っ、なまえ…っ大好きだ!」

良かった。もう安心して逝けるよ。

笑顔を見せると哉太の涙が私の手に落ちた。

ばいばい、

世界で一番愛しい人。
私の世界は哉太だった。

そして私は目を閉じた。
わたしのすべては

(私の名前を叫ぶ声が聞こえた、)(ありがとう、最期まで想ってくれて)