少し遠くで一樹先輩の声が聞こえる。
私の名前を呼んでいて、だけれど私には出ていく勇気がなくて。
隅っこで縮こまっているしか出来ないのだ。
だんだんと近づいてくる声だとか足音だとかに私はさらに小さくなる。
お願い、見つけないで。見つけようとしないで。
心の中で懇願してみたって現状はどうにもなりはしないのに。
「…見つけた、」
『っ…』
それでも、どれだけ願っても一樹先輩は私を見つけてくれる。
きっと何処に居たってそれは変わらないんだろう。
『や、やだ…っ』
「馬鹿、逃がすかよ…!」
立って逆方向に逃げ出そうとすると一樹先輩が後ろから腰に腕を回した。
無理に解こうと暴れると、
「ば…ッ!おま、こっちは骨折してんだぞ…!暴れんるな…!」
そんな言い方ズルイ。大人しくなるしかない。
『逃げないんで、放してください…』
そう言うと一樹先輩が解放してくれた。そして向かい合うように言われる。
『なんで、こんなこと…』
「なんでじゃねえよ、馬鹿。いい加減我慢の限界だ。どうして逃げるんだ」
どうしてなんて、聞かないで。
『一樹先輩が…キライだから、です』
「…っだから!!」
そんな顔すんじゃねえよ、と。吐き捨てるように一樹先輩が言った。
ねえ、そんな顔ってどんな顔?
鏡と背中合わせ
(だからきっと自分の顔が、)(心が分からない)
title by 約30の嘘