先生に頼まれて星座科で使うプリントを纏める作業を任された。
かちゃん、と何度もホッチキスで留める音が響く。
『あ、』
窓を開けていたら、机のうえにあった紙が舞って窓からひらひら落ちていった。
『あちゃー…』
私は仕方なしにそれを取りに行くために自分の席を立った。
プリントを探していたはずだった、最初は。
『え、ええ!?』
「にゃあん」
木の上で不安そうにか細く「にゃー…」と鳴いている。
そいつは紛れもなく私がたまに遊んでいた猫で。
丸く縮こまっているということは大方降りられなくなったとかそんなのだろう。
降りれないならなぜ登るの…!と思ったけれども放置するわけにもいかない。
ちなみにプリントは地面にあったので拾っておいた。
『の、上れるかな…』
比較的低いところに枝があったのでそれを掴んで力をこめて自分の身体を引き上げる。
『よ、いしょっ…と、』
あ、これ下に人来たらどうしよう。中身見られたら恥ずかしくて死ぬ。
『おいで!』
どうやってそんなところまで上ったのかと聞きたいぐらい(聞いても返事は返ってこないんだけども)高いところに丸まっていた猫は私が呼ぶとそろりと近づいてきた。
手を伸ばして待っているけれど結構ぎりぎりだ。主に枝とか、重くてごめんなさい。
『あー…もう、』
片腕で猫を抱きかかえ枝を掴む。猫はにゃあーと鳴く。呑気なもんで…。
いま思ったんだけど、私これ降りるのめっちゃ難易度高いよね。
ゆっくりと片足を降ろそうと足を伸ばすと、居心地が悪かったのかなんだか分からないが猫が体を捩り始めた。
『わ、ちょっ、!』
ここから落ちたら死ぬ!(猫が)
押さえ込もうとすると、今度は私の身体のバランスが崩れた。
『あ…っ!!』
地面と接触する五秒前。
『いっつ…!』
死にはしなかったものの足を捻ってしまった。猫は私が落ちたあとちゃっちゃと逃げて行った。薄情な奴である。
どーしよ、…携帯教室置いてきちゃったし…。あんまり人来ない所だもんな…。
助けを呼ぶにもどうにもできない状態で。あとは人が通りかかるのを待つのみとなる。つまるところの運任せだ。
私はため息をつくしかなかった。
『…ぅ、?』
「冬原?…やっと起きたか、」
気付いたら、白い天井と私の間で翡翠色の髪した星月先生が呆れ顔で私を見ていた。
『え、ここ…保健室…?』
「馬鹿かお前は。足捻った奴が保健室に行かずして何処に行くっていうんだ」
『…そうでした』
自分にかかっていた布団を剥ぐと右足には丁寧に巻かれた包帯。
『…あの、ありがとうございました。私帰りますね』
私が靴を履こうとすると、星月先生が待ったをかけた。
「そんな足で寮まで行けると思ってるのか。…送るから待ってなさい」
『…はい』
星月先生は私を軽々と背負う。
『…重くないですか』
「こんなので重いとか言ってられんだろ」
『…重いことは重いんですね』
そりゃ自分の背中になにか乗ってるんだから重さは感じるだろ、と至極当たり前のことを言っていた。
寮の部屋に着いて、星月先生はゆっくりと私を降ろす。なんだかんだで優しい。
そして私にあまり動き回らないこと、と忠告をする。
『あの…、保健室に連れて行ってくれたのって星月先生ですか』
「ああ、それは俺じゃない」
『それって、』
誰ですか。
そう聞こうとすると「気にするな、そいつもお前を送ってくるなりどっか行ったしな」と頭を叩かれながら言われた。
そう言われると何も言えなくなる。私の頭を今度は優しく撫でて星月先生は早く寝ろよと笑って扉を閉めた。
どうせなら。
どうせなら助けたのは俺だと嘘でもそう言って欲しかったな、星月先生。
起きたときから薄々は感じていたけれど、はっきりと分かってしまった。
私を助けたのが誰なのかも、どうして助けたのは自分だということを隠したのかも。
分かってしまうぐらい一樹先輩のことを知っているということも。
分かりすぎて嫌になる
(ねえ、先輩)(移った匂いは消せはしなかったの?)