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赤子
カップの中のココアが揺らぐのを見ながら口を開いた。

『和樹は、私を庇って死んだんです』

私なんか、庇わなくたって良かったのに。
どれだけ悔やんだってなにも戻りはしないのは分かってるのに。

不知火先輩はなにも言わない。
顔をあげていないからどんな顔をしているのかさえも分からない。
だけど、今は顔をあげるのは怖い。


『星月学園の合格が決まって、二人で約束してた天体観測に行ってたんです。その帰りでした』


いつもと違う道を通って帰っている途中だった。

後ろからまぶしい光が照らして、振り返ったときにはもうそこに大きなトラックが迫っていて。

危ない、と和樹の叫ぶ声が聞こえて、私は何かに押されて後ろへ突き飛ばされた。

どんっ、と何かに頭が当たって私の意識はそこで途絶えた。


『目を覚ました時にはもう何もかも終わっていたんです。私の怪我の治療も』

和樹の意識も。


トラックの運転手は居眠り運転で、和樹と私はそれに巻き込まれて。
私だけが生きていた。

なんて残酷な運命を叩きつけるの、神様。


『和樹が、死んだのは私のせいなんです。
天体観測しに行こうって言ったのも、いつもと違う道を通りたいって言ったのも私なんです』

和樹と一緒に星を見たかったから天体観測をして、
和樹と少しでも一緒に居たかったからいつもと違う道を通って。

和樹と少しでも一緒に居たいと思う気持ちがダメだったの?
それすら今はもう叶うことはない。

そんな現実を作ったのは紛れもなく私。

『さっき、母からメールがありました。
和樹のお母さんが私が今何処に居るのか聞きに来たそうです』

ココアのカップを両手で握る。
握る手はいまも震えている。怖いから。

『母はとりあえず私に許可をとってから教えるって言ったそうです。
…私、どうすれば良いのか分からなくて』

教えて、何を言われるのだろうか。
私が悪いのだけれど、やっぱりまだ和樹のご両親と会うのは怖い。

責められて仕方ない事をしたのだけれど、やっぱり、怖いものは怖い。

「…怖いか」

見透かしたように、そう問うてきた不知火先輩。
私も無意識のようにするりと言葉がでた。

『怖い、です』
「…そうか」

カップの中身のココアの水面が揺れている。ああ、やっぱり震えている。
怖いと自覚はしているのに、やっぱりそんな自分本位な自分に嘲笑。

やっぱり不知火先輩に言うべきではなかった。
甘えてる自分がいる。

『ごめんなさい、誰かに吐き出したいんです。
自分が楽になりたいから、吐き出したいんです…』

ぬっ、横から腕が伸びてきてココアをとられる。
そしてぽすっときっと不知火先輩の胸に埋まった。

「良いんだよ。お前がそれで楽になるのなら俺に吐き出してくれて」
『っ…ごめんなさい、ごめん…っ』
「謝らなくていい」

そんなこと言われたって、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
不知火先輩のシャツに涙が染みていく。なんかもうごめんなさい。

『…っ』
「でも、逃げるな。逃げたら逃げた分後でツケが回ってくるから」
『っ…はい』

先輩は私の背中を赤ちゃんをあやすように叩いた。
堰がきれた。
今日だけ、と前にそう頼んで先輩の前で泣いたのに今日も泣いている。

『っ…ふ、っ』

幾つになっても赤子のよう


2012.02.03 修正・加筆


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