私が彼に会ったのは偶然という名の必然だったのかもしれません。
リハビリを兼ねて自力でコロコロと車椅子をこいでいた私は、きょろきょろと周囲を見渡している彼に出会いました。 この病棟に、新しい人が来たのかな、若いから友達になれるかな、と内心どきどきしていました。
「あ、あの、」
一大決心という言葉が思いつき、私は彼に話しかけました。 彼は私を見て、きょとんとした顔を浮かべ、外来病棟ってどこだかわかる?と私に向かって問いかけました。 外来の人か、となりちょっと寂しくなったのを覚えています。
「ここは外来じゃないので、教えますよ…、車椅子押してもらっていいですか?」 「え、は、はい」
車椅子を押したことがないのか看護師さんよりスピードは遅く、でも看護師さんより優しさだけは感じました。
コロコロと転がし、曲がる位置を右、左と言っていき、外来へと付くと彼は良かった、と呟いた。
「ありがとう…えーと…名前教えてもらってもいいかな?」 「名前っていうの。えーと…」 「ああ、そっか。ミツオっていうんだ俺」 「ミツオくん」 「そうそう」
そういって、笑った彼は向日葵の花のようでした。お見舞いでよくもらう向日葵はすぐ花粉を落として散ってしまうのですが、彼は一番最初。私は見たことないけれど、すくっと立っているような茎にくっついて、太陽を追っていく向日葵。図鑑でしか見たことないけれど、そんな雰囲気。
「ミツオ、くん」 「ん?」 「また迷っちゃ駄目だよ」 「んー、それは約束できないな…、方向音痴だし」 「ならまた私が教えなきゃだね」 「そうだな」
からからと一緒になって笑うと、ちょっと…いやかなり心が洗われるようだった。お見舞いに来てくれる人はいっつも無理やり笑っているから、こんなちゃんとした笑顔らしい笑顔を見るのが久々で。
「ん?どうした名前」 「ん、いや、なんでもないよ。じゃあね、ミツオくん」
外来の中心まで行くと看護師さんに怒られてしまう。だから私は頑張って後ろを向いて、彼に笑顔を見せた。 でもやっぱり痛くて、真正面に向き車椅子の車輪の掴む部分を私は掴んだ。
「…?いや、また戻るから。道憶えたし!」 「そんなことしてたら日が暮れちゃうよ」 「そうか?」 「外来はすっごく人が多いからね。並んでたら数時間はざらだよ。それにいつくるかわかんないし…」 「ならいっそのこと…」 「いいの。戻るのもリハビリだから、ね?」 「そう、か。なら何も口出せないな」 「そうだよ。じゃあね、ミツオくん」
どうせ、彼は道を覚えて、そして私のことを忘れていくだろう。そしてふと、この病棟に来て思い出せばいい。道を教えてくれた私のことを。
「なあ、名前」
方向転換を一生懸命している私に彼はくるり、といとも簡単に車椅子を方向転換させて、私の顔を見た。
「また、遊びにきてもいいか?」
そう問いかけた彼の顔は少し赤くて、私はくすりと笑いながらうん、と言葉を発した。
「ミツオくんがお見舞いに来てくれるなら元気で待ってるね」 「俺だけじゃなく他の人のときも元気で待ってろよ…」
苦笑しながらミツオくんは私の髪をくしゃりと撫でて、また休日に来るなと言って外来の受付へと駆けていった。
「び、っくり…した」
私はそっと自分の髪に触れて、髪を整えた。 来週が楽しみだな、そう思うのは久々の感覚だった。
120730
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