(審神者の名前は出てきてません。存在はあります)
カラリとした物音で何か来たのかと思いゆっくりと目を開けた。周囲を見渡すと兄弟は安らかな寝顔を浮かべていて、気のせいかだなんて考えたが一つの布団がめくれ上がってそこには誰もいなかった。
その布団は出入り口から割と近いところだった所であったため、もしかして薬研か?、と厚は思いつく。きっちりと閉められている襖は少しだけ空いていてその奥からは濃い闇が見えた。そろりと足を滑らせて他の兄弟達を起こさないようにカラリと静かに襖を開ける。その音で自身より先に出ていた彼は驚いてこちらを見た。
「なんだ、厚じゃねぇか。」
「やっぱり薬研かよ。」
黒い闇に白い月が煌々と照らしていて、薬研の黒い髪と黒い瞳がきらりきらりと白く反射して輝いていた。眩しい、だなんて思うけれど月はゆっくりと眩しさをかき消す様に雲へと隠れていった。
「どうした、眠れないのか?」
「そんなわけねぇだろガキじゃないんだし、というかなんでこんな夜中に大将の部屋向かおうとしてんだ?」
「あー………。」
薬研にしては珍しく濁すような返答。自分たち短刀の部屋から大将の部屋は比較的近い。通路を一本曲がれば大将の部屋である。反対側は厠。だからこそ大将の部屋側を向いていた彼はこれから向かおうとしている、ということだろう。
そんな安易な、いや至極明快な推理を頭の中で厚は整理をし、問いかけたのだ。
「大将の部屋明かり付いてるだろ。」
すっと白く細い指が大将の部屋を指差した。月の白い光が隠れたからか通路の端から明かりが少しだけ漏れていた。
「大将また寝てねぇのかよ。」
「大方仕事が上手くいかずに不貞寝をしているか、集中力を切らして寝る頃だとは思うけどな……。」
「詳しいな。」
確かに厚よりかは前にこの本丸へと現れた薬研は周囲のことや大将のことは詳しいのであろう。
「そんなことはない。まだ俺だって知らないことが多い」
「そーか?」
厚は首を傾げながらあくびを一つ。それに釣られて、薬研もひとつ。
「とりあえず俺は大将のとこ見てくるから、そうだな、厚は兄弟が起きないように見ててくれよ」
「ったく、しょーがねぇなあ!」
「厚、声は小さめにな。」
雲はゆっくりと移動し、白い月が見える。月が照らした一瞬の薬研の顔は穏やかで。瞬きをしたらいつもの真剣な表情。こいつもこんな顔するんだな、なんて厚は思いながらもひらりと手を振り、襖をまたそっと開ける。襖が空いて月は兄弟たちの寝顔を照らした。
「大将のことは任せた、俺はこっちを任されたからな」。
「あぁ、兄弟たちのことは任せた。」
襖はゆっくりと閉められる。
「薬研、」
「どうした厚?」
「もう少し頼っても、任せてもいいんだからな。一人で抱え込むなよ!んじゃ、お前も早く寝ろよ!」
襖は丁寧に閉められて、もう奥にいる闇は見えない。月に照らされる影だけがそこにいる人物を主張していた。
150520
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