女の爪の色をした桜貝のなかで、ひどく鮮やかなくれないがぬらりと光る。女がその生涯のうちで流す血を煮詰めたら、きっとこんな色になるのだろう。およそ、女になる前に女王として名を刻む己には似合わない色だった。もうじき春が終わるように、お前のなかにある女も死ぬのだと、自身の重みに耐えかねた花が穢土に落ちてはうっそりと語りかける。まるで、お前を嫁に遣るみたいだ。骨張った白い薬指の腹を以て桜貝のくれないを掬い、兄は春曇のひとみを柔く細めた。そこに在るはずなのにその実どこにも居ない、浮世から離れた美しい兄の幽かな笑みに思わず喉が震える。わたしは女王ですから、お嫁にはゆけません。そう答えた燈雀の顎をすいと上へ向けさせ、薬指に纏わせた赤で薄い唇をなぞった。

「子どもの頃は俺のお嫁さんになると言っていたのにね」

輪郭に沿って唇をぬるりと彩るくれないは兄の目にどう映っているのだろう。着慣れぬ十二単を鎧のごとく身に重ね、死した女王の代わりに国を継ぐ妹のかんばせを兄は覚えていてはくれるのだろうか。もしも覚えていてくれるのならば、何の躊躇いも悲哀もなく穢土を這う己のなかの女を殺せると思った。本当は女王になどなりたくはない。出来損ないの、可愛い愚かな妹のまま狭い繭で息絶えたい。泣き喚く未成熟の女の四肢は呆気なくもぎ取られ、噴き出した血は花びらになる。女の血はいずれ踏み潰されて、再び永劫回帰の世に消化されるのだと思った。

「櫻里の女は薄命ですから、あにさまには似合いませんわ」

あえかに色付いた兄の指先を見つめていると、兄が贈ってくれた二匹の金魚を思い出す。ちろちろと泳ぐ金魚は幼い燈雀にとって初めての贈り物だった。凝った細工が施された丸い鉢に入れ、名前を付け、不器用ながらも精一杯世話をし、暇さえあればその姿を眺めていた。遠い記憶の内側、ひとりぼっちは可哀想だからもう片方もころしてあげよう、と慈悲の眼差しで鉢を見る兄の美しい横顔だけが乾いた水飴のようにこびりついている。

「お前は本当に、可愛い子だ」

澱みを湛えた灰色がいとおしげに伏せられる。大きな手のひらが皮膚を撫で、色濃い春のざわめきが喉にからみついては胸を突く。神の一族と呼ばれ神と崇められ、箱庭に籠り生きる女王が殺した女たちの亡骸を思う度、絶望に限りなく近い喪失が膿んだ傷口を嘗めた。櫻里が女の地獄だと言うのなら、兄が彩ってくれたこのくれないはひとつの餞に違いない。



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