おかあさまごめんなさい。いい子にするから痛いことしないで。許して。おかあさま。

細く高い声が苦痛と恐怖にまみれた悲鳴に変わる。その幼い悲鳴はとろけた蝋燭の灯火を幽かに震わせ、ゆらりと薄暗い影を落としていた。どうしてこの子は泣いているのだろう。何が悲しいと言うのだろう。こんなにも美しい娘を持った私のほうが、よほど悲しんでいるというのに。空気を澱ませる紫煙は視界だけでなく思考すらも霞ませてしまうと気付いたとき、彼女は手に愛用の古びた煙管を持っていた。弱々しく畳に這いつくばる娘の小さな肩胛骨に引っ掛かる襦袢を引き下ろし、色鮮やかな襦袢の下に隠れた美しい背を見据える。醜い引き攣れとともに白絹の肌を点々と侵食する、まだらの肉色。未だ日の浅いうすらべにの傷痕は花房の刺青にも似ていた。

許して、おかあさま。ごめんなさい。おかあさま。

娘は美しかった。美しく、聡明で、一片の穢れすら見当たらない。すらりと水辺に咲く真白き水仙を思わせるその姿は、やがて毒となろう。滴るあまい蜜を毒と知らず、清廉なる花びらへ指を這わす羽虫が現れよう。彼女は胸の内を巣食う疼痛に灰の瞳を伏せ、秋に舞う紅葉があしらわれた銀の火皿を表皮の余白に押し付ける。一際高い童女の悲鳴と、身を捩ることすら叶わず仰け反る背のおぞましくも艶やかなる有り様に、溜め息がひとつ唇のあわいからほろりと零れた。美しいがゆえに、損なわれるべきものがこの世にはあるとーー彼女は、葉末(はずえ)は改めてそう思う。過ぎたる麗しさは悪となる。いずれその身を食い尽くし、自らの首を真綿で絞めることになる。絶望が溶けた煮え湯を飲み下すような、想像を絶する悲しみを娘に与えたくはない。その一心で、彼女は幼い娘の背にうすらべにを散らす。きっと、娘が感じているであろう痛みは、このうすらべには、肉色の薄い膜となって娘を守ってくれると信じて。



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