あんたの後頭部なんて、見慣れてる。
またこの日が来た。
サトシが新しい地方へ旅立つ日。こうやって見送るのは、もう何度目になるんだろう。何故かこいつは毎度毎度、律義にあたしのところへ別れを言いにやってくる。
昔、一緒に旅をした大切な仲間だから?それとも、それ以外の何かがあるの?
その真意はわからないけれど。
でもあたしはそれを勝手に、後押ししてほしいんだろうなって解釈して、いつも勢いよく力任せに背中を叩く。
そうしたら、馬鹿力!ってあの頃のように怒鳴るあいつはどこにもいなくて。いつも、どこか寂しそうな表情で笑うんだ。
「じゃあ、行ってくるから。」
「うん。今度は遠いんだっけ?」
「…ちょっとな。いつもよりも、長い旅になるかもしれない。」
「なーにしけた顔してんのよ!なんならもう一発叩いてあげようか?」
「じょーだん。お前、いつも本気で叩いてるだろ。あれ、けっこう痛いんだぜ?」
「あんたに本気出さなくて、誰に本気出せっていうの。無駄話してる時間ないんでしょ?ほら、早く行きなさ…っ!」
「ごめん、カスミ。」
「…なに、してんの?」
ごめん、と繰り返しながら、サトシはあたしを抱きしめた。
本当に申し訳なさそうに身を小さくするから、背中に回された手も自然ときつくなってあたしまで小さくなった気分。ぎゅっ、ぎゅーっと濃縮されて、もう少しで一人分の影になっちゃいそう。
見慣れた後頭部も、悔しいけれど意外と頼りになる背中も、今は何も見えない。
ねえ、あたし、こんなの慣れてないの。いつもいつも、あんたの後ろ姿ばかり見てきた。突然こんな距離を縮められても、どうしていいかわからないのよ?
「サトシ。」
ぐっと力をこめて、サトシの手を引っ張る。すると意外にもそれは素直に離れた。
「あんたが向くべきなのはこっちじゃないわ。」
うつむくサトシをくるっと回転させて、ありったけの力で背中を押す。
あたしの視界いっぱいに、見慣れた景色が広がった。
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一度は書いておきたい、お見送りネタ。