夢SS アホ | ナノ




月が真上に昇る頃



オレ様はすっかり日課になってしまったある女の所に、今日も会いに来ていた




「ククッ…ハッハハハッ!!…バカ、ホントにもの知らねぇなぁオメェはよ」


腹を抱えて笑う


オレを笑わせてるのは随分と高貴な身分の女で、世間知らずもいいとこだった


本来ならこの女の部屋には、夜だとしても兵や女官がいるが…


オレ様が来るようになってからは人払いをしているらしく、それなりに大きな声を出しても平気だった


なんて言ったって、コイツの住まいは、デカイ


その寝室に繋がっている中庭で、毎日オレ様を待っていた


中庭に、二人で並んで座り、今日も何気ない話をする








   女の名は、ナマエ





「…もぅ…私、そんなにおかしいこと言ったの?だって、女官の子たちが言ってたんだもの」

「だってよ…オメェ…喋る猫に声をかけられたら…ククッ…」

「猫の国に連れていかれちゃうから、返事をしちゃいけないのよ」

「………ククッ…で?声をかけられた時はすぐに…」





「ハリマッタ!!


     …って言うの」



「…………ブッ……ハッハハハッ!!知らねぇよ!!なんだよそれ!!聞いたこともねぇよ!!ハリマッタってなんだよっ!」


オレ様は腹を抱えながら笑い続けて言った


「…ハリマッタ…どういう意味なのかしら……きっと、猫が嫌いな言葉なのよ」


ナマエは真剣な顔で考え込んだ


その姿が可笑しくて、オレ様はまた吹き出した


「…もぅ…バクラも真剣に考えて?…ん〜…ハリマッタって何なのかしら…」


ハリマッタだとか、猫の国だとか、聞いたこともないしバカバカしすぎる話だった


明らかに、ナマエは女官にからかわれたとしか思えない


だが、とにかくコイツは真剣だった


「…バクラ…もぅ…」


いつまでも笑い続けるオレ様に、ナマエは小さく頬を膨らませた


その様子が、また可笑しくて、とんでもなく愛しい


「…バクラったら…そこまで笑うこと…………ふ…ふふっ…」


むくれていたナマエが、小さく笑いだした


「…ふふっ…おかしいっ…バクラがあんまり笑うから、うつっちゃった」


「なんだよ、オレ様のせいかよ?オメェがバカなこと言うからだろーが」

「バカなことじゃないわ!だって、会ったら大変じゃない!」

「………喋る猫に?」

「そうよ!」


ナマエはまた真剣な顔をして、さらに目を丸くして言った


さも当たり前と言うように


「そんな猫はいねぇし、ハ、ハリ…ハリマ…っ…ブッ…!」


そのナマエが言う妙な言葉を言おうとしたら、また笑いが込み上げてきてしまった


「…バクラったら!ねぇ!ほらっ!バクラが猫の国に連れていかれちゃったら大変じゃない!」


そう言いながら、ナマエはオレの肩に手をあてて、オレ様の顔を覗き込もうとする


その顔は、どうにも心配そうだった


「連れていかれねぇよ、オレ様だぞ?猫ごときに…」

「わからないわ…凄く大きいかもしれない…バクラよりず〜っと!」


ナマエは腕を大きく広げて、大きさを現す


「見たことねぇよ、そんな猫」

「普段は隠れてるのよ!きっと!」


ホントに、バカバカしいほど真剣だ


「そんなのはいねぇ!」

「わからないわよっ!外は、すっごく広いのよ!」





      外は広い





ナマエはこの住まいから出ることは禁じられていた


外に出たことは、ほとんどと言って良いほどに無い


だから、外の世界を知らなかった


そのせいで、余計に外の世界に対する憧れは増し、想像は膨らんでいく


コイツの想像する外の世界とやらを、一度見てみたいとは思ったが…



明らかに現実とかけ離れていることは容易に想像できるから、恐ろしくて見たくない






「…もし……猫の国に…」

「あ?」


ナマエは急に俯いて、悲しげな顔で言った


「…バクラが連れていかれたら、どうしたらいいかわからないもの………」


顔を上げたナマエの瞳は、涙で潤んでいた



思わず呼吸が止まった



オレ様の笑いは止まり



ナマエの瞳に全感覚を奪われた



「……もう…会えないのよ…?」


ナマエの声が震えている



ホントにコイツは真剣で、


心の底から心配しているらしい







     ああ






    バカだな





   バカだバカだ





    すげぇバカだ






   あまりにバカすぎて














  いとおしくてたまらない









「…会えなくなったら………」


言いかけて、ナマエは小さく息を吸った


瞳には今にも零れそうなほどに涙が溢れ、

ナマエがオレ様から視線を不意に外して、瞳を動かした時、





ほろっと、






涙が零れ落ちた





「…会えなくなっても……私はここで待つわ…」




「…明日も…明後日も…明明後日も……あなたを待ちます」



そう言って、オレ様を見た



「……オレ様も、…会えなくなっても…来てやる……」




「…明日も…明後日も…明明後日も……」



頬を伝うナマエの涙を、無骨な指ですくいながら言った


ナマエは口角に力を入れ、弱々しく、微笑んだ





コイツの普段の微笑みは、とても優しくて柔らかく、安心する



だが、時たまする微笑みは、とても弱々しくて







そして独特だった






「……オイ、…泣くな…」



「…ごめ…なさ……」


ナマエは必死に次から次へと零れ落ちる涙を拭う


「……バカだな……」




「………あ…」



オレ様はナマエの頭を胸に抱え込むようにして、優しく抱き締めた


背中に腕を回し、軽くあやすようにポンポンと叩く


ナマエはオレ様の胸に顔を埋め、目を閉じてゆっくりと呼吸していた









    依存している






     互いに








オレもコイツも、どちらかが欠けることなど、考えたくもないほどに…





互いを必要として、求めていることはわかっていた






出会ってから数ヶ月…





ここまでナマエに対する気持ちが膨らむとは、全て計算外だった






今感じるようなあたたかさも




安心感も




あんなにばか笑いできるようになったのも




全てナマエが、オレ様の奥底にある記憶と感情の中から見つけ出したものだった








愛しいという気持ちは







コイツから教わった…







「………泣き止んだか…?」


オレ様の腕の中で小さくなっているナマエの頭を撫でてやると、ナマエはオレ様の胸に頬を寄せながら頷いた







「…もう、大丈夫…」



ナマエが、目を閉じて微笑む





   ああ





     愛しい





本当なら





ずっとこうやって抱き締めていたい





何度コイツを盗み出そうかと思ったことか





何度コイツに…………







   愛していると




  言いそうになったことか




「………お前…あんまり泣くと、目ぇ腫れるぞ…王子が心配しやがるぜ」



   決して言えない言葉





「…あっ…そうね…明日は王子がいらっしゃる日ね」





  決して伝えられない感情






   ナマエは




     王子の婚約者だ



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