温もりを | ナノ
 


もりを抱く頃








どんな因縁だか知らないけれど、昨日からシズちゃんと付き合う事になった。
全ては俺の学生時代からの片思いから始まった恋。それが、24歳にして実ったのだ。
どのくらいシズちゃんを視線で追って、どのくらい心臓が壊れそうになって、どのくらい諦めようとした?
そんなの覚えてない。

だからシズちゃんから直接「付き合ってほしい」と言われた時はまず俺はどんな罠かと疑った。

だから俺は信じられなくて、「…嘘でしょ?」と冗談っぽくハハッと笑ってみる。するとシズちゃんは真顔で、「嘘じゃねえ。好きだ」と、シズちゃんの口から心の奥底で望んでいた言葉が返って来たんだ。
その時――嬉しさがぐっと込み上げてきた。心臓は今まで以上にうるさかった。そして何より、生きてて良かった、シズちゃんを好きで良かったって思える事が出来たのだ。

「……なあ、」
「ッ!?な、なっ、なに?」2人共にだんまりしているところを、突然シズちゃんに声を掛けれた事に心臓が跳ね、つい声が裏返ってしまう。

そんな今現在シズちゃんの自宅にお邪魔させてもらっている。もう1時間ここに居させてもらっているけど、部屋中に好きな人の香りがしてるっていう事もあるけど、いつもここで寝たり食べたりして過ごしているという事を考えると、なんだか落ち着かない。

「緊張してんのか?」
「き!?きんちょーなんかしてないよ!」
「嘘つけよ。手前は俺から何センチ離れたところに座ってると思ってんだ。恋人同士なのに」

シズちゃんが発した"恋人"という単語に顔全体が一気にカッと熱くなる。あーもう何を恥ずかしくなってんだ、俺。
でもシズちゃんの言ってる事はごもっともだと思う。なぜなら今シズちゃんと少し遠のけるように座っているから。それを学生時代で例えるなら、自分席の隣の隣くらい。そんな俺たちを一見他人が見ると、不自然にも思える距離感でもある。

「もうちょっとこっち来いよ。よそよそしいぞ手前」

シズちゃんは俺を誘導するように床をぽんぽんと叩く。
この距離で十分だって!これ以上近付いたら本当に心臓がどうにかなりそうだもん。
そう思って俺は必死に嫌々と頭を横に振って訴えた。そう頑固に粘る俺にシズちゃんはハァ、と呆れ顔でため息を吐き、「じゃあいい」と呟く。
やっと諦めてくれたか、と自身がほっと安心する間もなく、冗談でもない声のトーンでシズちゃんはこう言った。

「手前が来ないなら俺が近付くしかねえな」
「!?」

そう決め込むように言うと、すぐに行動を実行し、シズちゃんは1センチ、2センチと、もともと遠からず近からずな距離を徐々に縮めて、縮めて、縮めて――ついにピッタリと体が触れた。
あ。
ドックンドックンドックン。
自分でもこの早まる鼓動が確認出来る。ヤバい、ドキドキしすぎて苦しい。

「ッ――」
「この方がいいだろ」

確かにこの方が近くに感じるけど、リラックス出来ないっつーの。

でも、肩越しに伝わる熱が、この距離が、この場所が――


温かくて心地好かった。






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