8.クリミア王女、エリンシア

その場にいた誰もが驚いた。何故ならクリミア王に子供がいたというのは誰も知り得ない事であった。

「それは…そうでしょうね。私の存在は、公にされていませんから」

「なぜだ?」

「国の混乱を避けるため、私は次期国王にレニング叔父様を、と決定された後に生まれたので……」

「それじゃあ、あんたが本物のクリミア王女だとしよう。国や王弟がどうなったか知っているなら、教えてもらいたい」
エリンシアの口から告げられたのは、彼女の両親はデインの国王アシュナードという存在の手にかかったという。レニング国王とその王宮騎士団はデイン勢との攻防をしているのだという。

「グレイル様、アイク様…あなた方は傭兵だとおっしゃいましたね? 私を…ガリアへ逃がしていただけませんか? お願いします! 私には…もう、頼る相手がいないのです」
懇願するエリンシアに、アイクはグレイルを伺う。彼は目を閉じたまま、半日待ってほしいとその場を後にした。


まだ顔色が優れないエリンシアを気遣い、ネーヴェルが彼女をベッドに横になるように進めた。


なんとなく、彼女を放っては置けない気がして。










――――――

その夜

傭兵団の砦はデイン軍の兵に囲まれていた。直ちにグレイルは団員を一室へ集めた。デイン軍の要請は、クリミア王女を直ちに引き渡し、この地を去れ。さもなければ攻撃を開始する、という内容だった。最早一刻の猶予もない。
ただ今回の襲撃で明らかなのは、エリンシアが本物のクリミア王女ということ。

「団そのものを左右する問題だ。ここにいる全員の意見を聞きたい。」

このまま王女をガリアまで送り届けるか否か、議論は別れた。
ここはガリアまで送り届け名声を上げようとするティアマト、利益にならない、と反対するセネリオ。半獣を嫌い、御免被りたいシノン、ガトリーは団長の決めつけに従うといい、オスカーとボーレ、キルロイは副長ティアマトの意見に賛同。

「そうだよ、助けてあげようよ!」

「わたしからもお願い!」

「エリンシア たすけたい、ひとりぼっちかわいそう だから…」

「アイク、お前はどうだ?」

「ティアマトの意見に賛成。王女を助け、ガリアを目指そう」
グレイルの問いにアイクは迷う様子もなく意志を述べた。

「そうか、では決を伝える。我々は王女をガリアまで護衛する」
グレイルの決断に、反対派のセネリオは黙り、シノンは舌打ちをしたが、彼の意は変わることないであろう。

「これでよかったのか? 親父」

「ああ、どっちみち選択の余地はなくなったようだしな」
皆に耳をすませと促すと、鳥のさえずりも、虫の鳴き声もしない。これはデイン兵に囲まれているのであろう。

「どうやら最初から約束を守る気なんてなかったようね」

「我々を油断させ、この砦ごと始末というところでしょうか」

「だろうな。だがこちらもそれに乗ってやるほど甘くはない。全員配置につけ! 一気に片づけるぞ!!」
その一言に皆それぞれ武器を持ち、外へと飛び出す。

「ミスト、ヨファ、ネーヴェル。王女とここで待っていてください」

「まって オスカー、わたし たたかえるよ」
魔導書を抱えて自らも戦場へ乗り出そうとするネーヴェルをオスカーは優しく抑えた。

「いいですかネーヴェル、君はここでクリミア王女を護衛するんだ。万が一、砦の中に入られたら困るからね」

「で…も」

「大丈夫だネーヴェル。私達は負けないよ」

「う、ん。わかた オスカーたちにまかせる! エリンシアとミストとヨファ、ちゃんとまもるからあんしんしてて!」

「よし、偉い子だ」
ネーヴェルの頭を撫でると、彼も外へ。


「ネーヴェルちゃん…」

「だーじょぶ! なかないでヨファ。とりあえずみんなあつまて」
リビングのソファーに三人を座らせると、ファイアーの魔導書とサンダーの魔導書を左右手に持ち、辺りを警戒する。
外からは呻き声と武器同士が激しくぶつかり合う独特の音。その中に二つ、音が近くなってゆく……。

リビングの窓を突き破り、侵入してきたのはデイン兵と思われる男性二人。

「へへ、成功だ! やっぱり砦ん中に居やがったか」

「女子供だけだな。おい、大人しくしていろ、さもないと……」

「いや! 来ないで!!」

「この人達には手を出さないで下さい!! 私が…」

「すわってて」
スッとネーヴェルがエリンシアの前に立つ。魔導書を二つ開き、目を閉じた。

「あ? なんだ、抵抗するのか?」

《古より伝わりし雷光、業火なる灼熱の炎よ……》

「コイツ…詠唱を始めたぞ! 魔導士だ! 阻止しろ!!」
二人の兵が槍をこちらに向けて突き刺そうと近づく。

「うわああネーヴェルちゃん危ない!!」

《ここに示せその魔導の力よ!!》
槍が彼女に触れる直前、炎と雷が男性を捉えた。その場で男性二人は悶え苦しみ、やがて生き絶えた。

「大丈夫ですかネーヴェルちゃん!!」

「うん、エリンシア、わたしだーじょぶ。みなケガしてない?」

「もう! 心配したんだから!!」
ミストがネーヴェルに抱きつと、ごめんと謝りながら、抱き返した。少し焼け焦げてしまった白いワンピースの臭いが鼻についた。










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