3.印付きの子

《聴いてネーヴェル、私達はもうこの世界では生きていけないの》

《どうして?》

《…ネーヴェルは体が暖かいと感じない?》

《ううん、普通かな》

《そう…なら大丈夫ね》
長いブロンドヘアーを靡かせた女性はネーヴェルの肩に手を置いて静かに呼吸をする。少女はきょとんとその場で黙り込む。

《お母さんちょっと出掛けてくるわ。ネーヴェルはここで大人しくしていてね》

《はぁい お母さん早く戻ってきてね》

《ええ…す、ぐ戻ってくる…わ》
ネーヴェルの肩から母親の手が離れる。洞窟の奥に母が闇に包まれて消えて行く――。
ネーヴェルの佇んでいる鍾乳洞は冷たい冷気と氷が壁一面に張っている。

ネーヴェルはひたすら待った。何もない洞窟で一時間、半日…三日――

どうしてお母さん…すぐ帰ってくるって…戻るっ…て

空腹で、睡魔にも打ち勝てなくなり…氷の床に寝そべり残る全ての力を瞼に注ぐ。
今眠ってしまったら…お母さんには二度と会う事が出来ないような気がして…。

眠い…だけど眠ったらだ…め


ネーヴェルの瞼はゆっくり閉じてゆく。洞窟は相も変わらず静寂を保ち続けていた













――――――

「う…んん…」
目覚めた瞳が最初に映し出したのは、薄暗い木造の天井、次に白い掛け布団だった。

「起きましたか」
すぐ隣に背中まで長い黒髪の男の子が本に目を置いたまま言った。

「あ…の、わた し」

《こちらの方が喋りやすいですか?》

《喋れるの?》
少年が本を閉じて鋭い紅色の瞳をこちらへ向ける。

《手短に伺います。貴方はどこから来たんです? 何故森で倒れていたのですか?》

《…よく覚えてない。誰かに助けて貰って、グレイル傭兵団を頼りなさいって言われたの》

《…行く当てはありますか》
少女は首を横に振る。掛け布団を握り締め緊張しているのか肩が上がっている。

《なら…不本意ですがこの傭兵団に居座りますか? 僕から団長には経緯を話しておきます》

《いいの?》

《どうせ僕がここで貴方を追い出した所でミストが止めに入るでしょうからね》
皮肉を込めてハァと小さくため息を吐く。

《但し、貴方が印付きだと知られたら此方としても厄介です。今から僕の言う事を守って下さい》

《うん、わかった》
少年が羽の付いたペンで紙切れに書き加えてネーヴェルに手渡す。

《古代語は僕以外の人の前では喋らないで下さい。困難ならばただひたすら頷くだけでいいです》

《古代語ってこの言葉?》

「はい。普段はこの現代語を話すよう心がけで下さい。それとラグズには極力関わらないようにして下さい」

《ラグズ?》

《半獣の事です。奴等は直感で印付きを判断します。気をつけて下さい》

《努力する。あと…印付きってなに?》
ネーヴェルの問いかけに少年が黙り込む。


「あー!! 起きたんだねっ!」
部屋にネーヴェルと歳の近しい少女が歓喜の悲鳴をあげて駆け寄る。

「彼女は記憶を殆ど無くしていて行く当てもないそうです。僕から団長に傭兵団へ一時的に入団する事をお願いして来ます」
何事もなかったかの様に少年は部屋をそそくさと出て行く。

「大変だったんだね。私ミストっていうの、あなたは?」
名前を尋ねられたら途端戸惑いながら視線を落とす。名前…名前すら曖昧だ。ふと、先程の夢を思い返す。そうだ…私は――


「ネーヴェル、わた しネーヴェル」

「そっかネーヴェルね! お腹空いてない? オスカーが今夕御飯の支度してるの、もしかしたら何か食べさせてくれるかも!」
ネーヴェルの手を取ってまだフラフラしている体を支えながら二人でキッチンへ向かった。











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