雨の唄
いただきもの
「私はソーマが好き。誰がなんと言おうとこの気持ちはかわらない。だからソーマ、貴方の傍にいさせて…ずっと一緒にいたいの」
その言葉に彼女を抱きしめたのはいつだったろうか。
細く華奢な身体が折れてしまわないか心配しながら、それでもぬくもりを感じたくて強く抱きしめたのを覚えている。
すべてのものから守りたいと思った。
大切にしたいと思った。
心から愛おしいと思った――
「俺の部屋で、聴くか?」
「うん!」
嬉しそうに笑う主人公。
そんな彼女に自然と口元が緩む。
ソーマと主人公が付き合うようになってひと月が経とうとしていた。
主人公はどうだか知らないが、ソーマにとっては初めての“恋人”。
彼はそれこそ宝物のように主人公を大切にしていた。
向けられる笑顔も。
共に過ごす静かな時間も。
触れ合うぬくもりも。
そんな瞬間(とき)柄にもなく思うのだ。
“幸せ”だと。
そして同時に思う。
その小鳥のような声で鳴く口を塞いだらどうなるのだろうか、と。
そう、例えばこの唇で…――
「ソーマ?」
「いや、何でもない…」
「???」
不意に顔を背けるソーマに主人公は首をかしげた。
何でもないように振る舞えば、また彼女は笑顔を浮かべる。
その姿にソーマは目を細めた。
邪(よこしま)な考えに反吐がでる。
つくづく自分という“人間”が嫌になった。
何よりも誰よりも大切な人。
心から守りたいと思うのに、それとは全く逆の感情が心の中に生まれる。
「……っち」
苛立ちに耐え切れず舌打ちすると、ソファの隣に腰かけていた主人公が眉をひそめた。
「ごめん。つまんなかった、かな?」
「いや、そういうわけじゃねぇ」
癖とはいえこの状況で舌打ちしてしまった自分にソーマはため息を吐く。
「…体調悪い?」
「大丈夫だ。お前は気にするな」
心配そうに自分を見つめる主人公の頭をソーマは優しく撫でた。
胸の内に宿る衝動を押しとどめながら――…
◇
「よーするに、お前は主人公とよろしくやりたいと」
「何を聞いてたんだ、アンタは」
任務に向かうヘリの中。
恋だの愛だのといった感情に疎(うと)いソーマは“一応”そういった事にかけては極東支部(アナグラ)で一番得意だと思われるリンドウへ相談をしていた。
しかし、相談相手を間違えたと事に後から気づく。
ニヤニヤッと気色悪い笑みを浮かべるリンドウの姿に、眩暈を通り越して頭痛がソーマを襲った。
「そんなんじゃねぇ。俺はただ、アイツと普通に接したいだけだ…」
「いや、普通だろ」
「どこがだ」
怒鳴らんばかりにな勢いで言うソーマにリンドウは苦笑いした。
――不器用な奴だな。
煙草を取り出し火をつけるリンドウ。
一息、吸い込んだ煙と一緒にため息を吐く。
さてどうしたものかと、目の前に座るソーマを見つめるその姿はただの上司ではなくまるで兄の様だ。
「好きな奴と一緒にいたい。好きな奴に触れたい。好きな奴にキスしたい。普通だろ?」
「アンタと一緒にするな」
「いやいや、健全な男なら普通だと思うぞ」
一体彼にとって自分はどういうイメージなんだろうか。
冷めた視線を投げてよこすソーマに不安を覚えたリンドウだったが、今の本題はそんな事ではない。
少なくとも、このままでは目の前の彼ではなくその恋人が傷つくことになるだろから。
「…誰だって好きな奴のすべてが欲しい。そう思うものさ」
「……」
「とりあえず、だ。さっさとキスぐらいは終わらせとけ。でなきゃ逃げちまうぜ? 大事な大事な“宝物”がな」
リンドウの言葉に口を閉ざし険しい表情を浮かべるソーマ。
そんな姿にリンドウはまた深くため息を吐くのであった…――
「二人して何の話し?」
「お前は黙ってろ」
「なんだよ! 俺だって仲間に入れてくれたっていいだろ!?」
「あー、まあアレだ。青春ってやつだ」
「は?」
「…っち」
◇
とはいわれたものの…――
この数日間、リンドウの言葉が頭から離れずにいた。
彼は自分に素直になればいいと言った。
けれど本当にそれでいいのだろうか。
「……」
恐ろしいのだ。
もしそれで彼女が傷ついてしまったら――
もしそれで彼女が離れてしまったら――
「主人公…」
「呼んだ?」
「っ――!!?」
返ってくるはずのない返事に顔を上げると、心配そうに顔を覗き込む主人公の姿がそこにはあった。
いつ彼女はこの部屋に入ったのだろうか。
混乱しているソーマに主人公はクスクスッと笑みを零し部屋の扉を指さす。
「鍵、開いてたよ。ソーマが鍵を閉め忘れるなんて珍しいね」
「そう、か」
「…なんか、あった?」
歯切れの悪いソーマを心配そうに見つめる主人公。
最近はこんな顔ばかりさせてしまっている。
「いや――」
何でもない、そう言おうと顔を上げた時だった。
予想以上に近い距離にあった主人公の顔に言葉が詰まる。
鼻先をくすぐる甘い香り。
ぷっくらとした柔らかそうな唇。
細く華奢なあたたかい体――…
「っ――!!」
いつの間にか自然と伸びていた腕に気づきすぐさまその手を引っ込めるソーマ。
「ソーマ?」
「わりぃ…何でもない」
こんな邪(よこしま)な思いを気づかれたくなくてソーマはとっさに顔を背けた。
大切なはずなのに。
守りたいと思っていたはずなのに。
この腕の中に閉じ込めて無茶苦茶にしたい衝動にかられる。
潤む瞳を見て泣かせてみたいと思うこの感情。
名前を呼ぶその唇から零れる吐息を聴きたい。
「気にするな」
「……」
震えるほどの力で衝動を押さえつけるソーマ。
傷つけるのが恐ろしい。
離れてしまう事が恐ろしい。
主人公がいなければもう生きてはいけない――
「…ごめん」
不意に謝られ、ソーマは背けていた顔をもどした。
視界に主人公がはいったのとほぼ同時だったと思う。
「ッ――!!?」
唇に触れているのが主人公の唇だと気付くのにそう時間はかからなかった。
初めて触れた彼女の唇は、なんて柔らかくあたたかいのだろう――
「……」
「……」
ふれた唇のぬくもりもつかの間に、離れた主人公の顔は驚くほど穏やかだった。
混乱する頭。
そんなソーマの気持ちに気付いた主人公は苦笑いを浮かべる。
「ごめん。我慢できなくなっちゃった」
「なっ――!」
ソーマの言葉をさえぎるようにそのままソファへ彼を押し倒す主人公。
またがるように膝の上にあがり、主人公はソーマをソファの背もたれへ追い込んだ。
「だって、ソーマってば何もしてくれないんだもん。頑張っていい雰囲気にしても逃げちゃうし」
「に、逃げてねぇ!!」
離れた主人公の顔がまた近づいてくる。
「じゃあ…怖い?」
「っ!!」
唇が触れるか触れないかの距離。
視界いっぱいに映るのは主人公だけ。
感じるぬくもりに暴走しそうな気持。
しかし主人公に核心をつかれソーマは動きを止めた。
言葉を続けられないソーマ。
その沈黙を肯定ととった主人公は笑みを浮かべる。
「大丈夫。私どんな事をされてもソーマを嫌いにはならないよ…って、むしろこの状況だと私が嫌われちゃいそうだけど。ソーマは嫌いになった? こんな私を」
主人公の言葉にソーマは思う。
たしかに驚きはしたが…――
「……いや」
「よかった」
嬉しそうに、幸せそうな笑みを浮かべる主人公。
その顔を見て自然と残りの距離が縮む。
怯えるように震える唇。
触れるだけの口づけを数回繰り返していくうちに自然と主人公を抱きしめていた。
腕の中のぬくもりに身震いする体。
徐々に深くなる口づけのなか、時折聴こえる甘い声に自然と腕に力がこもる。
「我慢、しなくて…いいよ」
それからはなし崩しのように気持ちが変わった。
「っきゃ!」
自分の上にまたがる主人公の体をソファへ押し倒し、今度は自分が彼女を見下ろす。
「我慢するなって言ったのはお前だからな……後悔するなよ?」
「後悔なんてしないよ。ソーマ、大好き」
「…馬鹿」
ソーマがそう言うと、その言葉に主人公は嬉しそうに笑った。
その笑顔をみて柄にもなく思う。
“幸せだ”と――
.
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2011.10.25
その言葉に彼女を抱きしめたのはいつだったろうか。
細く華奢な身体が折れてしまわないか心配しながら、それでもぬくもりを感じたくて強く抱きしめたのを覚えている。
すべてのものから守りたいと思った。
大切にしたいと思った。
心から愛おしいと思った――
溺愛
「ソーマ♪ 一緒にCD聴こっ! この間骨董屋で見つけた、50年ぐらい前のCDなんだって」「俺の部屋で、聴くか?」
「うん!」
嬉しそうに笑う主人公。
そんな彼女に自然と口元が緩む。
ソーマと主人公が付き合うようになってひと月が経とうとしていた。
主人公はどうだか知らないが、ソーマにとっては初めての“恋人”。
彼はそれこそ宝物のように主人公を大切にしていた。
向けられる笑顔も。
共に過ごす静かな時間も。
触れ合うぬくもりも。
そんな瞬間(とき)柄にもなく思うのだ。
“幸せ”だと。
そして同時に思う。
その小鳥のような声で鳴く口を塞いだらどうなるのだろうか、と。
そう、例えばこの唇で…――
「ソーマ?」
「いや、何でもない…」
「???」
不意に顔を背けるソーマに主人公は首をかしげた。
何でもないように振る舞えば、また彼女は笑顔を浮かべる。
その姿にソーマは目を細めた。
邪(よこしま)な考えに反吐がでる。
つくづく自分という“人間”が嫌になった。
何よりも誰よりも大切な人。
心から守りたいと思うのに、それとは全く逆の感情が心の中に生まれる。
「……っち」
苛立ちに耐え切れず舌打ちすると、ソファの隣に腰かけていた主人公が眉をひそめた。
「ごめん。つまんなかった、かな?」
「いや、そういうわけじゃねぇ」
癖とはいえこの状況で舌打ちしてしまった自分にソーマはため息を吐く。
「…体調悪い?」
「大丈夫だ。お前は気にするな」
心配そうに自分を見つめる主人公の頭をソーマは優しく撫でた。
胸の内に宿る衝動を押しとどめながら――…
◇
「よーするに、お前は主人公とよろしくやりたいと」
「何を聞いてたんだ、アンタは」
任務に向かうヘリの中。
恋だの愛だのといった感情に疎(うと)いソーマは“一応”そういった事にかけては極東支部(アナグラ)で一番得意だと思われるリンドウへ相談をしていた。
しかし、相談相手を間違えたと事に後から気づく。
ニヤニヤッと気色悪い笑みを浮かべるリンドウの姿に、眩暈を通り越して頭痛がソーマを襲った。
「そんなんじゃねぇ。俺はただ、アイツと普通に接したいだけだ…」
「いや、普通だろ」
「どこがだ」
怒鳴らんばかりにな勢いで言うソーマにリンドウは苦笑いした。
――不器用な奴だな。
煙草を取り出し火をつけるリンドウ。
一息、吸い込んだ煙と一緒にため息を吐く。
さてどうしたものかと、目の前に座るソーマを見つめるその姿はただの上司ではなくまるで兄の様だ。
「好きな奴と一緒にいたい。好きな奴に触れたい。好きな奴にキスしたい。普通だろ?」
「アンタと一緒にするな」
「いやいや、健全な男なら普通だと思うぞ」
一体彼にとって自分はどういうイメージなんだろうか。
冷めた視線を投げてよこすソーマに不安を覚えたリンドウだったが、今の本題はそんな事ではない。
少なくとも、このままでは目の前の彼ではなくその恋人が傷つくことになるだろから。
「…誰だって好きな奴のすべてが欲しい。そう思うものさ」
「……」
「とりあえず、だ。さっさとキスぐらいは終わらせとけ。でなきゃ逃げちまうぜ? 大事な大事な“宝物”がな」
リンドウの言葉に口を閉ざし険しい表情を浮かべるソーマ。
そんな姿にリンドウはまた深くため息を吐くのであった…――
「二人して何の話し?」
「お前は黙ってろ」
「なんだよ! 俺だって仲間に入れてくれたっていいだろ!?」
「あー、まあアレだ。青春ってやつだ」
「は?」
「…っち」
◇
とはいわれたものの…――
この数日間、リンドウの言葉が頭から離れずにいた。
彼は自分に素直になればいいと言った。
けれど本当にそれでいいのだろうか。
「……」
恐ろしいのだ。
もしそれで彼女が傷ついてしまったら――
もしそれで彼女が離れてしまったら――
「主人公…」
「呼んだ?」
「っ――!!?」
返ってくるはずのない返事に顔を上げると、心配そうに顔を覗き込む主人公の姿がそこにはあった。
いつ彼女はこの部屋に入ったのだろうか。
混乱しているソーマに主人公はクスクスッと笑みを零し部屋の扉を指さす。
「鍵、開いてたよ。ソーマが鍵を閉め忘れるなんて珍しいね」
「そう、か」
「…なんか、あった?」
歯切れの悪いソーマを心配そうに見つめる主人公。
最近はこんな顔ばかりさせてしまっている。
「いや――」
何でもない、そう言おうと顔を上げた時だった。
予想以上に近い距離にあった主人公の顔に言葉が詰まる。
鼻先をくすぐる甘い香り。
ぷっくらとした柔らかそうな唇。
細く華奢なあたたかい体――…
「っ――!!」
いつの間にか自然と伸びていた腕に気づきすぐさまその手を引っ込めるソーマ。
「ソーマ?」
「わりぃ…何でもない」
こんな邪(よこしま)な思いを気づかれたくなくてソーマはとっさに顔を背けた。
大切なはずなのに。
守りたいと思っていたはずなのに。
この腕の中に閉じ込めて無茶苦茶にしたい衝動にかられる。
潤む瞳を見て泣かせてみたいと思うこの感情。
名前を呼ぶその唇から零れる吐息を聴きたい。
「気にするな」
「……」
震えるほどの力で衝動を押さえつけるソーマ。
傷つけるのが恐ろしい。
離れてしまう事が恐ろしい。
主人公がいなければもう生きてはいけない――
「…ごめん」
不意に謝られ、ソーマは背けていた顔をもどした。
視界に主人公がはいったのとほぼ同時だったと思う。
「ッ――!!?」
唇に触れているのが主人公の唇だと気付くのにそう時間はかからなかった。
初めて触れた彼女の唇は、なんて柔らかくあたたかいのだろう――
「……」
「……」
ふれた唇のぬくもりもつかの間に、離れた主人公の顔は驚くほど穏やかだった。
混乱する頭。
そんなソーマの気持ちに気付いた主人公は苦笑いを浮かべる。
「ごめん。我慢できなくなっちゃった」
「なっ――!」
ソーマの言葉をさえぎるようにそのままソファへ彼を押し倒す主人公。
またがるように膝の上にあがり、主人公はソーマをソファの背もたれへ追い込んだ。
「だって、ソーマってば何もしてくれないんだもん。頑張っていい雰囲気にしても逃げちゃうし」
「に、逃げてねぇ!!」
離れた主人公の顔がまた近づいてくる。
「じゃあ…怖い?」
「っ!!」
唇が触れるか触れないかの距離。
視界いっぱいに映るのは主人公だけ。
感じるぬくもりに暴走しそうな気持。
しかし主人公に核心をつかれソーマは動きを止めた。
言葉を続けられないソーマ。
その沈黙を肯定ととった主人公は笑みを浮かべる。
「大丈夫。私どんな事をされてもソーマを嫌いにはならないよ…って、むしろこの状況だと私が嫌われちゃいそうだけど。ソーマは嫌いになった? こんな私を」
主人公の言葉にソーマは思う。
たしかに驚きはしたが…――
「……いや」
「よかった」
嬉しそうに、幸せそうな笑みを浮かべる主人公。
その顔を見て自然と残りの距離が縮む。
怯えるように震える唇。
触れるだけの口づけを数回繰り返していくうちに自然と主人公を抱きしめていた。
腕の中のぬくもりに身震いする体。
徐々に深くなる口づけのなか、時折聴こえる甘い声に自然と腕に力がこもる。
「我慢、しなくて…いいよ」
それからはなし崩しのように気持ちが変わった。
「っきゃ!」
自分の上にまたがる主人公の体をソファへ押し倒し、今度は自分が彼女を見下ろす。
「我慢するなって言ったのはお前だからな……後悔するなよ?」
「後悔なんてしないよ。ソーマ、大好き」
「…馬鹿」
ソーマがそう言うと、その言葉に主人公は嬉しそうに笑った。
その笑顔をみて柄にもなく思う。
“幸せだ”と――
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2011.10.25
あとがき
「Lofte」のユミ様より、相互記念にいただきました!本当に素敵なお話をありがとうございますっ!
好きだからこそなかなか前に進めない、好きだからこそ失いたくなくて臆病になる…って感じが、たまらなく良いです…!
そして、やっぱりなんだかんだで兄貴分のリンドウに相談するところが可愛い…。
こういう恋愛に不器用なソーマさんが大好きなんですっ。
本当にありがとうございました!
これからも、よろしくお願いします!
2011/10/28 天音ミツル