雨の唄
お題 Mission -GEB-
「…ねぇ、ソーマ。この人、誰。」
「…エリック、だ。」
横にいるソーマに、こそっと小さく尋ねると、彼はぼそっと小さく返した。
昨日渡された、本日朝一で遂行するミッションの詳細が書かれた資料。
それの参加者欄には、確かに自分とソーマの名前しかなかった。
ところが、エントランスまでやってくると、ソーマの隣に見知らぬ男が立っていた。
それが、今目の前にいる彼…エリックだった。
彼はソーマの相棒だと宣う。
まさかとは思ったが、ソーマがはっきりと否定しないので、もしかしたら嘘ではないのかもしれない。
…否定するのすら面倒だっただけかもしれないが。
その自称ソーマの相棒が、今回の任務に同行したいと言ってきたらしい。
断る理由が思い付かなかったので、(仕方なく)了承したというのだ。
別に参加者が増えるのは構わなかった。
むしろ戦力的に助かる。
しかし、…どうにも居心地が悪い。
盗み見るようにして視線を向けると、サングラス越しに目が合った。
「君が例の新人くんか。」
そう言い、彼の目が細められる。
“例の”なんて言われると、なんだかとんでもないヤツ扱いされているようだ。
極東支部初めての新型…ということで、何かと噂になっていることは知っていたが…。
彼もその“噂のルーキー”というやつに、興味があるということなのだろうか。
まるで品定めでもするように上から下まで眺められ、ソーマの後ろに隠れたい衝動に駆られる。
神機使いの世界にも、新人いびりとか、あるのだろうか。
「…へえ、なるほど。」
一通り眺め終わったらしい彼はにっこりと微笑む。
こちらに近付いてきたかと思ったら、すっと流れるような所作で私の左手を取った。
握手を求めているのだろうか。いやだったら右手を差し出せばいいのでは?
…なんて考えが頭に浮かんだのも束の間。
次に彼が起こした行動に、目を丸くする。
「ぜひ、お近付きになりたいね。」
彼がやったのは、いわゆるキスというもの。
手の甲にそっと唇を触れさせた、というそれだけのこと。
よく騎士なんかがやっているあれだ。
といっても、実際にその騎士とやらを見たことなどないが。
初めてのことで、戸惑ってしまった。
…なんというか、反応に困る。
どうしたらいいんだろう…。
「あ、あの…。」
「僕の国では、女性にこのように挨拶をするのさ。」
「はあ…、そうなんですか…。」
「ちなみにお礼の場合は頬の方に。覚えておいてくれたまえ。」
まあ確かに名前と外見からして日本人とは思えなかったが、一体どこの国の人なんだろう。
陽気に話す彼に対して、あまり歳が変わらないというのに、思わず敬語になってしまった。
半ば呆然としていると、いきなりエリックが後ろに引き倒される。
うわぁなんて間抜けな声を上げるエリックと、ぼけっとしている私を、ソーマが睨んだ。
「…時間だ。行くぞ。」
いつもよりさらに低い声だった。
…機嫌が悪いらしい。
まあ、ソーマ的に見ていて楽しいものじゃなかったんだろう。
それにしたって、なにもそこまでイラつかなくても…と、心の中だけでこぼした。
◆ ◆ ◆
討伐目標の掃討は無事に終了した。
どんなふうになるのか少しばかり不安だったが、思っていたよりもやりやすかった。
息を吐く。
アラガミの攻撃によって受けたちょっとした傷をさすっていると、「どうぞ」と彼がハンカチを差し出してくれた。
“彼”ってどっち?
なんて疑問を抱くなかれ。
あの仏頂面の青コートが、そんな素敵なことをしてくれるはずがない。
…いや、もしかしたら時折そんな優しさを垣間見せることもあるかもしれないが、とりあえず今はありえない。
何をそんなに引きずることがあるのか、まだ機嫌が悪いのだ。
「…ありがとう。」
ハンカチを受け取り、お礼を返した。
…優しい。
さすがは英国風(?)。紳士的だ。
「さっき言ったこと、覚えてるかい?」
「え?」
「お礼は、頬に……。」
囁くように言われた言葉と共に、エリックが唇を寄せてくる。
お礼を言う方ではなく、言われる方がするの?
…と疑問に思うも、相手の国の習慣を否定するようなことは控えた方がいいかもしれない…という考えの方が勝った。
大人しくされるがままでいる。
しかし、頬にそれっぽい感触が訪れることはなかった。
代わりにすぐ近くで、ゴッ!!という鈍い音が響く。
それと同時に、
「うがッ!?」
…なんていう、エリックの呻き声が聞こえてきた。
「…こっちの習慣に慣れとけ。それから……」
ばったりとエリックは崩れ落ちる。
「…頭上に気を付けろ。」
気絶してしまった彼に向かって、青筋立てるソーマが吐き捨てるように告げた。
さっきよりもさらに不機嫌そうに、ソーマは神機を肩に担ぎ直す。
どうやら、ソーマのイーブルワンが、エリックの脳天に直撃したらしい。
…正確には、ソーマが、イーブルワンをエリックの脳天に直撃させたのだろうが。
……痛そう。
でも、エリックには悪いが、正直助かった。
ふぅと安堵のため息を吐く。
ソーマの方に視線を向けると目が合う…が、すぐにそらされた。
口をへの字に曲げているあたり、まだまだ機嫌が悪いらしい。
「…なんでそんなに不機嫌なの?」
「いちいちあいつの言うことを真に受けるな。そんな習慣、あるわけねえだろ。」
「そんなの、わからないじゃない。」
「…たとえあったとしても、お前がそれに従う義理はねえだろうが。」
まあ確かに、ソーマの言っていることは正しいのかもしれない。
ここは極東なのだから、極東の方に習うべきだろう。
しかし、なぜそんなにも苛立っているのだ。
適当に流しておいてもいいんじゃないだろうか。
子どもじゃあるまいし、たかだかほっぺにちゅーくらいで。
ふいっと背を向けたソーマをじっと見詰める。
(…もしかして、色恋沙汰にウブなのかな。)
そんな考えが頭をよぎった。
もし、そうだったら、…面白い。
あんな恐い顔する人が、照れて真っ赤になる様を想像し、むくむくと好奇心が膨らんでいく。
どうしても耐えられなくなり、私は実行に移すことにした。
邪魔なので(神機使いとしてどうかと思うが)、神機を置く。
「ねえ、ソーマ。」
「…なんだ。」
こちらに背を向けたまま返事をするソーマに、私はにやりと笑んだ。
「一応助かったから、お礼。」
足音を立てないように近付いて、ソーマのコートの腕を掴む。
ソーマが驚いて、こちらを振り返り切るその前に、彼の頬にそっと唇を触れさせた。
すぐに離れて、ソーマの様子をうかがう。
呆気に取られたのだろう、彼は硬直していた。
反応を期待して、しばらく待ってみると、ソーマは俯いてしまう。
フードの影に隠れて、顔がよく見えなくなってしまった。
「ソーマ?」
顔上げて…という要求を込めて名前を呼んでみた。
「な、な、な……。」
「な?」
「なにしてんだ、お前!」
やっと顔を上げたソーマに、思いっきり怒鳴られる。
しかし全然迫力がなかった。
なにせ今の彼の顔は、私が想像した以上に真っ赤だったのだ。
ソーマは本当にウブだった!
「なにって…、お礼。エリックの国流に。」
予想的中と意外過ぎる反応の面白さからくる喜びは、声にも表情にも一切出さず、涼しい顔で答える。
からかったわけじゃありません。ただお礼をしただけです。…の体を貫くために。
「たった今、そんな習慣に従うなと言ったばかりだろうが!」
「まあまあ。たまには極東以外に習ってみるのも、いいんじゃない?」
「……後悔するなよ。」
「そこまで構えなくても。」
怒りからか照れからか、とにかく顔を紅くしてこちらを睨むソーマ。
ちょっと可愛い。
ソーマには、とっつきにくい印象があった。
すぐ睨むし怒鳴るし、なのに目を見て話してくれない。
出会ってからそんなに時間が経ったわけでもないし、あまり関わることもなかった。
だから、あまりソーマという人を知っているわけではなかったのだ。
でも、今回ちょっとだけ、ソーマのことを知ることができた気がする。
…とりあえず、からかい甲斐のある人だということがわかった。
もしかしたら、これからもっと仲良くなれるかもしれない。
一人で勝手に喜んでいると、ぐっとソーマに腕を掴まれる。
不思議に思って彼の顔を見上げれば、「逆だ」と呟くように伝えられ、「何が?」と私は首を傾げた。
ぐいと腕を引かれ、何事かと思う間もなかった。
気付いたら、周りの景色がソーマの肩越しに映っていた。
さらりとかかってきた白い髪と、次いで頬に訪れた感触に、思考の一切を奪われる。
時が止まったかのような錯覚を覚えた。
しかしそんなものは、一瞬のうちに湿った風に掻き消されてしまう。
まるで、何もかもが幻であったかのように。
私に触れていた全ては、あっという間に、音もなく遠ざかっていった。
何が起こったのか、理解はしていた。
でも…いや、だからこそ、わけがわからない。
頬が熱い。
心臓がうるさい。
さっきのソーマも、こんな気分だったのだろうか。
どうしよう。
なんだか、変……。
──子どもじゃあるまいし、たかだかほっぺにちゅーくらいで。
…そう、思っていたのに。
混乱していると、神機を抱えてさっさと行ってしまうソーマの背中が目につき、慌てる。
「ソーマ、待って!」
止めないわけにはいかなかった。
声がきちんと届いたらしい、ソーマが足を止めてくれて、ほっとする。
「…早く来い。行くぞ。」
「でも……。」
私はその場を動かなかった。
ここから離れるわけにはいかなかったのだ。
なんだかものすごく残念で仕方ないが、もう雰囲気どうこうの問題じゃない。
横目でちらりと見やる。
「さすがに、置いて行くわけには……。」
ソーマも振り返り、私の視線の先を目で追った。
「…………。」
「…………。」
エリックが未だ伸びている。
ソーマがチッと舌打ちした。
いやあなたのせいなんだけど…と思いはしたが、とりあえず口には出さないことにする。
近付いて行ったソーマは、エリックを文字通り足蹴に起こした。
この後。
騒々しく戻ったエリックは、イライラがピークに達したソーマによって、再び頭上にイーブルワンの鉄鎚を受けることになる。
彼はきっと、この任務で学んだことだろう。
「…エリック、だ。」
横にいるソーマに、こそっと小さく尋ねると、彼はぼそっと小さく返した。
昨日渡された、本日朝一で遂行するミッションの詳細が書かれた資料。
それの参加者欄には、確かに自分とソーマの名前しかなかった。
ところが、エントランスまでやってくると、ソーマの隣に見知らぬ男が立っていた。
それが、今目の前にいる彼…エリックだった。
彼はソーマの相棒だと宣う。
まさかとは思ったが、ソーマがはっきりと否定しないので、もしかしたら嘘ではないのかもしれない。
…否定するのすら面倒だっただけかもしれないが。
その自称ソーマの相棒が、今回の任務に同行したいと言ってきたらしい。
断る理由が思い付かなかったので、(仕方なく)了承したというのだ。
別に参加者が増えるのは構わなかった。
むしろ戦力的に助かる。
しかし、…どうにも居心地が悪い。
盗み見るようにして視線を向けると、サングラス越しに目が合った。
「君が例の新人くんか。」
そう言い、彼の目が細められる。
“例の”なんて言われると、なんだかとんでもないヤツ扱いされているようだ。
極東支部初めての新型…ということで、何かと噂になっていることは知っていたが…。
彼もその“噂のルーキー”というやつに、興味があるということなのだろうか。
まるで品定めでもするように上から下まで眺められ、ソーマの後ろに隠れたい衝動に駆られる。
神機使いの世界にも、新人いびりとか、あるのだろうか。
「…へえ、なるほど。」
一通り眺め終わったらしい彼はにっこりと微笑む。
こちらに近付いてきたかと思ったら、すっと流れるような所作で私の左手を取った。
握手を求めているのだろうか。いやだったら右手を差し出せばいいのでは?
…なんて考えが頭に浮かんだのも束の間。
次に彼が起こした行動に、目を丸くする。
「ぜひ、お近付きになりたいね。」
彼がやったのは、いわゆるキスというもの。
手の甲にそっと唇を触れさせた、というそれだけのこと。
よく騎士なんかがやっているあれだ。
といっても、実際にその騎士とやらを見たことなどないが。
初めてのことで、戸惑ってしまった。
…なんというか、反応に困る。
どうしたらいいんだろう…。
「あ、あの…。」
「僕の国では、女性にこのように挨拶をするのさ。」
「はあ…、そうなんですか…。」
「ちなみにお礼の場合は頬の方に。覚えておいてくれたまえ。」
まあ確かに名前と外見からして日本人とは思えなかったが、一体どこの国の人なんだろう。
陽気に話す彼に対して、あまり歳が変わらないというのに、思わず敬語になってしまった。
半ば呆然としていると、いきなりエリックが後ろに引き倒される。
うわぁなんて間抜けな声を上げるエリックと、ぼけっとしている私を、ソーマが睨んだ。
「…時間だ。行くぞ。」
いつもよりさらに低い声だった。
…機嫌が悪いらしい。
まあ、ソーマ的に見ていて楽しいものじゃなかったんだろう。
それにしたって、なにもそこまでイラつかなくても…と、心の中だけでこぼした。
◆ ◆ ◆
討伐目標の掃討は無事に終了した。
どんなふうになるのか少しばかり不安だったが、思っていたよりもやりやすかった。
息を吐く。
アラガミの攻撃によって受けたちょっとした傷をさすっていると、「どうぞ」と彼がハンカチを差し出してくれた。
“彼”ってどっち?
なんて疑問を抱くなかれ。
あの仏頂面の青コートが、そんな素敵なことをしてくれるはずがない。
…いや、もしかしたら時折そんな優しさを垣間見せることもあるかもしれないが、とりあえず今はありえない。
何をそんなに引きずることがあるのか、まだ機嫌が悪いのだ。
「…ありがとう。」
ハンカチを受け取り、お礼を返した。
…優しい。
さすがは英国風(?)。紳士的だ。
「さっき言ったこと、覚えてるかい?」
「え?」
「お礼は、頬に……。」
囁くように言われた言葉と共に、エリックが唇を寄せてくる。
お礼を言う方ではなく、言われる方がするの?
…と疑問に思うも、相手の国の習慣を否定するようなことは控えた方がいいかもしれない…という考えの方が勝った。
大人しくされるがままでいる。
しかし、頬にそれっぽい感触が訪れることはなかった。
代わりにすぐ近くで、ゴッ!!という鈍い音が響く。
それと同時に、
「うがッ!?」
…なんていう、エリックの呻き声が聞こえてきた。
「…こっちの習慣に慣れとけ。それから……」
ばったりとエリックは崩れ落ちる。
「…頭上に気を付けろ。」
気絶してしまった彼に向かって、青筋立てるソーマが吐き捨てるように告げた。
さっきよりもさらに不機嫌そうに、ソーマは神機を肩に担ぎ直す。
どうやら、ソーマのイーブルワンが、エリックの脳天に直撃したらしい。
…正確には、ソーマが、イーブルワンをエリックの脳天に直撃させたのだろうが。
……痛そう。
でも、エリックには悪いが、正直助かった。
ふぅと安堵のため息を吐く。
ソーマの方に視線を向けると目が合う…が、すぐにそらされた。
口をへの字に曲げているあたり、まだまだ機嫌が悪いらしい。
「…なんでそんなに不機嫌なの?」
「いちいちあいつの言うことを真に受けるな。そんな習慣、あるわけねえだろ。」
「そんなの、わからないじゃない。」
「…たとえあったとしても、お前がそれに従う義理はねえだろうが。」
まあ確かに、ソーマの言っていることは正しいのかもしれない。
ここは極東なのだから、極東の方に習うべきだろう。
しかし、なぜそんなにも苛立っているのだ。
適当に流しておいてもいいんじゃないだろうか。
子どもじゃあるまいし、たかだかほっぺにちゅーくらいで。
ふいっと背を向けたソーマをじっと見詰める。
(…もしかして、色恋沙汰にウブなのかな。)
そんな考えが頭をよぎった。
もし、そうだったら、…面白い。
あんな恐い顔する人が、照れて真っ赤になる様を想像し、むくむくと好奇心が膨らんでいく。
どうしても耐えられなくなり、私は実行に移すことにした。
邪魔なので(神機使いとしてどうかと思うが)、神機を置く。
「ねえ、ソーマ。」
「…なんだ。」
こちらに背を向けたまま返事をするソーマに、私はにやりと笑んだ。
「一応助かったから、お礼。」
足音を立てないように近付いて、ソーマのコートの腕を掴む。
ソーマが驚いて、こちらを振り返り切るその前に、彼の頬にそっと唇を触れさせた。
すぐに離れて、ソーマの様子をうかがう。
呆気に取られたのだろう、彼は硬直していた。
反応を期待して、しばらく待ってみると、ソーマは俯いてしまう。
フードの影に隠れて、顔がよく見えなくなってしまった。
「ソーマ?」
顔上げて…という要求を込めて名前を呼んでみた。
「な、な、な……。」
「な?」
「なにしてんだ、お前!」
やっと顔を上げたソーマに、思いっきり怒鳴られる。
しかし全然迫力がなかった。
なにせ今の彼の顔は、私が想像した以上に真っ赤だったのだ。
ソーマは本当にウブだった!
「なにって…、お礼。エリックの国流に。」
予想的中と意外過ぎる反応の面白さからくる喜びは、声にも表情にも一切出さず、涼しい顔で答える。
からかったわけじゃありません。ただお礼をしただけです。…の体を貫くために。
「たった今、そんな習慣に従うなと言ったばかりだろうが!」
「まあまあ。たまには極東以外に習ってみるのも、いいんじゃない?」
「……後悔するなよ。」
「そこまで構えなくても。」
怒りからか照れからか、とにかく顔を紅くしてこちらを睨むソーマ。
ちょっと可愛い。
ソーマには、とっつきにくい印象があった。
すぐ睨むし怒鳴るし、なのに目を見て話してくれない。
出会ってからそんなに時間が経ったわけでもないし、あまり関わることもなかった。
だから、あまりソーマという人を知っているわけではなかったのだ。
でも、今回ちょっとだけ、ソーマのことを知ることができた気がする。
…とりあえず、からかい甲斐のある人だということがわかった。
もしかしたら、これからもっと仲良くなれるかもしれない。
一人で勝手に喜んでいると、ぐっとソーマに腕を掴まれる。
不思議に思って彼の顔を見上げれば、「逆だ」と呟くように伝えられ、「何が?」と私は首を傾げた。
ぐいと腕を引かれ、何事かと思う間もなかった。
気付いたら、周りの景色がソーマの肩越しに映っていた。
さらりとかかってきた白い髪と、次いで頬に訪れた感触に、思考の一切を奪われる。
時が止まったかのような錯覚を覚えた。
しかしそんなものは、一瞬のうちに湿った風に掻き消されてしまう。
まるで、何もかもが幻であったかのように。
私に触れていた全ては、あっという間に、音もなく遠ざかっていった。
何が起こったのか、理解はしていた。
でも…いや、だからこそ、わけがわからない。
頬が熱い。
心臓がうるさい。
さっきのソーマも、こんな気分だったのだろうか。
どうしよう。
なんだか、変……。
──子どもじゃあるまいし、たかだかほっぺにちゅーくらいで。
…そう、思っていたのに。
混乱していると、神機を抱えてさっさと行ってしまうソーマの背中が目につき、慌てる。
「ソーマ、待って!」
止めないわけにはいかなかった。
声がきちんと届いたらしい、ソーマが足を止めてくれて、ほっとする。
「…早く来い。行くぞ。」
「でも……。」
私はその場を動かなかった。
ここから離れるわけにはいかなかったのだ。
なんだかものすごく残念で仕方ないが、もう雰囲気どうこうの問題じゃない。
横目でちらりと見やる。
「さすがに、置いて行くわけには……。」
ソーマも振り返り、私の視線の先を目で追った。
「…………。」
「…………。」
エリックが未だ伸びている。
ソーマがチッと舌打ちした。
いやあなたのせいなんだけど…と思いはしたが、とりあえず口には出さないことにする。
近付いて行ったソーマは、エリックを文字通り足蹴に起こした。
この後。
騒々しく戻ったエリックは、イライラがピークに達したソーマによって、再び頭上にイーブルワンの鉄鎚を受けることになる。
彼はきっと、この任務で学んだことだろう。
頭上注意
…と。〜Fin.〜
あとがき
ソーマのイーブルワンは、たびたび鈍器として彼の恋敵を叩き潰します。エリックは短編の方に初登場です。
しかし、ごめんなさい、エリックっ!
なんて酷い扱いだ…ι
こちらは、目安箱よりリクエストをいただきました。
「女主(17)で、エリックに口説かれているところに片想いのソーマがエリックを冥土送り。お礼であたふたするソーマ。」
…とのことでした。
またしても遅くなってしまってすみませんっ。
こんな感じでも、いいでしょうか…?
リクエスト、ありがとうございました!
2011/8/30