雨の唄
お題 Mission -GEB-
アナンタボガ
苦しい。息が切れる。
必死に走って、逃げて、隠れて。
これじゃダメだと、わかっているのに。
怖くて、立ち向かえない。
どうしてこんな場所にいるんだろう。
どうして私は逃げているんだろう。
──怖い……。
自分に何が起こっているのか、はっきりと理解できていないのに、恐怖だけは確かに感じる。
追い詰められる恐怖。
死を突き付けられる恐怖。
ひとりきりの、恐怖。
足音が迫ってくる。
「…助けて……。」
助けなんて来るはずない。
わかっているのに、私は祈る。すがる。
例えば奇跡のような、無条件で、極低確率に、向こうから勝手に訪れてくれるかもしれない何かに。
──情けない。
こんなんだから言われるのだ。
なぜお前のような奴が第1部隊の隊長なんだ、と。
…そうだった。
だから。
何とか見返したくて、少しでも認めてもらいたくて、ここに来たんだ。
贖罪の街。
ハンニバルの掃討任務に、1人で。
ここで、たたかうことを諦めては、意味がない。
戦わなければならない。アラガミと。
闘わなくてはならない。弱い自分と。
冷たいコンクリートの建物に背を預け、息を殺す。
足音がすぐ近くまで迫っていた。
神機を持つ手に力を込める。
砂埃に汚れた硬い地面を踏みしめる音に、耳をそばだて注意を向けた。
あと三歩。
…二歩。
一歩…!!
ハンニバルの姿を視界に捉え、跳ねるように駆け出した。
勇気を振り絞り、恐怖を振り払うように、雄叫びにも似た声を上げて。
一直線に突っ込んでいく。
力一杯薙いだ刃は、すぐに身を引いたハンニバルの頭をかすめ、小さく血飛沫が舞う。
振り切った神機を、次の攻撃のために構え直した。
数歩後退したハンニバルを睨み付ける。
しかしハンニバルは、まるで嘲うようにこちらを見据え、腕を掲げた。
その手に熱を集め、そしてあっという間に形成されたのは、全てを焼き払う炎の剣。
──まずい…っ!!
振りかざしたその剣の切っ先を、真っ直ぐこちらに向けて、ハンニバルが飛びかかってきた。
何とか咄嗟に開いた装甲で防いだが、重い衝撃が鈍い痛みを奔らせ、間近に迫った熱が、容赦なく服を、髪を、肌を焼く。
痛みと熱さを堪えたふんばりも虚しく、次の瞬間には、腕を払ったハンニバルにあっさりと突き飛ばされてしまった。
地面に転がされ、顔を上げれば、視界を覆う。
迫りくる、真っ赤な炎が。
──殺される…!!
少しでも受けるダメージを軽減させるために、装甲を広げなければ。
そう思うのに、恐怖で体が動かせなかった。
もう、間に合わない。
訪れるだろう衝撃に、せめてもの抵抗をするように、私は強く目を閉じた。
その時。
激しい光が弾ける音が辺りに響く。
何度か耳にしたことのある音。
これは……。
(スタングレネード…?)
しかしなぜ?
そう疑問に思いつつ、慎重に目を開けた。
光にやられ、ふらふらしているハンニバルが視界に入る。
次いで、見えたものに、聞こえた声に、私は自分自身を疑った。
「大丈夫ですか?」
幻だと思った。
凛とした響きを持つ声。
吸い込まれそうな朱い瞳。
それらは、もう決して会うことの叶わないはずの、“彼”のもの。
間違いようもない。
「レン…。」
その名を呼べば、彼はふっと笑みを見せ、手を差し伸べてくれた。
手を取ると確かな温もりを感じて、一体どういうことなのかと、ますます疑問に思う。
しかしそれ以上に、彼と再び会えたことを嬉しく感じた。
「どうして…?」
「話は後にしましょう。まずは目の前の障害とたたかわなければ。」
レンが視線を向けた先に、私も目を向けた。
ハンニバルが頭を振り、再び視界に捉えたのだろう私たちに向かって吠える。
どうやらスタングレネードの効果が切れてしまったらしい。
「援護します。」
「…うん!」
隣に並んだレンと共に、神機を構え直した。
◆ ◆ ◆
「お、終わったぁ…。」
力が抜けたように地面に座り込む。
動かなくなったハンニバルの横で、息を吐いた。
何とか無事に倒すことができた。
それはきっと…いや、間違いなく、彼がいてくれたからだ。
「お疲れ様です。」
「ありがとう。レンが助けてくれたおかげだよ。」
「そうですね。あなた1人では無理だったでしょう。」
「…はっきり言うね。」
まあ確かにその通りなのだけど…。
多少オブラートに包んだ表現に言い換えてくれても罰は当たらないと思う。
「それにしても、どうして1人でミッションに?」
「…第1部隊のリーダーだって、認めてもらいたくて。」
「だからっていきなりハンニバルですか? ヴァジュラも1人で倒せないあなたが。」
「うぅ…。」
優しげなのに厳しい言葉にうなだれる。
彼の言うことはもっともだが、そんなにストレートに現実を突き付けなくても…。
感動していたのに、なんだか素直に喜べなくなった。
せっかくの再会なのだから、もう少し気の利いた言葉をかけてくれたって…。
…なんて、甘い考えか。
「バカですね、あなたは。」
「…………。」
「別に、全ての人に認めてもらおうとしなくても、いいんじゃないですか?」
「…え?」
どういうことなのかと彼を見上げる。
彼はにっこりと、やはり優しげに微笑んだ。
「だって、ほかでもない第1部隊のメンバーが、あなたをリーダーだと認めてるんですから。」
…そう、だろうか。
レンの言葉を聞き、第1部隊のみんなのことを思い出す。
コウタもアリサも、リンドウさんもサクヤさんも、ソーマさんも。
いつも、私を支えてくれた。
励ましてくれて、叱ってくれて、助けてくれて、守ってくれて。
それでも私を、「リーダー」と呼んでくれた。
「…………。」
「焦る必要はありませんよ。あなたのペースで、頑張ればいいんです。」
「…うん。ありがとう。」
……でも。
「リーダーって認めてくれてるのかもしれないけど、…みんなに頼ってもらえないよ?」
「それは諦めるしかありませんね。」
「ええぇーー!?」
よくよく考えてみれば、励ます、叱る、助ける、守る…というのは、リーダーたる私の役目なのではないのか。
…このままではだめだ。
もっとリーダーを磨かなければ…!!
一つため息を吐いた。
そんな私の様子を見て、レンはくすくすと楽しそうに笑う。
…いや、あの。落ち込んでるんだけど。
「…あ、そういえば。どうしてレンがここにいるの?」
今さら…という感じがしなくもないが、それでも聞かずに終わるわけにはいかない。
さっきはタイミングを逃して聞くことができなかったが、ずっと疑問に思っていた。
尋ねてみれば、彼はいたずらっぽい笑みを浮かべる。
「大切な人のためなら、どこへでも駆け付けますよ。たとえ、夢の中でもね。」
レンが笑顔でさらりと言ったセリフに、目を見開く。
“びっくり”を通し越して“ぽかん”だ。
「…そ、そのセリフは、キザすぎると思う。」
「本当のことですから。……でも。」
そう言って、レンは私に背を向けた。
どうしたのだろうと首を傾げて彼を見詰める。
数歩先まで歩いたところで、彼はくるりと振り返った。
私は気付いてしまう。
レンがこれから何を言おうとしているのかに。
…彼の笑顔が、寂しげに揺れていたから。
「そろそろ、お別れの時間みたいです。」
「…そっか。」
「もう一度、会えてよかった。」
「…うん。私も…、私もレンに会えて、嬉しかったよ…。」
辺りの景色がぼんやりと白く染まっていく。
ああ、もう本当に、幻になってしまうんだ。
切ない気持ちが込み上げて、胸の奥がじんと痛む。
「また、会えるよね…?」
懇願にも似た私の言葉に、彼が言葉で返すことはなかった。
それでも、どんどん全てが歪んでいく中、私は確かに見た。
彼が優しく微笑んだのを。
「──…、…ナギサ、ナギサ。」
降りかかってきた声に、私はゆっくりと目を覚ました。
見慣れたベテラン区画のエレベーター前。
顔を上げれば、私を見下ろすリンドウさんが視界に入ってくる。
瞬きを数回繰り返す私を見て、彼が小さく吐いたため息には、一体どんな意味が込められていたのだろう。
…なんて、ぼんやりと考えた。
「…リンドウさん。」
「起きたか。ちゃんと部屋のベッドで寝ろ。疲れが取れねぇぞ。…精神的な方のもな。」
優しい笑顔で、リンドウさんがぽんぽんっと私の頭に手を乗っける。
気遣うような視線に、心がじんわりとあたたかくなっていくのを感じた。
「何か飲むか?」
すっと離れて行ったリンドウさんが、自販機に向かう。
「握り締めたまま寝ちまって、ぬるくなっちまっただろ。」
「え?」
顔だけ振り返って言った彼の言葉に首を傾げた。
握り締めたまま?
一体何を?
答えを得るため、手元に視線を落とす。
「…………。」
私の手の中に収まっていたのは、“彼”が大好きだったあの缶ジュース。
もし自分で買ったのだとしたら、相当疲れていたのだろう。
…あるいは、よほど思い出に浸りたかったのかもしれない。
「どうした?」
「…いえ。なんでもないです。」
私には、とてもじゃないけど飲めそうにないそのジュースの缶を、抱くように握り締めた。
全ては、悪戯な魔物の魅せた幻想か、愚かな己が創り出した妄想か、あるいは。
イカレた神が起こした奇跡の夢想か。
──「大切な人のためなら、どこへでも駆け付けますよ。たとえ、夢の中でもね。」
〜Fin.〜
あとがき
初レンです。…なぜか毒舌仕様。うーん、おかしいなぁ。こんなはずじゃ…。
目安箱より、「女主(15)。夢の中でレンと一緒にミッション。で、起こされる。手の中には初恋が。」とのことでした。
こんな感じに仕上がりましたが、どうでしょうか。
すみません…。
シリアスにしたかったのかギャグにしたかったのか、自分でよくわからなくなってしまいました…。
書くのが遅くて、本当にすみませんっ!
ご意見をありがとうございました!
2011/10/18