雨の唄
お題 Mission -GEB-
「…ナギサ。聞いてほしいことがある。」
真面目な顔でそう伝えると、彼女は一つ頷く。
「俺は、お前のことが──」
それにより零れ落ちたため息は、手元の資料に降りかかり霧散する。
当然一連のそれらは見えるはずもない。
だが、目に見えるかのごとく濃いため息であったと思う。
憂鬱だ。
気持ちに気付いたことで確かに晴れたはずの心は、あっという間に陰ってしまった。
どうするべきか、どうしたいのか、せっかくはっきりしたと言うのに、俺は行動に移せないでいる。
あの時は、衝動にも似た何かに急き立てられ、決意してこの心を伝えようとした。
ところが途中で、邪魔というか、妨害というか、…そういった類のものが入り、結局伝えるには至らなかった。
あれから、すでに数日経ったといのに、未だ伝えられていない。
行動したその先を、どうしてもあれこれと想像してしまうのだ。
それも、よくない方向にばかり。
タツミが声をかけてきたのは、再びため息を吐いてしまった時だった。
「ブレンダン。浮かない顔して、どうしたんだ?」
「ああ、タツミ。ちょうどよかった。悪いんだが手伝ってくれないか。」
明らかに声のトーンが低くなってしまった俺に、タツミは訝しげな顔をする。
目線を合わせずに、それについては聞いてくれるなと態度で示した。
察してくれたんだろう、タツミは肩をすくめて俺の申し入れの方について尋ねてきた。
何にだ?と首を傾げるタツミに、持っていた資料を、向きを変えて手渡す。
タツミは受け取り、それに目を落とした。
「んー、どれどれ…。荷電性シユウと極地適応型コンゴウに、スサノオ…。うわ、キツ…。」
任務の内容を確認したタツミは、実に素直な反応を返してくれる。
共感を得られたことに安堵した。
「こんなの防衛班に回すなよ…。さっき討伐班がそこで……ってちょっと待てよ。…いいこと思い付いたぞ。」
ボヤき始めたところで、なぜか急に楽しそうな表情になるタツミ。
イタズラを思い付いた子どものようにニヤニヤと笑い出す。
…なんとなく、嫌な予感がした。
こういう顔をする時、タツミは決まって“おせっかい”というやつを仕掛けてくる。
ここのところ、それが多い。
先程“討伐班”という単語が出ただけに、余計に懸念した。
ついて来いというから大人しく従ったのだが、俺は今後悔している。
もっとも、「やはりか…」という思いの方が強かったが。
「…というわけで、任務に付き合ってくれないか?」
「ええ、いいですよ。」
まるで茶でも飲みに行かないかと誘うかのごとく軽い言い方だったと、俺は思った。
しかし彼女は、そんな頼み方でも嫌な顔一つせず、二つ返事で了承してくれる。
彼女…討伐班第1部隊のリーダー、ナギサだ。
よかったなブレンダン! …なんて、晴れやかな笑顔で言ってくるタツミに、半ば頭を抱える。
タツミは知っているのだ。
俺が、ナギサに想いを寄せていることを。
そもそも、この気持ちに気付かせてくれたのはタツミだった。
だから、これはタツミの純粋な善意であることは、ちゃんとわかっていた。
そして確かに、ナギサの協力が得られるならば、任務は容易に片が付くはずだ。
わかっている。
わかっているんだ。
しかし……。
「よし! ブレンダンのことは任せたぞ、ナギサ!」
…急過ぎる。
せめて一言言っておいてくれてもいいんじゃないか、タツミ。
「え? タツミさんは?」
「俺? 俺はこの後ヒバリちゃんとデートの予定があるからな。」
「…未定でしょ。そんな予定入るわけないじゃないですか。」
「なんだよ! まだわかんないだろ!」
「わかります。」
「とにかく! この任務は2人に任せる!」
じゃ! …と、無駄に元気にそう言い残し、タツミはこの場を去って行った。
気を利かせたつもりでいるに違いない。
置いていかれた俺とナギサは、ぽかんという効果音がしっくりくるような表情のまま立ち尽くす。
しばらく呆けた後、ナギサは俺の方に向き直った。
「…えーっと、行こうか。」
「あ、ああ。」
神機保管庫までの、僅かな道のり。
ナギサの歩幅に合わせ、並んで歩く。
「…すまなかった。」
他愛のない会話をしていたが、不意に途切れ、俺はそう切り出した。
ナギサは俺を見上げ、首を傾げる。
「任務に、付き合わせてしまって。」
告げれば、ナギサは微笑んだ。
「ううん。そんなこと気にしないでよ。」
その笑みは、とても優しい。
彼女はきっと、迷惑だなんて微塵も思っていないんだろう。
だからこそ、余計に心苦しかった。
討伐班がどの神機使いよりも働いていることは、ここにいる誰もが知っている。
少し空気が重くなったように感じた。
それは明らかに俺のせいだ。
しかし、それをどうすれば脱却できるかなど、俺にはわかりようもなかった。
ナギサは中空に視線を彷徨わせる。
そして、何を思ったか、急に言い出した。
「タツミさん、ヒバリちゃんをデートに誘い出せたかな。」
俺は2,3度瞬きし、ナギサの方に顔を向けた。
「さっきはタツミさんに、そんな予定入るわけないとか言ったけど、ヒバリちゃん、満更でもないと思うんだよね。」
満更でもない…のだろうか。
毎度、かなり冷たくあしらわれている気がするのだが。
「ヒバリちゃんの好みのタイプ知ってる? “情熱的な人”だって。」
タツミさんのこと言ってるみたい、と彼女は楽しそうに笑った。
──好みのタイプ。
タツミとヒバリの関係の進展がどうこうということよりも、それが、その言葉が、俺の頭の中を占める。
ナギサの方に視線を向ければ、彼女は前を見詰めていて、俺は何を焦ったのか、急いて視線を前に戻した。
言い出せず、押し黙る。
しかしこれは、絶好の機会だと、自分自身で感じていた。
散々迷ったが、神機保管庫の手前まで来たところで、俺はついに口を開く。
「…ナギサには、いるのか。」
「ん?」
「好きなタイプは。」
「私は……。」
彼女が俺の方に顔を向けた。
そして、ふわりと微笑う。
「強い人がいいな。」
◆ ◆ ◆
冷たい刃のごとき風をその身に纏わせ、こちらに向かってくるのは、コンゴウの堕天種。
まさに突風のようなそれを避けると、待ち構えていたかのように別の方向から雷が空を駆け、迫ってくる。
息吐く間も与えられない攻撃の連続に、俺は回避するのがやっとだった。
本当にキツいな…と、そう思う。
しかしそれは、あくまで俺の話だ。
ナギサはこの程度の仕事、何度もこなしてきただろう。
時には、たった一人で。
2体の攻撃を華麗なまでに軽々とかわし、距離を詰めたナギサはアラガミに斬りかかる。
無機質な青い翼は無残に砕け散り、シユウ堕天は呻き声を上げ、その場にうずくまった。
それを好機と見た彼女は容赦なく追い討ちをかける。
邪魔するように仕掛けてきたコンゴウ堕天の攻撃から逃れるため一度距離を取り、ナギサは神機を銃形態に切り替えた。
バレットを撃ち放ち、コンゴウ堕天が怯んだ隙を逃さず、剣形態に戻した神機でそいつを薙ぎ払う。
俺の方は、シユウ堕天が起き上がるその前に、目一杯振りかぶったバスターブレードを、その頭に叩き込んだ。
崩れ落ちた2体のアラガミが力尽きたことを確認し、それぞれのコアを回収する。
残るは第一種接触禁忌アラガミ…スサノオだ。
「大丈夫?」
聞こえてきたそんな声に、はっとした。
ぼーっとしていたのだと、やっと気付く。
顔を上げれば、ナギサが心配そうな面持ちで、俺を見詰めていた。
「ああ、すまない。大丈夫だ。」
「…暗い、顔してる。…私だけじゃ不安?」
「い、いや、そんなことは断じてない。…情けない話だが、頼りにしてる。」
「…そう。」
気遣うような視線をくれてから、彼女は俺の前を歩き出す。
一体どう思っただろう。
まるで頼りにならない、俺のことを。
見詰めた背中は、俺よりもずっと小さい。
にも関わらず、彼女は俺よりもずっと重いものを背負っているのだろう。
誰よりも前で、誰よりも多くを守り、傷付いて。
俺では、その荷のほんの少しすら、分け取ってやれない。
それなのに、彼女を守りたいなどと、思い上がりもいいところだ。
“強い人”と聞いて、真っ先に思い付いたのは、ナギサだった。
そして次に思い当たったのは、いつも彼女の横で、彼女を支える、ソーマだった。
まるで強固な囲いに覆われているように感じる。
近付きたくても、近付けない。
俺では到底、その囲いを突き崩すことなどできないからだ。
できる者がいるとしたら、やはりそれは、彼女の隣に立つことを認められるくらいに“強い者”でなくてはならないんだろう。
俺ではなく、ソーマのように。
◆ ◆ ◆
アナグラに帰投した俺たちは、神機保管庫を訪れていた。
神機を返すためだ。
任務は無事終了した。
ほとんど、ナギサの力によって。
元の場所に戻した己の神機を、ぼーっと眺めた。
「…ブレンダンは、“強い”って、どういうことだと思う?」
不意にかかったそんな言葉に、俺はぎくりとする。
拳を握り締めた。
“強い”とは、どういうことか。
俺はそれと向き合うことを恐れている。
突き付けられる事実が、俺を絶望させることを。
ナギサがこちらに顔を向けたのが、気配でわかった。
「…神機使いとしてどれだけ実力があっても、私は、それが何よりも良いことだとは思えない。それだけが、“強い”ってことにはならないと思うの。」
真摯な声音。
顔を向けると、彼女は声と同じように真摯な瞳で、俺を見据えていた。
…ナギサは、気付いていたんだ。
俺が、不安や、自責や、劣等感、…そういった暗い感情を抱えていることに。
それが何によるものなのかまではわからずとも、きっと。
彼女は微笑った。ふわりと。
任務の前に見せた、あの笑みと同じ。
…期待しても、いいんだろうか。
「…ねぇ。ブレンダンはあの時、何を言おうとしたの?」
俺も、お前の隣に立つことができるのだと。
「ナギサ、俺は──」
ガツンッと後頭部に衝撃が奔る。
次いで、聞こえてきた。
あの、低い声が。
「悪い。手が滑った。」
「ぐっ……。」
遅れて痛みがやってきて、後頭部を押さえる。
思わず呻いてしまった。
声の方に目を向けると、ソーマが涼しい顔でこちらを見下ろしている。
俺の頭にぶつかったのは、どうやら彼が今肩に担ぎあげている神機…イーブルワンらしい。
「ブ、ブレンダン、大丈夫っ? ソーマ、何やってんの!」
「手が滑ったんだ。」
「そんなわけないでしょ!」
ナギサに睨まれ、ソーマはさっと顔を背けた。
まるで親に叱られて拗ねる子どものように、つーんとそっぽを向く。
意外と子どもっぽいところがあるんだな、ソーマにも。
…なんて、頭をさすりながら考えた。
それにしても、一体いつの間にやってきたんだ。
気付かないとは、俺は本当に、まだまだ未熟者だ。
ふっと一つ笑った。
「…ナギサ、自分で言いかけておいてなんだが、あの時の話は、聞かなかったことにしてくれないか。」
「え?」
「時期が来たら、話す。」
ナギサはきょとんとした目で俺を見ていたが、やがて笑みを見せ、わかったと返してくれた。
しばらくこちらの様子をうかがっていたソーマは、くるりと背を向け、神機を抱えてここから離れて行った。
…ナギサの注意を聞き流しながら。
まったくソーマという存在は、つくづく俺の障害になってくれる。
ナギサ。
いつか、お前を傍で支えてやれるくらいに、“強く”なりたい。
…いや、必ずなってみせる。
だから、待っていてくれ。
お前の隣に立てる、その時が来るまで。
真面目な顔でそう伝えると、彼女は一つ頷く。
「俺は、お前のことが──」
ハードケース
不意に、つい先日の出来事が脳裏をよぎった。それにより零れ落ちたため息は、手元の資料に降りかかり霧散する。
当然一連のそれらは見えるはずもない。
だが、目に見えるかのごとく濃いため息であったと思う。
憂鬱だ。
気持ちに気付いたことで確かに晴れたはずの心は、あっという間に陰ってしまった。
どうするべきか、どうしたいのか、せっかくはっきりしたと言うのに、俺は行動に移せないでいる。
あの時は、衝動にも似た何かに急き立てられ、決意してこの心を伝えようとした。
ところが途中で、邪魔というか、妨害というか、…そういった類のものが入り、結局伝えるには至らなかった。
あれから、すでに数日経ったといのに、未だ伝えられていない。
行動したその先を、どうしてもあれこれと想像してしまうのだ。
それも、よくない方向にばかり。
タツミが声をかけてきたのは、再びため息を吐いてしまった時だった。
「ブレンダン。浮かない顔して、どうしたんだ?」
「ああ、タツミ。ちょうどよかった。悪いんだが手伝ってくれないか。」
明らかに声のトーンが低くなってしまった俺に、タツミは訝しげな顔をする。
目線を合わせずに、それについては聞いてくれるなと態度で示した。
察してくれたんだろう、タツミは肩をすくめて俺の申し入れの方について尋ねてきた。
何にだ?と首を傾げるタツミに、持っていた資料を、向きを変えて手渡す。
タツミは受け取り、それに目を落とした。
「んー、どれどれ…。荷電性シユウと極地適応型コンゴウに、スサノオ…。うわ、キツ…。」
任務の内容を確認したタツミは、実に素直な反応を返してくれる。
共感を得られたことに安堵した。
「こんなの防衛班に回すなよ…。さっき討伐班がそこで……ってちょっと待てよ。…いいこと思い付いたぞ。」
ボヤき始めたところで、なぜか急に楽しそうな表情になるタツミ。
イタズラを思い付いた子どものようにニヤニヤと笑い出す。
…なんとなく、嫌な予感がした。
こういう顔をする時、タツミは決まって“おせっかい”というやつを仕掛けてくる。
ここのところ、それが多い。
先程“討伐班”という単語が出ただけに、余計に懸念した。
ついて来いというから大人しく従ったのだが、俺は今後悔している。
もっとも、「やはりか…」という思いの方が強かったが。
「…というわけで、任務に付き合ってくれないか?」
「ええ、いいですよ。」
まるで茶でも飲みに行かないかと誘うかのごとく軽い言い方だったと、俺は思った。
しかし彼女は、そんな頼み方でも嫌な顔一つせず、二つ返事で了承してくれる。
彼女…討伐班第1部隊のリーダー、ナギサだ。
よかったなブレンダン! …なんて、晴れやかな笑顔で言ってくるタツミに、半ば頭を抱える。
タツミは知っているのだ。
俺が、ナギサに想いを寄せていることを。
そもそも、この気持ちに気付かせてくれたのはタツミだった。
だから、これはタツミの純粋な善意であることは、ちゃんとわかっていた。
そして確かに、ナギサの協力が得られるならば、任務は容易に片が付くはずだ。
わかっている。
わかっているんだ。
しかし……。
「よし! ブレンダンのことは任せたぞ、ナギサ!」
…急過ぎる。
せめて一言言っておいてくれてもいいんじゃないか、タツミ。
「え? タツミさんは?」
「俺? 俺はこの後ヒバリちゃんとデートの予定があるからな。」
「…未定でしょ。そんな予定入るわけないじゃないですか。」
「なんだよ! まだわかんないだろ!」
「わかります。」
「とにかく! この任務は2人に任せる!」
じゃ! …と、無駄に元気にそう言い残し、タツミはこの場を去って行った。
気を利かせたつもりでいるに違いない。
置いていかれた俺とナギサは、ぽかんという効果音がしっくりくるような表情のまま立ち尽くす。
しばらく呆けた後、ナギサは俺の方に向き直った。
「…えーっと、行こうか。」
「あ、ああ。」
神機保管庫までの、僅かな道のり。
ナギサの歩幅に合わせ、並んで歩く。
「…すまなかった。」
他愛のない会話をしていたが、不意に途切れ、俺はそう切り出した。
ナギサは俺を見上げ、首を傾げる。
「任務に、付き合わせてしまって。」
告げれば、ナギサは微笑んだ。
「ううん。そんなこと気にしないでよ。」
その笑みは、とても優しい。
彼女はきっと、迷惑だなんて微塵も思っていないんだろう。
だからこそ、余計に心苦しかった。
討伐班がどの神機使いよりも働いていることは、ここにいる誰もが知っている。
少し空気が重くなったように感じた。
それは明らかに俺のせいだ。
しかし、それをどうすれば脱却できるかなど、俺にはわかりようもなかった。
ナギサは中空に視線を彷徨わせる。
そして、何を思ったか、急に言い出した。
「タツミさん、ヒバリちゃんをデートに誘い出せたかな。」
俺は2,3度瞬きし、ナギサの方に顔を向けた。
「さっきはタツミさんに、そんな予定入るわけないとか言ったけど、ヒバリちゃん、満更でもないと思うんだよね。」
満更でもない…のだろうか。
毎度、かなり冷たくあしらわれている気がするのだが。
「ヒバリちゃんの好みのタイプ知ってる? “情熱的な人”だって。」
タツミさんのこと言ってるみたい、と彼女は楽しそうに笑った。
──好みのタイプ。
タツミとヒバリの関係の進展がどうこうということよりも、それが、その言葉が、俺の頭の中を占める。
ナギサの方に視線を向ければ、彼女は前を見詰めていて、俺は何を焦ったのか、急いて視線を前に戻した。
言い出せず、押し黙る。
しかしこれは、絶好の機会だと、自分自身で感じていた。
散々迷ったが、神機保管庫の手前まで来たところで、俺はついに口を開く。
「…ナギサには、いるのか。」
「ん?」
「好きなタイプは。」
「私は……。」
彼女が俺の方に顔を向けた。
そして、ふわりと微笑う。
「強い人がいいな。」
◆ ◆ ◆
冷たい刃のごとき風をその身に纏わせ、こちらに向かってくるのは、コンゴウの堕天種。
まさに突風のようなそれを避けると、待ち構えていたかのように別の方向から雷が空を駆け、迫ってくる。
息吐く間も与えられない攻撃の連続に、俺は回避するのがやっとだった。
本当にキツいな…と、そう思う。
しかしそれは、あくまで俺の話だ。
ナギサはこの程度の仕事、何度もこなしてきただろう。
時には、たった一人で。
2体の攻撃を華麗なまでに軽々とかわし、距離を詰めたナギサはアラガミに斬りかかる。
無機質な青い翼は無残に砕け散り、シユウ堕天は呻き声を上げ、その場にうずくまった。
それを好機と見た彼女は容赦なく追い討ちをかける。
邪魔するように仕掛けてきたコンゴウ堕天の攻撃から逃れるため一度距離を取り、ナギサは神機を銃形態に切り替えた。
バレットを撃ち放ち、コンゴウ堕天が怯んだ隙を逃さず、剣形態に戻した神機でそいつを薙ぎ払う。
俺の方は、シユウ堕天が起き上がるその前に、目一杯振りかぶったバスターブレードを、その頭に叩き込んだ。
崩れ落ちた2体のアラガミが力尽きたことを確認し、それぞれのコアを回収する。
残るは第一種接触禁忌アラガミ…スサノオだ。
「大丈夫?」
聞こえてきたそんな声に、はっとした。
ぼーっとしていたのだと、やっと気付く。
顔を上げれば、ナギサが心配そうな面持ちで、俺を見詰めていた。
「ああ、すまない。大丈夫だ。」
「…暗い、顔してる。…私だけじゃ不安?」
「い、いや、そんなことは断じてない。…情けない話だが、頼りにしてる。」
「…そう。」
気遣うような視線をくれてから、彼女は俺の前を歩き出す。
一体どう思っただろう。
まるで頼りにならない、俺のことを。
見詰めた背中は、俺よりもずっと小さい。
にも関わらず、彼女は俺よりもずっと重いものを背負っているのだろう。
誰よりも前で、誰よりも多くを守り、傷付いて。
俺では、その荷のほんの少しすら、分け取ってやれない。
それなのに、彼女を守りたいなどと、思い上がりもいいところだ。
“強い人”と聞いて、真っ先に思い付いたのは、ナギサだった。
そして次に思い当たったのは、いつも彼女の横で、彼女を支える、ソーマだった。
まるで強固な囲いに覆われているように感じる。
近付きたくても、近付けない。
俺では到底、その囲いを突き崩すことなどできないからだ。
できる者がいるとしたら、やはりそれは、彼女の隣に立つことを認められるくらいに“強い者”でなくてはならないんだろう。
俺ではなく、ソーマのように。
◆ ◆ ◆
アナグラに帰投した俺たちは、神機保管庫を訪れていた。
神機を返すためだ。
任務は無事終了した。
ほとんど、ナギサの力によって。
元の場所に戻した己の神機を、ぼーっと眺めた。
「…ブレンダンは、“強い”って、どういうことだと思う?」
不意にかかったそんな言葉に、俺はぎくりとする。
拳を握り締めた。
“強い”とは、どういうことか。
俺はそれと向き合うことを恐れている。
突き付けられる事実が、俺を絶望させることを。
ナギサがこちらに顔を向けたのが、気配でわかった。
「…神機使いとしてどれだけ実力があっても、私は、それが何よりも良いことだとは思えない。それだけが、“強い”ってことにはならないと思うの。」
真摯な声音。
顔を向けると、彼女は声と同じように真摯な瞳で、俺を見据えていた。
…ナギサは、気付いていたんだ。
俺が、不安や、自責や、劣等感、…そういった暗い感情を抱えていることに。
それが何によるものなのかまではわからずとも、きっと。
彼女は微笑った。ふわりと。
任務の前に見せた、あの笑みと同じ。
…期待しても、いいんだろうか。
「…ねぇ。ブレンダンはあの時、何を言おうとしたの?」
俺も、お前の隣に立つことができるのだと。
「ナギサ、俺は──」
ガツンッと後頭部に衝撃が奔る。
次いで、聞こえてきた。
あの、低い声が。
「悪い。手が滑った。」
「ぐっ……。」
遅れて痛みがやってきて、後頭部を押さえる。
思わず呻いてしまった。
声の方に目を向けると、ソーマが涼しい顔でこちらを見下ろしている。
俺の頭にぶつかったのは、どうやら彼が今肩に担ぎあげている神機…イーブルワンらしい。
「ブ、ブレンダン、大丈夫っ? ソーマ、何やってんの!」
「手が滑ったんだ。」
「そんなわけないでしょ!」
ナギサに睨まれ、ソーマはさっと顔を背けた。
まるで親に叱られて拗ねる子どものように、つーんとそっぽを向く。
意外と子どもっぽいところがあるんだな、ソーマにも。
…なんて、頭をさすりながら考えた。
それにしても、一体いつの間にやってきたんだ。
気付かないとは、俺は本当に、まだまだ未熟者だ。
ふっと一つ笑った。
「…ナギサ、自分で言いかけておいてなんだが、あの時の話は、聞かなかったことにしてくれないか。」
「え?」
「時期が来たら、話す。」
ナギサはきょとんとした目で俺を見ていたが、やがて笑みを見せ、わかったと返してくれた。
しばらくこちらの様子をうかがっていたソーマは、くるりと背を向け、神機を抱えてここから離れて行った。
…ナギサの注意を聞き流しながら。
まったくソーマという存在は、つくづく俺の障害になってくれる。
ナギサ。
いつか、お前を傍で支えてやれるくらいに、“強く”なりたい。
…いや、必ずなってみせる。
だから、待っていてくれ。
お前の隣に立てる、その時が来るまで。
〜Fin.〜
あとがき
ブレンダンがソーマを超えられる日はくるのか!?ちなみに、ヒバリちゃんの好みのタイプは勝手に決めてしまったものなので、信用なさらないでください…。
こちらのお話は、目安箱よりいただいたリクエストに沿って書かせていただきました。
「ブレンダンで、最後の方にソーマが邪魔に入る。宣戦布告の続きのような感じで。」
…ということでした。
大変遅くなってしまって、すみませんでしたっ。
ものすごく悩んだ結果こういう感じになりました。
期待されていたものと、かけ離れてしまっていたらすみません…!
リクエスト、とても嬉しかったです。
ありがとうございました!
2011/8/21