雨の唄
お題 Mission -GEB-
真っ暗だ。
何も無い、どことも知れぬ暗闇の中。
俺はただ突っ立っている。
…いや、本当に立っているのだろうか。
座っているのかもしれないし、寝ているのかもしれない。
曖昧で、はっきりしない。
そんな感じだった。
ここはどこだとか、なぜこんなところにとか、そういった疑問はこの時全く浮かばなかった。
どうでもいいと、そう思えるくらい頭がぼーっとしていたんだと思う。
だから。
急に眩しいくらいの光が下りてきて、その中から現れた人物を見ても、そう驚かなかった。
もっとも、“人”物と言っていいのかどうか、わからないようなやつだったが。
「ミナト。」
名前を呼ばれる。
俺の名前だ。
高い、幼さが残るような声で。
真っ黒なこの場所においてなお、真っ白な彼女が。
あまりにも異質で、思わず笑った。
不意に思い出す。
くだらない、あるおとぎ話を。
「よお、シオ。」
ふわり舞い下りた真っ白なそいつは、ひらり踊るように俺の近くまでやってくる。
なぜかとても楽しそうに…いや、嬉しそうに笑って。
「ひさしぶりだな、ミナト!」
「わざわざ月から来たのか、こんなところに。」
歓迎した風な言い方ではないと自覚していた。
俺は喜べなかった。
知っているからだ。
この先を。
「カグヤヒメだぞ!」
「…よく知ってんじゃん、そんなおとぎ話。」
「おーっ! エライか?」
「んー、まあまあだな。」
「まーまーかぁ。」
シオは笑顔のまま、少しだけ肩を落とす。
「えらい」と一言言ってやれば、きっとすごく喜んだのだろう。
コウタもアリサもサクヤさんも、もしかしたらソーマも。
ここにいたら、俺の代わりに「えらい」と褒めてやったかもしれない。
でも俺は褒めてやらない。絶対に。
「…知ってんのか。かぐや姫は月から来るけど、結局月に帰るんだぞ。」
「しってる。」
思っていたよりもずっとそっけなく、依然として明るい口調で返ってきた。
「だからもうもどる。」
笑顔だ。
どこまでも笑顔。
いつまでも笑顔。
「さよならだな。」
──さよなら、か。
随分と重たいセリフを軽く吐いてくれるものだ。
別れの歌なんて聴いて、わけもわからず泣いたくせに。
どうして本当の別れの時には笑いやがるんだ。
「…もう戻んのか。ソーマに会って行けよ。あいつ寂しがってるから。」
お前がいなくなってから、こっちはずいぶん平穏になった。
ソーマは大分丸くなったし、アラガミの量も落ち着いてきた。
「そーかぁ。そーまはしおがいなくてさびしいかぁ。」
お前がいなくなってから、サカキ博士の研究室を訪れる頻度が減った。
もともと訪れたいと思えるような場所じゃなかったんだから、用もなく行くわけない。
「ミナトは?」
「…あ?」
「しおがいなくて、さびしかったか?」
「俺は……。」
お前がいなくなってから、月を見上げることが多くなった。
思い出すからだ。
真っ白なかぐや姫を。
俺は──……
「……ねえ! ねえってば!」
闇の中から一瞬で弾き出された。
寝起きの耳に痛い、やかましい声に顔を上げると、リッカがこっちを見下ろしている。
「こんなところで寝ちゃダメだよ!」
「あ? …ああ、悪ぃ…。」
そう言って視線を落とし、立ち上がる。
しかしすぐにリッカに視線を戻した。
「…お前、なんて格好してんだよ。」
「え? あ、ああっ! 忘れてたっ!」
顔を真っ赤にして慌てふためくリッカ。
見なかったことにして! …なんて無茶なことを言ってくる。
ついさっきあんな夢を見てしまったこともあり、そう簡単に頭から離れてくれそうにない。
リッカが着ていたのは、ドレスだった。
緑がアクセントの、白を基調としたドレス。
シオのために作られたものと同じ。
「それ、作ったのか?」
「……あ、うん、そう。」
もうあのドレスは存在しない。
そもそもアラガミの素材から作られたものなのだから人が着れるような代物じゃない。
だからリッカの着ているそれは当然、人間用に新しく作り直されたものであるはずだ。
「ほ、ほら、あれ。結局着てくれた人を見ることはできなかったけど、我ながら結構上手くできたと思うんだよね。」
こういう格好ってさ、やっぱり女の子にとっては憧れじゃん? …と、リッカは赤い顔をしたまま言う。
そういうものなのか。
男の俺にはよくわからない。
リッカが俺に視線を寄越した。
「に、似合う?」
「似合わねぇ。」
「即答っ? ひどいっ!」
特に何も考えずに言ってしまったが、リッカがあからさまにしゅんとしてしまい、少し焦る。
「んなマジに落ち込むなよ。」
「…どうせ私にはこんな女の子らしい格好似合わないよ。作業着で十分だよ。」
頭をかいた。
こういう時、思う。
女ってめんどくせぇ。
「…言うほど悪くねぇよ。」
「…本当に?」
「ああ。あいつには負けるけど。」
拗ねて恨めしげな瞳を向けていたリッカだったが、俺の言葉にさっと表情が戻った。
「あいつって、これ着てくれた人?」
「そ。」
短くそれだけ答えると、リッカも「ふーん」と短くそれだけ返した。
“あいつ”がどんな奴で、どういう存在だったのかなんて、リッカにはわかりようもないだろう。
「…じゃあな。俺仕事あるから。」
神機を手に取り、リッカに背を向ける。
まったく、よくもまあ神機保管庫なんかで寝てしまったものだ。
幸い10分も眠っていなかったが、それにしたっていかれてる。
そんなに疲れていたのだろうか。
保管庫のゲート手前で、思い出したように一度立ち止まった。
「……いつまでもそんな格好してると、風邪ひくぞ。」
一言そう残してから、ひらひらと手を振って、その場を後にする。
「こんなところで寝てた人がよく言うよ…。」
背中越しに小さく聞こえたそんな声は、ため息混じり。
呆れにも似ていたが、それとは少し違った。
◆ ◆ ◆
任務のため赴いた先はエイジス島だった。
かつて、人類の存続を担い、そして、地球を滅亡へ導いた地。
下り立ち、神機を構えた。
アラガミが現れる。
荘厳なまでの風格を纏わせ、見せつけるようにゆっくりと、ここへ下りてくる。
アルダノーヴァだ。
こいつを見て、任務のタイトルをふと思い出した。
わらう。
よく言ったものだ、と。
「…なーにが、月の使者だよ。」
月明かりの下、俺が刃を向けるのは──
残念だったな。
かぐや姫はもういない。
何も無い、どことも知れぬ暗闇の中。
俺はただ突っ立っている。
…いや、本当に立っているのだろうか。
座っているのかもしれないし、寝ているのかもしれない。
曖昧で、はっきりしない。
そんな感じだった。
ここはどこだとか、なぜこんなところにとか、そういった疑問はこの時全く浮かばなかった。
どうでもいいと、そう思えるくらい頭がぼーっとしていたんだと思う。
だから。
急に眩しいくらいの光が下りてきて、その中から現れた人物を見ても、そう驚かなかった。
もっとも、“人”物と言っていいのかどうか、わからないようなやつだったが。
「ミナト。」
名前を呼ばれる。
俺の名前だ。
高い、幼さが残るような声で。
真っ黒なこの場所においてなお、真っ白な彼女が。
あまりにも異質で、思わず笑った。
不意に思い出す。
くだらない、あるおとぎ話を。
「よお、シオ。」
ふわり舞い下りた真っ白なそいつは、ひらり踊るように俺の近くまでやってくる。
なぜかとても楽しそうに…いや、嬉しそうに笑って。
「ひさしぶりだな、ミナト!」
「わざわざ月から来たのか、こんなところに。」
歓迎した風な言い方ではないと自覚していた。
俺は喜べなかった。
知っているからだ。
この先を。
「カグヤヒメだぞ!」
「…よく知ってんじゃん、そんなおとぎ話。」
「おーっ! エライか?」
「んー、まあまあだな。」
「まーまーかぁ。」
シオは笑顔のまま、少しだけ肩を落とす。
「えらい」と一言言ってやれば、きっとすごく喜んだのだろう。
コウタもアリサもサクヤさんも、もしかしたらソーマも。
ここにいたら、俺の代わりに「えらい」と褒めてやったかもしれない。
でも俺は褒めてやらない。絶対に。
「…知ってんのか。かぐや姫は月から来るけど、結局月に帰るんだぞ。」
「しってる。」
思っていたよりもずっとそっけなく、依然として明るい口調で返ってきた。
「だからもうもどる。」
笑顔だ。
どこまでも笑顔。
いつまでも笑顔。
「さよならだな。」
──さよなら、か。
随分と重たいセリフを軽く吐いてくれるものだ。
別れの歌なんて聴いて、わけもわからず泣いたくせに。
どうして本当の別れの時には笑いやがるんだ。
「…もう戻んのか。ソーマに会って行けよ。あいつ寂しがってるから。」
お前がいなくなってから、こっちはずいぶん平穏になった。
ソーマは大分丸くなったし、アラガミの量も落ち着いてきた。
「そーかぁ。そーまはしおがいなくてさびしいかぁ。」
お前がいなくなってから、サカキ博士の研究室を訪れる頻度が減った。
もともと訪れたいと思えるような場所じゃなかったんだから、用もなく行くわけない。
「ミナトは?」
「…あ?」
「しおがいなくて、さびしかったか?」
「俺は……。」
お前がいなくなってから、月を見上げることが多くなった。
思い出すからだ。
真っ白なかぐや姫を。
俺は──……
「……ねえ! ねえってば!」
闇の中から一瞬で弾き出された。
寝起きの耳に痛い、やかましい声に顔を上げると、リッカがこっちを見下ろしている。
「こんなところで寝ちゃダメだよ!」
「あ? …ああ、悪ぃ…。」
そう言って視線を落とし、立ち上がる。
しかしすぐにリッカに視線を戻した。
「…お前、なんて格好してんだよ。」
「え? あ、ああっ! 忘れてたっ!」
顔を真っ赤にして慌てふためくリッカ。
見なかったことにして! …なんて無茶なことを言ってくる。
ついさっきあんな夢を見てしまったこともあり、そう簡単に頭から離れてくれそうにない。
リッカが着ていたのは、ドレスだった。
緑がアクセントの、白を基調としたドレス。
シオのために作られたものと同じ。
「それ、作ったのか?」
「……あ、うん、そう。」
もうあのドレスは存在しない。
そもそもアラガミの素材から作られたものなのだから人が着れるような代物じゃない。
だからリッカの着ているそれは当然、人間用に新しく作り直されたものであるはずだ。
「ほ、ほら、あれ。結局着てくれた人を見ることはできなかったけど、我ながら結構上手くできたと思うんだよね。」
こういう格好ってさ、やっぱり女の子にとっては憧れじゃん? …と、リッカは赤い顔をしたまま言う。
そういうものなのか。
男の俺にはよくわからない。
リッカが俺に視線を寄越した。
「に、似合う?」
「似合わねぇ。」
「即答っ? ひどいっ!」
特に何も考えずに言ってしまったが、リッカがあからさまにしゅんとしてしまい、少し焦る。
「んなマジに落ち込むなよ。」
「…どうせ私にはこんな女の子らしい格好似合わないよ。作業着で十分だよ。」
頭をかいた。
こういう時、思う。
女ってめんどくせぇ。
「…言うほど悪くねぇよ。」
「…本当に?」
「ああ。あいつには負けるけど。」
拗ねて恨めしげな瞳を向けていたリッカだったが、俺の言葉にさっと表情が戻った。
「あいつって、これ着てくれた人?」
「そ。」
短くそれだけ答えると、リッカも「ふーん」と短くそれだけ返した。
“あいつ”がどんな奴で、どういう存在だったのかなんて、リッカにはわかりようもないだろう。
「…じゃあな。俺仕事あるから。」
神機を手に取り、リッカに背を向ける。
まったく、よくもまあ神機保管庫なんかで寝てしまったものだ。
幸い10分も眠っていなかったが、それにしたっていかれてる。
そんなに疲れていたのだろうか。
保管庫のゲート手前で、思い出したように一度立ち止まった。
「……いつまでもそんな格好してると、風邪ひくぞ。」
一言そう残してから、ひらひらと手を振って、その場を後にする。
「こんなところで寝てた人がよく言うよ…。」
背中越しに小さく聞こえたそんな声は、ため息混じり。
呆れにも似ていたが、それとは少し違った。
◆ ◆ ◆
任務のため赴いた先はエイジス島だった。
かつて、人類の存続を担い、そして、地球を滅亡へ導いた地。
下り立ち、神機を構えた。
アラガミが現れる。
荘厳なまでの風格を纏わせ、見せつけるようにゆっくりと、ここへ下りてくる。
アルダノーヴァだ。
こいつを見て、任務のタイトルをふと思い出した。
わらう。
よく言ったものだ、と。
「…なーにが、月の使者だよ。」
月明かりの下、俺が刃を向けるのは──
ルナ・アンバサダー
「……失せろ。」残念だったな。
かぐや姫はもういない。
〜End.〜
あとがき
初シオです。目安箱よりリクエストをいただきました。
「シオで夢落ち。最後は誰かが起こす。シオの服を着ている。」
…とのことでしたが、こんな感じでどうでしょうか…?
自分では思い付かないようなお話だったので、書いていてとても面白かったです。
でもややリッカ寄り…? しかも若干暗い…?
期待に添えられていなかったらすみませんっ…。
雪風さま、リクエストありがとうございました!
2011/8/11