雨の唄
お題 Mission -GEB-
ダブル・デート
「…ねぇ。すっごい見づらいんだけど。」なんで割れてんの? …と、ナギサは不満げにソーマに言った。
「…嫌なら使うな。」
ソーマもまた、不満げにそう返した。
ここはソーマの部屋。
ナギサは、砕け散った窓ガラス(を模したモニター)を避け、放置されている無数の空き缶を無視し、ついでにソーマもそっちのけで、ターミナルをいじっていた。
「このファイルって、何入ってるの?」
「…お前には関係ない。」
「なんでロックかかってるの?」
「…さあな。」
「AV?」
「…勝手に言ってろ。」
ソーマは不機嫌だった。
なぜなら、さっきからナギサがずっとこの調子だからだ。
ナギサが部屋にやってきたのは、今から30分ほど前のこと。
今日は休日だった。
ソーマもナギサも、任務の予定はない。
だから、彼女がいきなり部屋を訪ねてきたときは、驚いたが正直嬉しく思ったりもした。
ところが、彼女は話もそこそこに、ターミナルを使いたいと言い出した。
別段断る理由もなかったので承諾したソーマだったが、今彼はその判断を後悔している。
それからずっと、彼女はターミナルに張り付いて離れない。
調べものでもしているのか、とにかくずっとソーマをほったらかして、ヒビの入ったターミナルの画面を見詰め続けている。
調べものなら自分の部屋でやればいいだろう。
何のために俺の部屋に来たんだ。
…と、ソーマは苛立っていたのだった。
ソファに腰掛けるソーマは、眉間にシワを寄せて、つまらなそうにコーラを飲み下す。
そんな彼の様子に気づいているのかいないのか、ナギサは楽しそうだった。
「…よし、決めた。」
何かを決定したらしい彼女は、やっと作業を終了させる。
一体何を決めたのだろうか。
とりあえず彼女がターミナルから離れてほっとした。
ソーマは残りのコーラを口に運ぶ。
ナギサがこちらを振り返った。
にっこり笑って、彼女はソーマの隣に腰を下ろす。
「ねぇ。」
彼女が口を開いた。
「デートに行かない?」
「ぐごっ…!!」
全く予想していなかった言葉に、思わずむせる。
危うくコーラを吹き出すところだった。
…とりあえず出さなかったことに安堵する。
「ぐごって…。あの、大丈夫?」
何やってんの…と、ナギサは怪訝な顔をした。
「ああ…。…何だって?」
「うん。『ダブル・デート』に行こう。」
「はあっ?!」
なぜ“ダブル”だ。
ソーマはデートに行く行かない云々よりも、そっちが気になってしまった。
「いきなり何だ。そもそも誰とだ。」
「え? うーん、じゃあコウタとアリサとか?」
自分で言い出しておいて「じゃあ」とは、相変わらずよくわからない奴だ。
というか、あのやかましい2人と一緒に行くのはごめんだ。
そもそもあいつらは、いつからそういう関係になっていたんだ。
大体2組で行く意味がわからない。
と、ソーマはいろいろ一気に考えた。
「…断る。」
「えー、なんで? 3人だけじゃ寂しいよ。」
(俺が断ると言っているのに、なぜこいつは3人で行くつもりなんだ…。)
もはやわけがわからなかった。
「ソーマがいた方が早く終わるし。」
「……は?」
──早く終わる?
何かおかしい。
そこでソーマはやっと気付く。
「お前…、『ダブル・デート』って…。」
「プリティヴィ・マータと、サリエル堕天。」
さらっとそう言ったナギサ。
ソーマは盛大にため息を吐いた。
ミッションのタイトルに憎しみを抱いたのは初めてだ。
「そんなため息吐かないでよ。ソーマの苦手なサリエルは、私がやるから。」
ソーマはプリティヴィ・マータねと、彼女は笑った。
ため息の理由を完全に読み違えている。
「…断る。」
「そう? じゃあ私がプリティヴィ・マータね。」
「そっちじゃねえ。なんで休みの日に任務に行かなきゃなんねぇんだ。」
「やなの?」
「当たり前だろ。」
「そっか…。」
完全に拒否してやると、ナギサはちょっぴり落ち込んだ(気がする)表情になる。
それを見て、ソーマはなぜか自分が全面的に悪いような気がしてきた。
別に任務に行くこと自体は構わない。
部屋で1人ぼーっとしているよりは、ずっと有効な時間の使い方だろう。
だが、せっかくの休日なのだ。
フェンリル極東支部の主戦力であるこの2人が揃って暇になることなど滅多にない。
“休みの日にしかできないこと”をしたいと思うのは当然ではないのか。
…念のため言っておくが、決して下心的な意味ではない。
などと、心の中だけでぶつぶつと呟くソーマ。
今度は自分の方が取り残されてしまい、ナギサは勝手にソーマのコーラを煽った。
「やっぱり行こうよ。」
つまらなそうにそう言って、ナギサはソーマの思案を中断させる。
そんな彼女の様子を見て、ソーマは決めた。
“デート”に行くことに。
「…ダブル・デートに行く必要はねぇだろ。」
「じゃあ、どうするの?」
「…ダブルじゃないなら、デートに付き合ってやる。」
ダブルじゃないデート。
それはつまり“普通のデート”ということ。
ソーマが暗に示したのは、そういうことだった。
ナギサがソーマの方を見やる。
「ソーマ、それって…。」
「…………。」
「サリエルとマータどっち?」
「…そういう意味じゃねえ…。」
ソーマは頭を抱えた。
ナギサの方は頭上に疑問符を浮かべる。
「俺が言いたいのは……」
──2人で出かけようってことだ。
…と、思いはするものの、恥ずかしくて口に出せない。
黙ってしまったソーマに、ナギサは首を傾げた。
「言いたいのは?」
促され、言おうと試みるも、どうしても言葉が出てくれない。
代わりにため息が出てしまった。
「…とりあえず任務から離れろ。」
「だってデートに付き合ってくれるって言ったじゃない。」
なぜナギサの中ではデート=任務なのだ。
そっちの方が疑問で仕方ない。
そういえばリンドウも似たようなことを言っていた。
第一部隊隊長という立場のせいなのだろうか。
“任務”の2文字が、常に彼女の思考の大部分を占めている気がする。
神機使いの鑑と誇れることかもしれないが、ソーマとしてはかなり気に食わない事実だ。
「お前は任務のことしか頭にないのか。」
イライラした口調で言えば、彼女はソーマから顔を背けた。
「…だって。他にどうすればいいかわからない。」
「どういう意味だ」
ナギサが何を言いたいのかがわからなかった。
言葉を待ち、黙って見詰める。
しかし彼女は居心地悪そうにあちらこちらへと視線を逃がすばかりだった。
説明しないばかりか、自分の方を見ようとしないナギサに、さらにイライラする。
ナギサの顎を掴んで、強引に顔をこちらに向けさせた。
「ちょっ…。」
「目を見て話せ。」
青い双眸がナギサを射抜くように見据える。
ソーマの瞳に映った彼女は、頬を染め、耐え切れずに目を伏せた。
するとソーマの手の力が強まり、こっちを見ろと口には出さず伝えられる。
ナギサはしぶしぶといった様子で彼と目を合わせた。
顔を赤くして困惑気味に見てくるナギサに、少なからず男として意識されていることがわかり、満足感を得る。
しかしだからと言って許してやる気はない。
何も言わずじっと見詰める。
説明しろと暗に伝えているのだと、当然ナギサにもわかっていた。
しばらくして、彼女は観念したらしい。
悟ったソーマは手を離した。
「だ、だからっ…。」
「なんだ。」
「その…。ソーマと一緒に過ごしたいけど、何をすればいいのかわからないし、部屋は静かだし…。き、緊張するの!」
勢いに任せてそう言い切ると、もうやだ…と彼女はこれでもかというほど顔を真っ赤にした。
ナギサが、ターミナルをいじっていたのも、任務に行きたがったのも、“2人きり”という緊張感を感じずに、ソーマと2人で過ごしたかったからだったのだ。
まさかナギサがそんなことを考えていたなどとは思わなかった。
予想外の告白に、ソーマまで顔が赤くなる。
部屋に静寂が訪れる。
どちらも赤い顔のまま口を閉ざしてしまった。
今さらながら、どうにも意識してしまう。
…気まずい。
この空気のままでは、耐え切れずナギサが1人でも任務に行ってしまいそうだった。
それだけは避けなければとソーマが口を開く。
「…部屋が嫌なら、どこか出かけるか?」
言っとくが任務じゃねぇぞと付け加えておく。
ナギサは「わかってるよ」と半ば拗ねたように言い、ちらりとソーマを見やってから、「どこに?」と小さく尋ねてきた。
どこに。
聞かれて返答に困る。
一般的な“デート”というものでは、一体どこで何をするのかなど、ソーマには全く知識がなかった。
しかし自分から言い出した手前、答えないわけにはいかない。
どこか、何か、と懸命に考えを巡らせ、一つ思い出す。
オペレーターにご執心の、防衛班班長のセリフを。
「…茶でも飲みに行くとか。」
レストランってどこにあるんだ。
…と、言った直後に思った。
食事を食べるような公共の場所には、配給をもらう食堂くらいしか出入りしたことがない。
「…うん。行く。」
しかし、ナギサが承諾し、もう後には引けなかった。
どうしたものかと悩んだが、まあ別にいいかと考えるのをやめる。
適当に歩きながら決めようなんて、なんともいいかげんな計画を立てた。
別に、どこに行こうと何をしようと、構いやしないのだ。
目的は、2人で過ごすことなのだから。
〜Fin.〜
あとがき
ただソーマの部屋が書きたかっただけだったり…。初々しいというか、もはや鬱陶しいな!
すみません、くどくどしていて…。
2011/8/8