雨の唄

短編 GOD EATER / GOD EATER BURST

お願い 〜イタダキマス〜

突然サカキ博士に呼ばれ、研究室を訪ねると、部屋には不機嫌そうに腕組みしているソーマがいた。

もちろんそばには、いつも通りにこにこしているサカキ博士と、床にペタンと座り込んでいるシオもいる。


予想はしていたけど、サカキ博士が私(とソーマ)を呼びだした理由は、シオに関するものだった。


「シオをデートに連れて行ってあげてほしいんだ。」


「…断る。」

「はあ、わかりました。」


ソーマの言葉を無視し、サカキ博士の突然のお願いに二つ返事で了承する。


今日は大した任務も入ってないし、一つくらい増えたところでさして変わりない。

ソーマとシオも一緒となれば、楽に済むことだろう。


…それに、どうせ選択肢は一つしかない。


しかし、当然のごとくソーマがこちらを睨んだ。


「…安請け合いするな。」

「いやなの?」

「…当たり前だ。」

「お願い…って言ったら?」

「………。」

ソーマは黙る。


本当はそんなに嫌でもないくせに。

とりあえず何でも断っとけ!…という反抗期的精神のソーマに、私は小さくため息を吐いた。


「…わかった。じゃあ、私がソーマのお願い何でも一つ聞くよ。」

「…は?」

「私がソーマにお願いしてるわけだから、ソーマが聞いてくれるなら、私もソーマのお願いを一つ聞く。…どう?」


仕方なく、交換条件というものを持ちかけてみた。


…正直なところ、私自身にはそうまでしてソーマについてきてもらいたい理由はない。

内容は聞いてないが、おそらく私とシオだけでも十分やれるだろう。

それに、お願いしているのは私ではなくサカキ博士だ。


…でも、たぶんサカキ博士は、ソーマに一緒に行ってもらいたいんだろう。

シオもきっと、ソーマが一緒の方が純粋に嬉しいだろう。

おまけなのは実は私の方で、ソーマがいなければ、この“デート”に意味はないのだ。

サカキ博士は、ソーマとシオを何とかして“関わらせたがっている”ようだから。


なぜ私がこんなお膳立てを…と、内心文句タラタラだった。

でもまあシオのためだ。仕方ない。


「…何でも、か?」

「うん。私に可能なことならね。」

一応常識の範囲内で…と、付け加えておく。


「…いいだろう。」

非常識なベテラン神機使いはやっと承諾した。



「じゃあ2人とも、よろしく頼むよ。」

「たのむよー。」


「はい。」

「フン…。」



ソーマとシオを先に移動用ヘリのところへ向かわせ、私は任務の受注手続きのため研究室に残っていた。


「…リンドウくんもそうだったが、君もなかなか人を動かすのが上手いね。」

「ソーマのことですか?」

「ああ。…まあソーマの場合、君が本気で“お願い”したら断れないだろうけどね。」

「リーダーですからね。それに、なんだかんだでソーマは優しいですから。」


『第1部隊隊長』という肩書は便利なもので、隊長権限とやらを使えば、一応部下にあたるソーマも従わざるを得ない。

…もっとも、軍規違反ばかりのソーマがきちんと私の命令に従うのは、本気で嫌がってるわけではないからなんだと思う。


「…そういう意味で言ったわけじゃなかったんだが…。ソーマも苦労するな。」

そう言ってサカキ博士は苦笑する。


…?

なぜソーマ?

苦労しているのは私の方だと思う。


サカキ博士の意図を汲んで、ソーマとシオに気を遣って、でもアラガミとはきちんと戦わなければならない。

その上、私にとって何のメリットもないこの任務の後には、私はソーマのお願いに付き合わなければならない。


苦労というよりも、損をしている気がする。


「…どうしても、世話を焼きたくなってしまうね。」

何の?…と尋ねる前に、サカキ博士が言葉を続ける。

「そうそう。問題ないとは思うけど、一応任務の内容を確認しておいたらどうかな?」


サカキ博士は、複数あるパソコンモニターの一つを私の方へ向けた。


「………。」

「まあ、“君なら”上手くやれるだろう。」


にっこり笑ったサカキ博士を一瞥し、私もソーマとシオの後を追った。




◆ ◆ ◆




「ねぇソーマ。さっきのお願いの話なんだけど。」


任地へ向かうヘリの中。

もうすぐ到着という頃、私は切り出した。


「…なんだ?」

ヘリから身を乗り出して「おおー」とか言いながら雲の下を眺めるシオを押さえながら、ソーマが振り返る。


「任務に行くだけ行って、働かないとか、なしね。」

「…そんなことしねぇよ。」


「そう。じゃあ、私以上の働きを見せてくれるってことだよね?」

「…何が言いたい。」


「勝負しない?」

「…勝負、だと?」


「ソーマの勝ち、あるいは引き分けなら、お願いを聞く。」

「ほう…。」


ソーマがにやりと笑う。

この俺に勝てるとでも?…と言わんばかりの表情だ。


弱冠12歳で神機使いとなったソーマ。

小生意気な後輩(兼上司)に負ける気などしないということだろう。


「いい?」

「ああ。」


「男に二言はないよね?」

「ああ。」


乗った。


これでお願いの件はチャラだ。


今度は私が口角を上げて笑う番。

ソーマには見えないように、ね。




◆ ◆ ◆




任地…《鉄塔の森》に到着した。


「勝負だけど、討伐数でいい?」

「…ああ。…標的は何だ?」


「サリエルとサリエル堕天、およびザイゴートの群れ。」

「………。」


ソーマは露骨に表情を硬くした。

私は抑えきれずクククッと笑い声を上げる。


「…おい。聞いてないぞ。」

「聞いてこなかったからね。」


ソーマが私を睨む理由ははっきりしてる。

苦手なのだ。

ソーマは。

サリエルとザイゴートが。


重くて振りの大きいバスターブレードを扱っているソーマ。

ちょろちょろと飛び回るアラガミには、攻撃しづらい。

加えて回避行動にも遅れがちなため、状態異常攻撃を食らいまくる。


以前ある任務で、私とコウタとでコンゴウをやってる間、ソーマはザイゴート1匹とずっと格闘していた…ということがあった。

あの時はまだ新人で、ソーマは『態度が悪いけどすごく強い先輩』という印象だったから、少々呆気にとられたものだ。

誰にでも苦手なものってあるんだな…と実感した。



「男に二言はないよね?」

勝ち誇った笑みを浮かべ、ヘリの中で言った言葉を、もう一度言ってみる。


「…ああ。」

ソーマは苦々しげに頷いた。


「じゃあ、行こうか。」

「……俺が勝つ。」




◆ ◆ ◆




勝負の結果は……、もちろん私の勝ちだった。


私は、たとえ有利な立場でも手を抜かない主義だ。

サリエルそっちのけでザイゴートを潰して討伐数を稼ぎ、戦略的に勝利を収めた。

ちょっとだけソーマが気の毒だけど、もともと今回の任務は私にとってデメリットしかなかったんだから、これくらい許してほしい。


ソーマの方を見やると、あからさまに不機嫌そうな顔をしていた。

負けたことが悔しいのか、お願いが無効になったのが気に入らないのか、あるいはどちらもなのか…。

とにかくとても不満げだ。


一方シオは、ソーマとは対照的に満足そうだった。

デメリットしかないと思っていたけど、シオが嬉しそうならそれもありかなと思う。


この任務に意義はあった。

…そう思えて、だったらソーマのお願い一つくらい安いもんかな、なんて考えてしまった。


「ねぇ、ソーマ。」

「…なんだ。」

「何をお願いするつもりだったの?」

「………。」


実はちょっと気になってた…というのもある。

交換条件を持ちかけた途端、態度を一変させて快諾したソーマ。

何か頼みたいことがあるんだろう。


「もともと勝負の話はなかったし、私以上かどうかは置いとくにしても、ちゃんとやってくれてたし。」


ソーマが苦手だと知っておきながら、サリエル相手だと告げずに勝負を持ちかけたことに、罪悪感がなかったわけじゃない。


「お願い、聞くよ?」


ソーマが私を見詰める。

その表情はやたら真剣で、何を考えているのか読み取れなかった。


「…俺と……。」


そこまで言って、ソーマは言葉を止める。

私は首を傾げた。


彼は再び口を開こうとして、でもすぐにやめる。

ソーマははふぅとため息を吐いた。


「…別にいい。」

「ホントにいいの?」

「…ああ。勝負に乗ったのは俺だ。」

「そう。」


しかし逆に気になってしまう。

俺と、何?


「ソーマ。」

「…なんだ。」

「これが最後だよ。……ホントにいいの?」


そう言い終えるのと同時くらいだった。


ソーマが動く。

私の腕を掴んで強引に引っ張り、そしていきなり……。


「んっ…。」


私の唇に、ソーマのそれを押し付けてきた。


突然すぎて動揺して、よくわからなくて、何も反応できなかった。

目を見開いて、すぐ目の前のソーマを凝視してしまう。


こういうとき、普通は目を閉じるべきなんだろう。

…いや、というかそもそも、なぜこんな状況になっているのだろう。

抵抗するべきなんじゃ…?


そんなことを色々考えているうちに、ソーマが唇を離した。

未だ間近にある彼の瞳が、困惑する私の姿を捉える。


「…俺と……。」


「ソーマもイタダキマス、だな!」


背後から聞こえてきたそんな声に、私とソーマは揃ってビクッと跳ね上がった。

シオが相変わらず可愛い笑顔でこちらを見ている。


あまりに急な展開だったため、シオの存在を半ば忘れていた。


「ナギサはうまいのか?」

「!!!」

「ばッ…!!」


我に返った私たちは、顔を真っ赤にして離れる。


「うまいのか?」

「やめろ、バカ!!」


ソーマが怒鳴ると、シオは不思議そうに小首を傾げた。

そっぽを向いたソーマから、私の方へ視線を移す。


「イタダキマシタ?」

「……え…。」


どっちかって言うと……、いただかれました?


…なんて、いやに冷静に考えていると、帰るぞと一言、低い声が届いた。

声の方に顔を向ければ、さっさと行ってしまうソーマの背中が見える。

追いかけなければとは思ったのに、私はその場を動けなかった。

ソーマの後について行こうとしたシオが立ち止まり、私を振り返って首を傾げる。


「ナギサ? どうした? オナカスイタか?」

「……あ…。ううん、ごめん。今、行く。」


声をかけられ、はっと我に返った。

頭を振って、まとわりつく妙な気持ちを振り払い、シオに並ぶ。


心臓が早鐘を打っていた。

なぜか、落ち着かない。



…ソーマのことを、そういうふうに見たことはなかった。

でも、さっきのあれは、別にいやじゃなかった。

それって…。

それってもしかして……。



──「…俺と……。」


ソーマはその先に、一体何を言うつもりだったの……?
〜Fin?.〜

あとがき

『以前ある任務で〜』の下りは(ゲームでの)実話。
この出来事以来、ソーマは飛び回るアラガミが苦手…という印象が私の中で出来上がってしまった。

シオをどうしても登場させたかった…!
でもセリフが少ない…。

こういうはっきりしない終わり方も個人的には好きなのですが、できれば続編を書きたいなぁなんて…。
2011/01/23(加筆修正:2011/11/21)
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