雨の唄

短編 GOD EATER / GOD EATER BURST

今日はクリスマス。

子供たちはサンタクロースからのプレゼントにはしゃぎ、その親たちはそんな様子を眺めながらそっと微笑む。

そして恋人たちは聖なる夜に愛を深め合い、一人身は寂しさと虚しさを募らせる。

一般的にそんな印象のある日だ。



「クリスマス…か。」

そう呟き、ソーマは一つため息をこぼす。


そのため息の理由は、誰よりも自分が一番よく理解していた。

だからこそ頭を抱える。

どうしたものか、と。

色違いのピアス

目を覚ましてからずっと、ソーマはソファでぼーっと今日のことを考えていた。

今日こそは…、いやしかしどうやって…、そもそもその後どうすれば…?

昨晩から同じようなことばかり、繰り返し心の中でぶつぶつと呟いている。


ソーマは未だかつて経験したことのない壁にぶち当たっていた。

それは、18の健全な男子ならばごく普通に患うであろう、ある種の病。

一言で言うと、“恋”というやつだ。

ソーマは、この歳になって初めて経験する恋というものに頭を悩ませていた。


テーブルの上にちょこんと置かれた小さな包みを見やる。

想いを伝えるきっかけにと、ずいぶん前に手に入れたものだ。

そして訪れたクリスマスという今日。

ナギサにこれを渡して、告白して、できれば恋人同士に。

…なれればいいと思う。


しかしそう上手くいくものか。

ソーマはため息を吐いた。


そんなことをひたすら考えているうちに時は流れて行く。

自分の部屋を出たのは、すでに昼近くになってからだった。


「今日はずいぶん遅いのね、ソーマ。」


エレベーターを待っていると、そんな声が聞こえてきた。

ため息を吐きたい気持ちを抑えて振り返ると、そこには予想通り、サクヤの姿があった。


「なーに、その顔。そんなに都合良くナギサは現れてくれないわよ。」

にやり笑うサクヤ。

今度は抑えることなく、ため息を吐いた。


できれば会いたくなかった。

何でもお見通し…といった感じの彼女。

言った覚えはないのに、ソーマの気持ちを知っている。

そして今のように、会う度からかわれるのだ。


「今日はクリスマスね。」

「………。」


「知ってた、ソーマ? クリスマスには不思議な力があるのよ。」

こちらが無視しているにも関わらず、サクヤは気にせず続ける。


「恋する全ての人に、魔法をかけてくれるの。」

「…くだらない。」


そんなおとぎ話に付き合ってられるほど、今の自分に余裕はない。


ここでやっとエレベーターがやってくる。

ふぅと、安堵のため息を吐いた。

これで無駄なおしゃべりも終わりだ…と。


「ふふっ。後できっと私の言葉を思い出すわ。」

じゃあね…と言い残し、彼女は引き返して行った。


わざわざそれだけ言いに来たのだろうか。


「…チッ。暇人が。」

なぜか無性に腹が立ち、去っていく背中に悪態を吐いた。



目的の階に近付くにつれ、賑わいの音が増していく。

クリスマスといえば、冬の一大イベントだ。

それはもちろん、このフェンリル極東支部でも同様だった。

いつもは辛気臭い雰囲気の漂っているここも、今日だけはとても明るく華やいでいる。


エントランスに降り立ったソーマは、予想以上の騒々しさに思わず顔をしかめた。

第1、第2、第3部隊が(ほどんど)総動員で、今夜のクリスマスパーティの準備に取り掛かっている。

…もちろん、その第1部隊の中にソーマは含まれていないが。


一体どこから、いつの間に運ばれてきたのか、無駄に大きいモミの木が、出撃ゲートを塞ぐように立っていた。


なんと邪魔な。

まだ午前中だというのに、今日は誰も任務に行かないつもりなのか。

…と、ソーマは半ば呆れた。


「お、ソーマ!おはよう!」

こちらに気付いたコウタが元気良く挨拶をする。

ソーマは小さく「ああ」とだけ返した。


やたらキラキラした飾りをたくさん抱えているコウタ。

おそらくこれからツリーに取り付けるのだろう。


「今日はずいぶん遅いじゃん。」

「そうでもない。」

いや十分遅いだろ…というコウタのツッコミを無視して、控えめに辺りをきょろきょろ見回す。


「もしかしてナギサ探してる? ナギサなら食堂の方だよ。」

奥のキッチンの方…と、コウタは付け足した。


「…別に、探してない。」

なんでわかったんだ…と内心舌打ちしつつも、教えてくれたことには感謝する。


「でも行くんだろ?」

「…朝食をとりにな。」

「もう昼だけど。」

「…どっちでもいい。」


やたらツッこんでくるコウタにイライラしながら、とりあえず食堂の方へ足を運んだ。



食堂に着くと、早々に目当ての人物を見付けた。

奥の厨房で、カノンとジーナと一緒に、調理をしているらしい。


「あ、ソーマさん。」


最初にこちらに気付いたのはカノンだった。

おはようございますーと、間延びした挨拶をしてくる。

それに続いて、ジーナもこちらを見やり、一言おはようと言ってきた。

そして、最後はナギサだ。


「おはよう、ソーマ。ごはん?」

朝昼兼用だね、なんて笑顔で言ってくる。


そんな普通の言葉にさえ嬉しさが込み上げる。

よほど自分は重症なのだろう。

ソーマは3人に気付かれないように、またため息を吐いた。


とりあえず何か食べようと適当に配給品をあさる。


「あの、よかったら何か作りましょうか?」

そう言ったのはもちろんナギサではない。


「いや、いい。」

やんわりと断ったつもりだ。

だがカノンは「そうですよね、すみません…」なんてしゅんとする。

そうなると、ナギサはやれやれとでも言いたげに肩をすくめるのだ。


「作ってもらえばいいのに。カノン、料理上手だよ。」

それは気を落としたカノンのための言葉だった。


落ち込みたいのはこっちだ。

大して美味くもない配給品をそのまま食べるより、調理してもらった方がずっと良いに決まってる。

しかし。

「俺はお前の料理が食いたいんだ」…なんて言えるはずもない。


「…作ってもらうほど腹は減ってない。」

と、適当な理由を述べてみた。

嘘ではない。


なぜかジーナがくすくす笑う。


「ナギサ、スープを分けてあげたら?」

たくさんあるし、いいんじゃない?…と提案するジーナ。

ナギサは「ああ」と思い出したように手を打った。


「コーンスープあるけど、飲む?」

断ろうとしたがすぐに言葉を呑み込んだ。


「私が作ったやつだから、味の保証はできないけどね。」

と、ナギサが付け足したからだ。


「…もらう。」

「わかった。」

少し待ってて…と彼女は厨房の奥へと消えて行く。


「…さて、ほとんど終わったし、私たちも飾り付けの方に回りましょう。」

そうジーナは、カノンに向けて言った。


「え、でも…。」

カノンは躊躇する。

ナギサやソーマを放置して行ってしまっていいのだろうかと、気にかけたらしい。


「ふふ。大丈夫よ。…ナギサ、あとは任せてもいい?」

「うん。大丈夫。」

スープをよそった皿を持って戻ってきたナギサが返事をする。


「ありがとう。あとをよろしくね。」

「すみません。先に失礼しますねぇ。」


黙って展開を見守っていたソーマだが、内心ガッツポーズだった。

ジーナとカノンはここを去り、ナギサは残るらしい。

つまり、2人きりだ。

これはまたとない機会だろう。


ポケットに突っ込んでおいた例の包みを、つぶれない程度に軽く握りしめる。


「はい、ソーマ。」

たくさん並ぶテーブルの一つに、ナギサはスープを置き、スプーンを添えた。


一つ返事をして、速急に告白の計画を立てながら席に着く。


スプーンを手に取り、スープを一口、口に運んだ。

自分を見つめるナギサの視線が気になって、正直味がわからない。

黙っているのもどうかと思うが、とりあえず味を感じるまでひたすら飲むことにした。


「…どう?」

少し心配そうに、彼女は尋ねる。


「…不味くはない。」

自分の口から出たのは、ひねくれた曖昧な返事だった。


本当は美味しい。

今まで食べたどんなものよりも、このスープが一番。

でも素直にそう言えない。


「そう。よかった。」

それでも彼女は安堵したように微笑んだ。


一言美味しいと伝えていれば、彼女はもっと嬉しそうに笑ってくれたかもしれないのに。

自分自身にイライラして、もどかしさを覚えた。


「…奥にいるね。お皿とか、そのままにしておいていいから。」

そう言い、ナギサはこの場から離れていってしまう。

しかも、「そのままにしておいていい」とは、飲み終わっても何も言わずに、さっさとここから出て行っていいということだ。

それは、人付き合いが苦手なソーマに対する気遣いだが、今は少しでも話しかけるチャンスがほしい。


「ここにいてくれ」と言えればよかったのだが、「なぜ?」と聞かれると返す言葉がない。

ソーマは本日何度目かわからないため息を吐いた。


もう僅かになってしまったスープを、掬いあげる。


「飲んじゃった?」

不意にそんな声が聞こえて、顔を上げた。

ナギサが厨房から出てきて、こちらに近付いてくる。


「…どうした?」

「クルトンとパセリ忘れちゃった。」

ちょっと遅かったね…と、ほとんど空の皿を見て苦笑いする。


これが最後のチャンスだ。

…と、頭の中で誰かが告げる。


「…ナギサ。」

「ん?」

「………。」

「………。」

「………。」

「……え、なに?」


自分で話しかけておいて黙るソーマに、ナギサは訝しげな顔をする。

ソーマは困ったように虚空に視線を泳がせた。


まず言えばいい。

スープが美味かったと。ありがとうと。

ただ渡せばいい。

この日のために用意したものを。あの小さな包みを。

そして伝えればいい。

お前が好きだと。

ずっと、好きだったのだと。


頭で色々考えていても、実際に行動に移せない。


とりあえず場繋ぎにと、残りのスープを一気に飲み干した。

ナギサは不思議そうに首を傾げる。


「…えーっと、とりあえず下げるね。」

彼女は空になった皿を手に取った。


再び厨房に戻ろうと、ここから離れるナギサ。

行ってしまう。


「ナギサ!」

呼び止めた。


椅子を蹴倒す勢いで立ち上がり、ポケットの中の包みを引っ掴む。


ナギサが振り返った。

ソーマは右手を突き出し、包みを差し出す。


食堂はしんと静まり返った。


…正直、タイミングが悪かったと思う。

彼女は皿を持っていて、半分こちらに体を向けてる状態。

受け取り辛いことこの上ないだろう。


「………。」

「あ、えーっと…。」


しばらく呆然とこちらを見詰めていたが、はっと我に返ったナギサ。

皿をテーブルに置き、わざわざ取りに来てくれる。

…なんだか申し訳ない。


「もらっていいの?」


頷くと、ナギサは包みを受け取った。

ほんの少しだけ触れた指先が、熱い。

照れ隠しに、右手をポケットに突っ込んだ。


「もしかして、クリスマスプレゼント?」

「…ああ。」


「…ありがとう。」

ナギサは今日一番の笑みを見せる。


今更ながら恥ずかしさが一気に込み上げ、顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。

そんなソーマの様子に、自分も顔を赤く染めたナギサがくすくすと笑う。


「開けてもいい?」

「…好きにしろ。」

「やっぱやめとく。」

「なんだそれは…。」


まあ開ける開けないは好きにしてくれていい。

クリスマスプレゼントとやらを渡すのは、あくまできっかけづくりのためで。

ソーマにとってはこれからが本番なのだ。

ちょっぴり良い感じの空気になってきたところで、軽く咳払いする。


「ナギサ。」

「あっ。」


ところが、うまい具合に何かを思い出したらしいナギサに、言葉を阻まれてしまった。


(くそっ。上手くいかねぇ…。)

誰だ、クリスマスには不思議な力があるなどとかぬかしやがったのは。


一つため息を吐いて、ナギサを見やる。

彼女はというと、困ったようにこちらを見つめていた。


「あの、私さ…、ないよ。」

「あ?」

「だから…、ソーマへのクリスマスプレゼント。」

「………。」


そんなことか…と、ソーマは再びため息を吐く。

別にそんなこと端から期待していない。

ナギサが自分に対して特別な感情を持ってないことくらい、ちゃんとわかってる。


「…別にいい。」

「いや、でも!何か、今からでも用意するよ!」


自分だけもらうことに引け目を感じるのか、彼女は懸命に何かないかと考えを巡らせる。

彼女はしばらくうんうん悩んだ後、黙って見ているソーマを見て、何を思ったのか悪戯っぽく笑った。


「じゃあ……、キス、とか…、だめ?」

「な──」

思わず絶句する。


「…なーんて。あはは…。」

誤魔化すようにナギサは笑った。

顔を真っ赤にして、彼女は視線を背ける。


──「後できっと私の言葉を思い出すわ。」

ついさっき、サクヤに言われたセリフが、なぜか今蘇った。


ナギサの頬に触れ、こちらを向かせる。

真っ直ぐ彼女の目を見詰めた。

お互いの視線が交わる。


「ソーマ…?」

「…目、閉じろ。」

「え…?」

「早くしろ。」


ソーマの本気を悟ったのか、ナギサは後退りしようとする。

だがソーマはそれを許さなかった。

左手でナギサの腕を掴み、捕らえる。


「じょうだん、だよ…?」

「言い出したのはお前だ。」


ナギサは動揺を隠しきれず、目を閉じるどころか、見開いてこちらを見詰めている。

しかしこれ以上待っていられなかった。


少し身を屈め、自分より低い位置にある彼女の顔に、自らの顔を近付けていく。

抗えないことを察したのか、ナギサが恐る恐る目を閉じたのを、視界の端に見た。


お互いの唇が触れ合う。

それはほんの一瞬。

そっと触れるだけのキスだった。


顔を離し、ゆっくり目を開ける。

少し遅れて、彼女もおずおずと瞼を持ち上げた。


顔を真っ赤にしたナギサを瞳に映し、真っ直ぐ見詰める。

彼女もまた、ソーマをその瞳に映し、真っ直ぐに見詰め返していた。


何なのかはわからない。

でも確かに今、目に見えない何かが、ソーマの背中を押した。

そんな気がした。


「…好きだ。」


ずっと伝えたくて、しかしなかなか伝えられなかったこの想いを告げる言葉は、実に簡素なたった一言。

なぜ今まで言えなかったのだろうと、疑問に思うほどに。

思いの外あっさりと口にできたことに、ソーマは自分自身で驚いていた。


ソーマの言葉を聞いたナギサは、目を丸くする。

そしてみるみるうちに、その瞳を潤ませていった。

しかし、そんな彼女の反応にソーマが動揺したのは、ほんのわずかな間だけだった。


ナギサが言った次の一言で、何もかも吹き飛ぶ。

動揺も、苛立ちも、もどかしさも、全て。



「…私も、好き。」



──「クリスマスには不思議な力があるのよ。恋する全ての人に、魔法をかけてくれるの。」


もしかしたら、本当かもしれない。
〜Fin.〜

あとがき

クリスマス記念のお話でした。 ソーマのクリスマスプレゼント…あの小さな包みの中には、何が入っていたのか…? 答えは小説のタイトルです。
2010/12/26
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