雨の唄

短編 GOD EATER / GOD EATER BURST

ある日。


「…おい。」


いきなりソーマがやってきた。

いじわるなエレベーター

「あれ、ソーマ。どうしたの?」

ソファに腰を下ろしたまま、顔だけソーマの方に向けて言う。


私の部屋を訪ねてくるなんて珍しい。


読んでいた本を机の上に置き、「とりあえず座れば?」と彼を促した。

しかしソーマは入り口に立ったまま動かなかった。


訝しげに見詰めると、彼はものすごく真面目な顔で問う。

「お前、今日ヒマか?」

と。


「…うん、まあ。特別やらなきゃいけないことはないけど?」

何もそんな恐い顔で聞かなくても…と思いつつも質問に答えた。


その答えに、彼はやや安堵したようだ。

なんだ用事があったのか、と私はソファに座り直す。


「そうか。なら付き合え。」

「うん、いいよ。」


あっさり承諾すると、なぜかソーマは驚いた。

拍子抜けしている。

予定と違う…みたいな表情だ。


…私はそんなにソーマの用事を断ってばかりだっただろうか。

自分の今までを振り返る。

いまいち思い当たるものがないが、なるべく気を付けるようにしよう。


ソーマが眉をひそめてこちらを睨む。
(目付きが悪いだけで、実際は睨んでいるわけじゃないんだけど。)


「…内容を聞かないのか。」

「うん、別に。ちなみに何なの?」


「…………。」

「…………。」


ソーマが黙り、私も黙った。


聞かないのかと自分で聞いておいて、なぜ言うのを躊躇うのだろう。

よくわからない彼の態度に首を傾げた。


なんだか、今日のソーマは変だ。


困っているような、悩んでいるような、焦っているような、いやむしろ何か企んでいるような…。

とりあえず不審だ。

そんな心の内を惜しみなく視線に込め、ソーマを見詰める。


「…何か変だよ、ソーマ。」

そう伝えると、彼はさっきまで全く入り口から動こうとしなかったのに、急にずかずかと部屋の中に入ってきた。

もしかして怒らせてしまったのだろうかと、近付いてきたソーマを、ソファに腰掛けたまま恐々と見上げる。


「…来い。」

「え?」


腕を掴まれた。

承諾を待たず、彼は私の腕を引っ張って強引に立たせる。

そしてそのまま歩き出した。


「ちょ、ちょっと…。」


私の戸惑いの声に反応することなく、ソーマは部屋を出て、ベテラン区画の廊下をずんずん進んでいく。

歩幅広く歩く彼に、せっせと足を動かして付いて行きながら、その表情を盗み見た。


別に、怒ったわけではないようだった。

むしろ困っているように見える。

…困るのは私の方であるはずなのに。


本当に、今日の彼は変だ。


よくわからなかったが、おとなしくソーマに引っ張られて行く。

何の説明もないことに納得はできなかったが、かといって抵抗して逃げるほどのことでもない。

もともと彼は口下手で言葉数の少ない人だから、仕方ないと諦めることにした。


どこかに行くのだろうか。


ボタンを押して、エレベータがやってくるのを待っていた。

その間も、ソーマは腕を離さない。


別に逃げたりしないのに…と、小さくため息を吐いた。


「ねぇ。」

一体何を考えているのか、黙ってエレベーターを睨んでいるソーマに声をかける。


「なんだ。」

視線はこちらに向けられなかったが、彼は返事をした。


「手、繋ぐ?」

そう言うと、ソーマは驚いた表情でこちらを振り返る。

まさかそんなに驚かれるとは思わなくて、私までちょっと驚いた。


「なんだと…?」

「だって、ずっと腕掴んでるから。」


同じじゃないかな…と思った。

本当に、ただそれだけだった。


私たちは一応恋人同士だ。

だから、別におかしなことを言ったとは思わなかった。

でもよく考えたら、手を繋いだことなんてなかったかもしれない。


2人で出かけるなんて、今まで任務以外で一度もなかった。

朝夕の食事くらいなら、たまに2人で食べる時はあったけど。

でもそれだけで、恋人らしいことなんて、何一つしたことがなかった。


今さらながら、自分で言ったというのに恥ずかしくなってきて、ソーマから顔を背けた。

彼が今どんな顔をしていて、何を思っているのか、今の私に知る術はない。


ソーマは無言のまま、腕を握っていた手の力を緩める。

するりと下りてきたその手が、私の手を握った。

心臓が跳ねる。

脈打つ鼓動が速くなるのを感じた。

なんだかすごく、照れくさい。

でも、彼に応えるように、私もぎゅっと握り返した。


まるで誘われるように、ソーマに視線を向けると、彼もまた私の方を見ていた。


漂う雰囲気に酔い始めていた。

だから、目が合って、その先に訪れる展開に何の疑問も抱かなかった。

ソーマが繋いでいない方の手を、私の頬に添える。

どんどん距離を縮める彼のその眼差しに耐えられず、目を閉じた。

彼の息遣いを間近に感じる。


そして。


唇が触れ合うか触れ合わないかという時だった。


チーンッという軽快な音と共に、エレベーターがやってくる。

ハッと我に返り、慌てて離れた。


「あ…。」

「………。」


扉の開かれたエレベーター…正確にはその中にいた人物を確認し、硬直する。


「あらあら。」

「おーっと。」


降りてきたサクヤさんとリンドウさんが浮かべたニヤリとした笑みに、一気に血の気が引いた。


「…最悪だ。」

「あはは、はは…。」


果てしなく嫌そうな顔をしてぼそり呟くソーマの横で、私は取り繕うようにエセっぽく笑った。


「別にいいのよ。続けて?」

「青春だなぁ、お前ら。若いねぇ。」


何も見なかったことにしてくれてもいいのに、この大人たちはわざわざ茶化すような言葉をかけてくる。


クソッタレ…と、ソーマは心の中で言ったに違いない。

私としても言いたい気分だった。


絶対、私とソーマの顔は今、真っ赤だ。

良い言訳が思い付かず、サクヤさんとリンドウさんから目をそらして羞恥に耐えるほかなかった。


「これからデートか?」

「ふふっ、ソーマ一生懸命プラン立ててたものね。」

上手くいってよかったわね…と、サクヤさんが微笑む。


そんな彼女は、優しく温かい母のようであり、弟をからかって楽しむ姉のようでもあった。

どちらにせよ、ソーマにとっては限りなくイラつくものでしかないだろう。


「うるせぇ! とっとと行きやがれ!」


「はいはい。」

「わーった、わーった。邪魔者は退散する。」


ソーマの怒声に全く臆することなく、2人はその場から去っていった。


沈黙が流れる。

エレベーターは扉を閉じて行ってしまったが、そんなこと気にしてられなかった。


どうしていいのかわからない。


何か言った方がいいのだろうか。

しかし一体何を?


とりあえず、すごく気になっていることは、一つあった。


「…あの。」


勇気を振り絞り、沈黙を破る。


「デートに、行くの…?」


──「ソーマ一生懸命プラン立ててたものね。」

サクヤさんの言っていたプランとは、やっぱり“デート”のものなのだろうか。


ソーマは何も答えず、黙っていた。

それはすなわち肯定だろう。


「…嫌なら、いい。」

「嫌じゃないよ。」

ちょっとすねたように言うソーマに、私はすぐそう返した。


計画を立てるソーマの姿を想像して、くすぐったくもあたたかい気持ちになる。


今まで恋人らしいことなんて何一つしてこなかった。

ソーマは、そういうのが好きじゃないんだろうと、勝手に思っていた。

何もないことに、別に不満を感じたことなんてなかった。

ソーマは優しいし、傍にいられることが、幸せだったから。

でも本当は少しだけ、今以上を、心のどこかで望んでいたんだと思う。


だから。


「ソーマ。…嬉しい。」


これは本当に素直な私の気持ちだった。


コートの袖の端をきゅっと掴む。

握っていた手。さっき離してしまった。

だから、「もう一度」と、伝えたつもりだった。

口で言うのは恥ずかしくて、私にはこれが精一杯だった。

ソーマの手が動く。

それで、ちゃんと伝わったんだと確信した。


再び繋がれた、手。

再び絡まる、視線。

もう一度訪れる──…


チーンッという軽快な音。


またしても私たちは不本意ながら距離を空けることになる。


幸い(…と言っていいのかわからないが)、今回はエレベーターの扉が開くその前に、完全に離れていた。

だから、中から出てきたアリサとコウタは、不機嫌そうに並ぶ私たち2人を見て首を傾げる。


「ナギサさん。…と、ソーマ。」

「おっ! もしかして、デート?」


ソーマが殺気すら滲む目でコウタを睨んだ。

視線を向けられたコウタは小さく動揺の声を洩らす。


「ちょっとコウタ! …すみません。あの、私たちはここで降りますから、どうぞ。」

察したらしいアリサがコウタを注意し、道を空ける。


「あ、ありがとう…。」

「………。」


とりあえず、これ以上ここにはいられない。

私は2人への挨拶もそこそこに、ソーマを引っ張って、エレベーターに乗り込んだ。



扉が閉まり、動き出すエレベーター。

お互い壁に背を預け、2人揃ってため息を吐いた。


なんていじわるなんだろうと思う。


空気の読めない機械仕掛けのこの箱が、憎らしくて仕方なかった。

まあ、人の命令に従って一生懸命働くこいつを恨むのはお門違いというものだが。


点灯する数字が変わっていく様を睨むようにして眺め、もう目的の階か…とぼんやり考える。


壁から背を離そうとしたその時。

不意に影がかぶさってくる。

疑問を覚えて顔を上げると、直後、唇にあたたかい感触が訪れた。

視界を全て塞ぐほど間近にあるソーマの顔に、思考が停止する。


何が起こったのか、はっきりと理解する前に、その熱は離れていってしまった。

代わりと呼ぶにはあまりにも不躾な、あの軽快な音が耳に届く。


もう少し、このままここにいたいと思った。

なのにエレベーターは追い立てるように扉を開けて外の明かりを取り込んでくる。


…本当にいじわるなやつだ。

ただ上下に動くだけの箱のくせに。


エレベーターへの苛立ちは拭えなかった。


…でも。


ソーマが無言で左手を差し出して、同じように私も右手を差し出す。

自然と繋がれる手と手。

伝わるお互いの熱を感じて、笑みがこぼれた。



もう、いじわるなエレベーターのことなんて、どうだっていい。
〜Fin.〜

あとがき

リンドウさんとサクヤさんは、ソーマの親みたいな心境に違いない。
最大限に応援するけど、最大限にからかうっていう感じ。
2010/12/06(大幅加筆修正:2011/07/24)
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