雨の唄

短編 GOD EATER / GOD EATER BURST

シュンは困っていた。

部屋の中をウロウロと無意味に歩き回り、同じ場所を行ったり来たりしては、「あー」だの「うー」だのと唸る。

この行動は、本人いわく「考え事に集中できるから」という理由にもとづくものらしい。

カレルが見たら「バカだから」と結論付けられそうだが、本人はいたって真面目だった。

…というか、真剣だった。


ぴたりと不意に立ち止まる。

彼はやっと結論を出したようだった。




◆ ◆ ◆




「ナギサの誕生日プレゼントに何をやればいいか?」


たった今尋ねられたことを反復し、リンドウはソファに預けていた身体を起こした。

まだ長いタバコの先を灰皿に押し付け、目の前の少年を見やる。

少年…シュンはと言うと、ばつが悪そうに散っていくタバコの煙の行く末を見守っていた。


「まあ、アドバイスしてやるのは構わないんだが…、ちょっとばかり遅くないか? ナギサの誕生日は、明日だぞ。」

コウタなんて1週間も前からパーティの準備にはりきってたぞ…と、リンドウは苦笑いを浮かべる。



…シュンは困っていた。


なぜなら、シュンの恋人であるナギサの誕生日が間近…明日に迫っていたからだ。

2人が付き合ってはじめてのイベントらしいイベント。

より仲を深めたいとか、心に残る思い出にしたいとか、その他いろいろな思惑はあるが……、とにかく特別なものにしたかった。


──何かナギサが喜んでくれるようなものを贈りたい。


そんな可愛らしくも切実な思いを抱いていたのだが……、それはシュンにとってかなりの難題だった。

その上、彼のプライド(…というよりは大いなる意地)が邪魔をして、誰かに助力を求めることができずにいた。

そうして悩みに悩んだ結果、結局何も思い付かなかった…という、残念な結末を迎えた。


彼氏として、何もプレゼントしない…という事態は避けたい。

下手をしたら、仲を深めるどころか、関係を悪化させてしまいかねない。


プライド云々をかなぐり捨て、いたしかたなく助言を仰ぐことを決意し、今にいたる。

…というわけである。



「そうだなぁ…、俺はビールがもらえると嬉しいぞ。」

「…俺もあいつも未成年っす。」


あんたのほしいものは聞いてねぇよ…という正直な感想は心の内に留めておいた。

立場的にも状況的にも、そんな生意気かつ失礼なことは言えないと、さすがのシュンもわかっていたようだ。


「んー、まぁアレだ。まだお前もナギサも若いしな。物よりも、気持ちを伝えるってことが大事だろ。」


若さって関係あるのか。

というか、大人になると気持ちよりも物をあげることの方が大事になってしまうのか。


このアナグラで最も経験豊富そう…という、勝手なイメージで彼を選んだが、間違いだったかもしれない。

シュンは、徐々にリンドウに助言をもらいに来たことを後悔し始めていた。

察したのか、気を取り直して…とでも言うように、リンドウは一つ咳払いする。

そして、身振り手振りを交えつつ、レクチャーを始めた。


「…いいか? まず2人っきりになって、良い感じの雰囲気を作ってだな……。」


…シュンはなんとなく嫌な予感がしていた。

というか、この時点で先が読めた。


「こう、ナギサを抱き寄せて、耳元で『愛してる』とか囁いてやれば……。」


バッチリだ。

…と、リンドウはまるで邪気のなさそうな笑みを浮かべてみせる。


案の定な提案をされ、シュンは顔を真っ赤にして狼狽した。

まだ18…その上かなり(精神年齢的に)子供っぽい部類に入るシュンにとっては、「愛してる」という言葉の使いどころも、それを告げる意図さえも理解できない。

「好き」の言葉すらくすぐったく感じる多感な少年なのだから。


「お…、俺にはムリ!!」


半ば叫ぶようにそう言って、シュンは逃げるように部屋から飛び出して行った。


…閉じられた扉の向こうで、リンドウが愉しそうに笑っていたことを、彼は知る由もないだろう。




◆ ◆ ◆




エントランスまでやってきて、ため息を吐く。


リンドウに聞いてみたのは失敗だった。

よくよく考えれば、いくら経験豊富と言えど、“オジサン”の意見など当てになるはずもない。

年齢の近い“ワカモノ”のアドバイスを求め、シュンは同じ第3部隊のカレルに尋ねてみることにした。


本来ならばナギサと同じ第1部隊のコウタに聞くべきなのだろうが……。

先程リンドウから要らぬ情報を聞いてしまったため、ここでも大いなる意地が邪魔をして、気が進まなかったのだ。


椅子に気だるげに腰を下ろし、雑誌を見詰めているカレルに声をかける。


「…なぁ、カレル。」

「何だよ。金なら返しただろ。」

「金の話じゃねぇよ。…ってか、何読んでんの?」

「雑誌。」

「…んなの見りゃわかるっつーの。」


シュンが尋ねたのは、なぜブライダル特集なんて眺めているのか…ということだった。

別にどうしても聞きたかったわけでもないので、とりあえずこれ以上追求するのはやめておくことにして、本題に移る。


「あのさ、ナギサがもうすぐ誕生日じゃん? お前は何をやるの?」

「一応、『おめでとう』って言ってやる。」


しん、という音が聞こえた気がした。


「…それだけかよ。」

「当たり前だろ。アナグラの連中が誕生日になるたびに何かやってたら金がなくなる。何人いると思ってんだよ。」


カレルの意見はもっともだった。

シュンとて誰にでもやるわけではない。

しかしこの答えでは全く参考にならなかった。


シュンの聞きたいことに察しがついたのだろう。

カレルはちらりとシュンを一瞥し、伝える。


「お前がやれば何だって喜ぶだろ。お前自身が、何を贈りたいのか…何を伝えたいのかを考えてみたらどうだ?」


それがわからないから尋ねているというのに。

そうシュンは思ったに違いない。


「じゃあ、もしお前の彼女が誕生日だったら、何をやるの?」


より直接的な答えを求め、質問を変えて再度尋ねてみる。

しかしカレルの答えは、


「何でもいい。」


…ただそれだけだった。


質問を変えてみたところで、有用な答えなど得られなかった。


「…いくらなんでもテキトーすぎねえ?」


自分の恋人までそんな扱いなのかと呆れさせられる。

…かと思いきや、


「何でも欲しいもんをくれてやるって意味だ。」


さも当たり前のように、カレルはそう言ってのけた。


シュンは目を見開いて露骨に驚く。

まさかあのカレルが、そんな寛大なことを口にするとは…と。


感心し、しかし同時にちょっと腹立たしくなった。

不当な言い分であることは重々承知だが、自分がやたらとちっぽけに感じて、なんだか負けたような気がしたのだ。


「…じゃあよ、もし“ありえねぇくらい高いもん”を欲しがったらどうすんの?」


だから、金に固執する“カレルらしさ”をはかってやるようなことを尋ねてみる。

そんなシュンの質問に、カレルはやっと雑誌から顔を上げ、シュンの方に視線を向けた。


そして、彼は言い切る。


「くれてやるよ。」


そう、きっぱりと。


頭を鈍器で殴りつけられたような衝撃を受ける。

一体何の勝負かはわからないが、完全な敗北だった。


愕然とするシュンから視線を外し、カレルは再び雑誌に目を落とす。

そして、ぼそりと付け加えた。


「…ま、そもそも、そんな女とは付き合わねぇけど。」

と。


それが“カレルらしい”言い訳であることに、シュンは気付かなかったことだろう。




◆ ◆ ◆




ナギサの誕生日まで、残り2時間。


節電の関係で、このくらいの時間帯にはかなり明かりが落とされているため、エントランスは薄暗い。


ここにいない恋人は、まだ戦地を駆けているのだろうか。

こうして待っていると、気持ちがどんどん沈んでいくのがわかる。

様々な要因が、暗い感情を引きずり出してくる。


結局、何も決められていなかった。


「…待ってるのね。」


突然かかった声に、シュンは顔を上げる。

いつの間にか俯いていたことに、今ようやく気が付いた。

暗がりの中、シュンに近付いてきたのは、ジーナだった。


「ちょうどくらいには、帰ってくるみたいよ。」


それは彼女の気遣いだったに違いない。

わかってはいたが、シュンは「そっか」と一言返しただけだった。

二重の理由で不安に駆られていた彼には、それが精一杯だった。


「…ねぇ、シュン。」


黙り込むシュンを見詰め、ジーナが口を開く。


「形に残るものだけがプレゼントとは限らないわ。大事なのは贈る物じゃなく、贈る人の気持ちよ。」


顔を上げれば、目が合った。

ジーナは一つ微笑み、おやすみなさいと最後に添えて、その場を離れる。

エレベーターに向かっていくその後姿を最後まで見送ってから、シュンはゲートに視線を戻した。



──「物よりも、気持ちを伝えるってことが大事だろ。」

──「お前自身が、何を贈りたいのか…何を伝えたいのかを考えてみたらどうだ?」


みな、同じようなことを言う。


「気持ち、か…。」



とりあえずナギサが帰ってきてからどうするか、今のうちに少しでも計画を立てておこうと決めた。


まず「おかえり」と迎えてやって、それから「誕生日おめでとう」。

…いや、その前にこんな薄暗いところじゃなくて、部屋にでも移動して……。

でもこんな時間に部屋にって、妙な勘違いをされても嫌だし……。

というか、おめでとうって言った後、どうすればいいのか。

普通なら、ここでプレゼントをわたして、2人でケーキでも食べて……。

でも、プレゼントはないし、ケーキもない。

…今さらだけど、シミュレーションをしてみるのが遅かった。

どうする、おめでとうの後。


──…いいか?

──良い感じの雰囲気を作ってだな……

──こう、ナギサを抱き寄せて、耳元で『愛してる』とか囁いてやれば……


「…だから!俺にはムリだって!!」

「え……。あの、何が…?」


「……へ?」


思わずキョトンとした。

数回瞬きを繰り返し、目の前にいるナギサを凝視する。

慌てて時計を確認すると、時刻はすでに0時過ぎ。

どうやら眠ってしまったらしい。


「シュン、もしかして待っててくれたの?」

「べ、別に…。ちょっとうとうとして、そのまま寝ちまっただけだ。」

「そっか。…ちなみに、さっきのは何だったの?」

「気にすんなよ!何でもない!」


とりあえずいろいろ恥ずかしすぎた。

これから先、一つとして素直なことを言えそうにない。

なにせ、まともに計画を立てられなかった上、すでに「おかえり」と迎える第一段階は不発に終わっている。


「もう遅いし、寝よう? ちゃんとベッドで。」

「お、おう…。」


このまま、なに一つ実行できずに終わってしまうのか。

プレゼントもケーキも用意できなかったのに、言葉すら伝えられないのか。


前を歩き出したナギサの腕を掴み、止める。

振り返った彼女は、不思議そうにシュンを見詰める。


大事なのは──…


「…ナギサ。」

「うん?」


「…誕生日、おめでとう。」


…気持ち。


それだけは、用意するまでもなく、いつでもここにあるから。


「…ありがとう、シュン。」


やわらかい彼女のその笑みに、心が洗われていくような気がする。


今なら、もしかしたら。

そう思った。


決意を固めるように、ごくりと唾を呑み込む。


「…あ、あのよ、ナギサ。…その、俺、お前のこと……、あ……。」


例の、“あ”から始まる気持ちを伝える言葉を紡ぎ出そうと試みた。

ところが途中で止まってしまう。

どうしても恥ずかしさが邪魔をして、口に出せない。


「あ?」


不自然に言葉を切ったシュンに、ナギサは首を傾げた。

察してくれと願うも、色恋沙汰に疎いナギサには“あ”の一文字だけでは全く先が浮かばない。

黙って言葉を待つナギサに、シュンはいよいよ追い詰められる。


「あ……。」


言おうとして、言いかけては、言うのを止める。

それを何度も繰り返す。


いつまでも言葉を続けないシュンを見詰めるナギサの目に、だんだん不安の色が滲んできた。


これ以上待たせるわけにはいかない。

言わなければ。

たった一言だ。

そう、たった一言、“あ……


「……だーっ、もう!!」


雑念を振り払うかのごとく叫び、強引にナギサを引き寄せる。

それは、赤くなっていく顔も含め、ただ一言さえさらりと言うことのできない情けない自分を、これ以上見られたくない…と取った行動だった。

だから、決して図ったわけじゃない。

結果として、彼女を抱き締める形となっただけだ。


でも、ある意味これは好都合な展開と言えるかもしれない。

なにせ、助言の通りになるのだから。


…ただ、シュンは一つだけ心の中で弁解をすることになる。



「…ナギサ。」

「愛してる」はもう少し先までとっておく

「…大好きだ。」
〜Fin.〜

あとがき

いやー、シュンは言えないでしょうね、「愛してる」なんて。
ソーマもギリギリ言えなさそう。
カレルは……、うーん、微妙。

1周年記念・主人公お誕生日企画小説・ラスト!
シュンでしたー!

やっと3つ全部書けた…。時間かかったなぁ…。

余談ですが、さりげなく1st記念の3つのお話は繋がっていたりします。
時間軸的には、ジーナ、カレル、シュンの順になってます。
だから、「カレル、ちゃんとお金返したんだね」とか伝わってるといいなぁなんて。
2012/03/30
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