雨の唄

短編 GOD EATER / GOD EATER BURST

「金無いから無理。」


きっぱりと、全く悪びれる様子もなく、カレルはそう言ってのけた。

絶句する。

あまりに不遜なその態度に、唖然とした。


…言いたいことはたくさんあった。

なぜそうもしゃあしゃあといられるのか…とか、せめてもう少し言い方を工夫しろ…とか。

しかし、こうも無遠慮に言われるとは思っていなかっただけに、衝撃だった。


「…もういい? この後約束があんだよ。」


何も返さなかったため、話は終わりだと判断したのか、カレルはくるりと踵を返す。

ちらりと時計を確認したその無神経さに、いいかげん、キレた。


「…ふざっけんなよ、カレル!!」


響き渡った怒号に、エントランスにいた人たちが一斉に顔を向ける。

集まった視線を受け、カレルはものすごく面倒そうに振り返った。

怒鳴った本人であるシュンの方を。


「いいかげん返せよ、金!言っとっけど、利子はトサンだからな!」

「そりゃ大したオトモダチ価格だ。痛み入るね。……踏み倒してやる。」

「てめぇ…!」

「おい、ナギサ!行くんだろ、仕度しろ。」


シュンの言葉をわざと遮るようにして、カレルは階下の恋人に声をかける。

2人のやりとりを遠目に眺めていたナギサは、一瞬呆れたような表情を見せた後、側にいたコウタに一言二言伝え、カレルのもとまでやってきた。


「もういいの?」

「もういい。」


ナギサが尋ねると、カレルはさも当たり前のように返した。

当然のごとくシュンは激昂する。


「はあ!? おい、何とかしろよ、ナギサ!お前の彼氏だろ!」

「女にたかるなよ、みっともねぇ。」

「たかったわけじゃねぇよ!」

「とりあえず、その話はまた今度ってことで。」


騒ぎ(取り)立てるシュンをあしらい、かなり強引に話を終わらたカレルは、ナギサの手を引き、さっさとエントランスを後にした。


「…お金借りたの?」

「ジュースおごってもらっただけだ。」

「この前も同じようなこと言ってたよ。」

「…まあ、多少溜まってるかもな。」


一体何本ジュースをおごってもらったら、シュンをあんなに怒らせることができるのだろうか。

…というか、あのシュンをどう言いくるめれば、そんなにおごってもらえるのだろうか。

ナギサはとりあえず返すよう伝えておいたが、カレルは「そのうち」なんて、あからさまに気のない返事をした。




◆ ◆ ◆




──「2人で出かけたい。」


そうナギサに言われたのは、つい昨日のことだった。

今まで、任務に誘われたことは何度かあったが、純粋な外出…いわゆるデートのきっかけを与えられるようなことは一度もなかった。

だから、まず驚いた。

少し嬉しく思ったのも、嘘じゃない。

しかし同時に、疑問を感じたのも事実だった。

なぜ急に、と。



支部を出て、なるべくフェンリルからほど近い場所を、特に目的もなく歩いた。

腕輪を付けている以上、外に行けば行くほど嫌な顔をされるから、動ける範囲は限定される。

その上、娯楽施設なんてほとんどないこのご時世だ。

中心地にのみ点在する店を回るくらいしか、できることがない。


アクセサリーや小物の類が並ぶ小ぢんまりした店の一つを見ていたときだった。


「ねぇ、何か買って?」

不意に、ナギサがそんなことを言い出す。


「は? なんでだよ。お前の方が金持ってんだろ。」

つい反射的に、はね付けるような返事を返してしまった。


いつもならここで「言ってみただけ」などと彼女に言わせて終わってしまうのだが、今日は違った。


「今回だけ。…だめ?」

そう上目遣いに小首を傾げたナギサ。


不覚にもどきっとする。

悟られたくなくて、目をそらした。


「…ったく。ほら、選べよ。」


承諾してやれば、ナギサは素直に礼を述べ、並ぶ商品に目を落とす。


一通り見て回り、彼女が手に取ったのは、いわゆる髪飾りだった。

シンプルというよりは地味で、なんとなく安っぽいつくりに感じた。


「これにする。」

「…それ?」

「うん。…変?」


カレルは眉を寄せる。

変ではないが、もっと良いものがあるだろうと思った。

カレルも棚の商品をざっと一瞥し、別のデザインのものを手に取る。


「こっちの方が良い。」


選んだものを勧めてやれば、でも値段が…と、ナギサが複雑そうに眉を下げた。

…少しばかり、ばつが悪くなる。

さきほど支出を渋るような発言をしただけに、今さら「気にするな」と言いづらい。


「…変に気回すなよ。どうせ買うなら一番似合うやつが良いだろ。」


そう言って、ナギサの了承を待たずに会計に向かった。


ナギサに似合うものをと、それだけを考えてカレルが選んだ髪飾り。

手渡してやれば、彼女は本当に嬉しそうに微笑んだ。


「ありがとう。大事にするね。」

「…自分でせがんどいて何言ってんだよ。」


なんだか照れくさくなって、またしても反射的に悪態を吐いてしまった。

大事にされるってのは悪くない…なんて本音は口には出さずに。

心に留める言葉を逆にしておけば、きっと彼女はすごく喜んだだろう。

せめて「どういたしまして」と済ませればいいものを、そんな風に返すから関係がこじれるのだ。

これで喧嘩にならないのは、ナギサがあらゆる面で寛大だからに他ならない。


思えば、カレルがナギサに何かねだられたのは、これが初めてだった。

彼女は大抵何でも一人でできるし、人に媚を売るような性質でもない。

ジュースの一本すら、おごってほしいと言われたことなど、今までに一度もなかった。




◆ ◆ ◆




エントランスに戻ってきてすぐ、ナギサは「任務がある」と足早に自室に戻っていった。

余韻を楽しむ間もなくさっさとエレベーターの向こうに消えた恋人に、なんとなくイラつく。


外せない仕事がある日にわざわざ出かけることもないだろうに。


ぼそりとカレルがこぼした愚痴は、たまたま側にいたジーナに聞こえていたらしい。

彼女は穏やかに微笑み、

「誕生日くらい恋人と2人で過ごしたいと望んでも、罰は当たらないわ。」

そうカレルを諭した。


一瞬、何を言っているのかわからなかった。


「……は? 誕生日? 誰の?」

「ナギサのよ。……もしかして、知らなかったの?」


言われてすぐに腑に落ちたのは、ナギサの普段と違う言動に、少なからず予感があったからだ。


「……言っとけよ、バカ。」

思わず口に出してしまったのは、ここにはいない彼女への不満。


どうするべきか考えて、カレルはエレベーターに足を向けた。



ベテラン区画に着いてすぐ、エレベーターを待っていたナギサとはち合わせる。

とりあえず2人で話せる場所にと、カレルは半ば無理矢理彼女を自室へ引っ張って行った。


扉を閉めて早々、カレルは切り出す。


「…なんで言わなかったんだよ。」

「……『今日誕生日だ』って?」


忘れていたわけではなく、あえて言わなかった。

ナギサの返した言葉は、すなわちそういうことだった。


「…ねぇよ、何も。」

「…うん。知ってる。」


──「知ってる。」

まるでそれが、「最初から期待してなかった」と、そう言われたようで。


「…俺からは何もいらねぇってことか。」

「……違う。…どうしても、あなたからもらいたかったの。」

「だったらなんで言わなかったんだよ!意味わかんねぇ!」


思わず声を荒げてしまい、カレルは内心自分で驚いていた。

感情を抑えられくなるほど苛立っていたことに、気付いていなかったとは。


大きく息を吐く。

冷静さを取り戻さねばと、鬱積する不満を押し出すように、顔にかかった髪をかき上げた。


「…せめて理由くらい言えよ。」


カレルにはわからなかった。

デートに誘ったり、ものをねだったりしたのは、今日が“誕生日だったから”なのだろう。

普段しないことをしたのだから、彼女にとって少なからずそれは“特別”だったはずだ。

ならばカレルとしても“特別”にしたかった。

しかし彼女は伝えなかったのだ。

今日が“特別”であると、カレルには。


しばらく間を置いて、ナギサは小さく口を開く。


「…いやだったの。もし、お金の方を優先されてしまったら…、そう思ったら、言い出せなかった…。」


彼女には確信が持てなかったのだ。

カレルにとって最も大切なものが何であるか、その答えに。

いつだって彼は、真っ直ぐに気持ちを伝えることをしなかったから。


──「金無いから無理。」

──「は? なんでだよ。お前の方が金持ってんだろ。」


ナギサを不安にさせていたのは、他でもない自分自身だったことに気付かされた。

…きちんと伝えなければならないということにも。


一つ息を吐き、カレルは背を向ける。

棚から何か取り出したかと思うと、彼女と向かい合った。


「…手出せ。」


実にそっけなく唐突な要求をしてきたカレルに、ナギサは怪訝な顔をする。

早くしろと促され、訝しみつつも彼女は両手を差し出した。


「バカか。こういう時こそ気を回せよ。左手だ。」


何故罵られねばならないのかと訴える視線を無視し、ナギサの左手を掴む。


「誕生日プレゼントにするつもりはなかったんだけど、言わなかったお前が悪い。」


そして、その薬指をなぞるように指を滑らせた。

カレルが手を離したとき、代わりに彼女の指に残っていたのは……、


「これから先、誕生日には何でも欲しいものをくれてやるから。…代わりに、お前の一生を俺に預けろ。」


誓いを象る銀色の光。


それが、彼の心を確かに伝える。



「…素直に『結婚して』って言えないの?」

「お前こそ、素直に『はい』って言えないのかよ。」


「…利子、高くつくかもよ。」

「勝手にしろよ。どうせ、返すつもりはないしな。」

口に出さない言葉は

──お前が好きだ。何よりも。
〜Fin.〜

あとがき

「誕生日には」ってつけるあたりがカレルらしい。
きっと後日、カレルは改めて誕生日プレゼントを贈ったと思います。誕生日プレゼントだとは言わずに。

1周年記念・主人公お誕生日企画小説・第2弾!
カレルでしたー!

「カレルの夢小説を読んでみたい」というご意見がありましたので、シュンの方より先にこっちを完成させてみました。

私が書くとカレルはこんな感じになりますが、どうでしょう。
真っ直ぐ表現はしないけど本当は彼女のことをすごく想ってる…という感じになっていればいいなぁと思います。
2012/01/31
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