雨の唄

短編 GOD EATER / GOD EATER BURST

食堂の隅。

喧騒を嫌うように壁際の端の席を陣取って、2人は向かい合って夕食を取っていた。

明かりを背にするジーナと、壁の前に座るミナトだ。

この2人は恋人同士であるため、この光景は別段珍しいものではない。

ただ、淡々と食べ進める2人の間には、あまり会話がなかった。

お互いの食器の立てる音だけが止めどなく交わる。

恋人同士の食事風景にしては些か淡白に見えた。

しかし、緊張しているわけでも、ましてや破局間近というわけでもない。

そうおしゃべりではない2人にとって、この静かな空間は日常だったのだ。


そんな、いつもと変わらない、時々二三言葉を交わす程度の食事も終わりに差しかかった頃。


「…明日、夜は空いてる?」

ジーナは唐突にそう切り出した。


尋ねられた当人であるミナトは訝しげに眉を寄せ、皿に落としていた視線を彼女の方へ向ける。


「…夜? 別に何もねぇけど、なんで?」

一粒だけ残ったやたら巨大なトウモロコシをフォークの先で弄びながら、ミナトは問い返した。


すると、ジーナはさらに唐突な言葉を重ねる。

「あなたの部屋にお邪魔してもいいかしら。」

と。


ミナトはぴたりとフォークを持つ手を止めた。

彼女を見やり、そしてにやりと口角を上げて笑う。


「……期待するぜ?」

「別に構わないわよ。」


抑揚なく返されたジーナのそんな返事は、ミナトのお気に召さなかったらしい。


「…へぇ。でも遠慮しとく。断崖絶壁は趣味じゃないんで。」

いかにもつまらなそうに肩をすくめた彼は、そうせせら笑った。


その直後。


頬の横を切った風に、ミナトは笑顔のまま凍りついた。

カッと音を立て、彼の真横にナイフが突き刺ささる。

ミナトは壁に垂直に突き立つナイフを横目で確認し、冷や汗を滲ませた。


「…あら、ごめんなさい。…それで?」

「いやマジ冗談です。すいません。」

「そう。」


背後に何かどす黒いものを纏わせたジーナの微笑に、ミナトは大人しく敗北した。

苦々しげに壁のナイフを引き抜き、テーブルの上に置く。

…ナイフによってできた穴は見なかったことにしよう。


「……明日、何かあんのか。」


ミナトはため息を呑み込み、代わりに疑問を口にする。

するとジーナは、至極意外そうな顔で彼をまじまじと見詰め、苦笑いした。


「忘れてるの? 誕生日よ、あなたの。」


教えてやれば、ミナトはぽかんとした顔をして、視線をどこか中空に向ける。

そして、どうやら今日の日付を思い出したらしい。


「…ああ、そういえば。」

なんて、何とも他人事のように返してきた。


「何か欲しいものはある?」

「欲しいもの、ね…。そうだな、お前のキスでも所望しとくよ。」

「何も要らないって意味ね?」

「…もっと気の利いた返事を返せよ。俺は可愛げある女が好きなんだけど。」

「ふふ、残念だったわね。」


ささやかすぎる言い合いを繰り広げるのは、恋人の誕生日を祝おうとする女と、自分の誕生日を祝われようという男。

実に“幸せな連中”と表現していいだろう。

その証拠に、2人の間に流れる空気はいたって穏やかだった。

喧嘩になどなりようもない。


「…なぁ。誕生日を祝ってくれんのはありがたいが、なんで夜なんだ?」

「夜まできっとパーティでしょうから。」

コウタが楽しそうに話していたわ…と、ジーナは恋人の人望を誇るように目を細めた。


ミナトは興味なさげに「ふーん」なんて返しただけだったが、きっと内心では喜んでいるんだろう。

ジーナには、そんな恋人が可愛らしく見えて、同時に憎らしく思えた。


「……だけど。」


少しでいい。

ほんの少しでいいから、彼がそのパーティを疎んでくれたら──


「恋人の誕生日くらい、2人きりで過ごしたい。…そう思うのは我儘かしら?」


ジーナはこんな焦燥感に苛まれることはなかっただろう。


ミナトはふっと小さく笑う。


皿にぽつんと残った最後のトウモロコシにフォークを突き刺し、口に運んだ。

彼にとってかなりローペースなこの食事も、これで終わりを迎える。


「いいんじゃねぇの。…可愛げあって。」


それは、ひねくれた彼の、遠回しな“言葉”。

彼女には伝わっただろうか。


何も返さないジーナの頬に、ミナトが手を伸ばす。


「先にプレゼント、もらっていい?」


彼が真っ直ぐ瞳を見て問えば、彼女は珍しく少し動揺したようだった。


「…ここで?」

「嫌なら言えよ。」


それだけ告げて、ミナトはジーナの返事を待つ。


ここで拒めば、彼はあっさりと引くに違いない。

しかし拒むことなど許さない力がその瞳にはあった。


いっそ無理矢理奪ってほしい。

そう望んだとしても、きっと期待には応えてくれないんだろう。


察しが良い割に肝心の気持ちを汲んでくれないのは、不器用なフリをしているからなのか、それとも……。


「…嫌じゃないわ。」


ジーナは目を閉じた。

すると訪れる、微かな温もり。

そっと触れるだけの、あまりに優しい口付けだった。

物足りなささえ、覚えるほどに。


ゆっくりと目を開ければ、間近で彼の双眸に見据えられる。

その射抜くような視線に、ぞくりとした。

期待するように見詰め返すが、ミナトはあっさりと離れていってしまう。


彼は意地悪い笑みを見せ、席を立った。


「…じゃ、明日楽しみにしてるから。おやすみ。」


そんな言葉だけを残して、ミナトはするりとジーナの脇を抜けて行く。

彼女の返事を待つことなく、まるで逃げるように。


そんな彼の背中を見送り、ジーナは一つ笑みをこぼした。




──あなたにも望んでほしかった。


いつでも誰かに囲まれている、あなただから。

せめて誕生日くらいは──

2人きりで

──あなたと私だけで過ごしたい、と。


でも、杞憂だったわね?──
〜Fin.〜

あとがき

1周年記念、主人公お誕生日企画!
男主×ジーナでした。

断崖絶壁……またの名を“嘆きの平原”。

ごめんなさいっ。
でもジーナさん大好きです。

年齢的に、ちょっぴりアダルティな関係を書きたかったのだけど……。
結局可愛らしい感じで終わっちゃいました;

……それにしても。
果たしてこれを1周年記念小説と言っていいのか…?
…まあ、うん。よしとしましょう。
さあ次!
2011/12/12
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