雨の唄
短編 GOD EATER / GOD EATER BURST
宣戦布告
最近なんだかおかしい。よくわからないが、今の俺は普通じゃない。
まるで地に足付かぬようなこの感覚。
そわそわして、心がざわつく。
一体どうしたっていうんだ…?
「ブレンダンッ!!」
まるで夢でも見ていたかのようだった。
俺の名を呼ぶ声にやっと目を覚まし、今がどんな状況なのか思い出す。
慌てて広げた装甲で、クアドリガから放たれたミサイルを防いだ。
「おい、大丈夫か?」
タツミが駆け寄って来る。
「ぼーっとするなんてどうしたんだ? お前らしくもない。」
俺を見るタツミの目は心配そうで、不安げだった。
当たり前だ。
アラガミを目の前にして、俺は要らぬことを考えて、周りが見えなくなっていた。
それでアラガミの攻撃への対応が遅れてしまった。
普段なら容易く避けられる攻撃だったというのに。
「大丈夫だ。すまない。」
「…ならいいけど、無理はするなよ。」
頷くと、タツミはクアドリガの方へ向かって行った。
(任務の最中に呆けるなんて、俺はどうかしてる…。)
目を覚ませと自分自身に言うように、大きく頭を振った。
バスターブレイドを構え、俺もタツミに続き、走り出す。
◆ ◆ ◆
任務から帰還し、息を吐く。
椅子に腰かけ、ついさっきの任務のことを思い返していた。
任務に、集中できなかった。
今日だけではない。
ここのところずっとだ。
ため息を吐く。
そこで、こちらに近付いてくる足音に気付いた。
「ブレンダン。」
「タツミか…。さっきは、すまなかった。」
「いや、別に説教しに来たわけじゃない。」
タツミが苦笑いした。
しかしすぐそんな笑みは失せ、真面目な表情で言う。
「お前さ、悩んでるだろ?」
と。
全く予想していなかった言葉に、俺は目を瞬かせた。
「…悩み?」
聞き返すと、タツミは「やっぱり…」と呟き、頭をかく。
「ブレンダン。お前さ、ここのところずっと、ある女の子のことが気になって仕方ないんじゃないか?」
「ある女の子?」
頭に疑問符でも浮かべているかのような俺を見て、タツミは呆れと驚きを合わせたような顔をした。
「ぶっちゃけた話、ナギサだよ、ナギサ!」
「ナギサ…。」
その名前を聞いてなぜか動揺する。
ナギサ。
討伐班第1部隊のリーダー。
この支部においてトップクラスの実力を誇り、異例の早さで一部隊を預かる身となった新型神機使い。
誰もが認める優秀なゴッドイーターでありながら、おごることなどなく、誰に対しても分け隔てなく接する。
誰よりも強いのに、誰よりも優しい。
そういう娘だ。
…少なくとも、俺の中ではそういう認識だった。
「…ナギサが、どうかしたのか。」
タツミが盛大にため息を吐く。
「…いいか、ブレンダン。イエスかノーで答えろよ。」
「? ああ。」
「最近、理由もなくソワソワして落ち着かない、集中力に欠ける。」
「…ああ。」
ここのところ、ずっとだ。
そのせいで先程の任務でもタツミに迷惑をかけてしまった。
「気付くとナギサのことを目で追ってる。」
「そういえば…。」
声が聞こえれば、自分が話しかけられたわけではなくとも、目を向ける。
別におかしなことではないと思っていたが、よく考えてみると、誰に対してもそうというわけではない。
「ナギサのことを考えると、嬉しいような悲しいような楽しいような苦しいような、よくわからない気分になる。」
「…そう、かもしれない。」
今まで全く気が付かなかったが、確かに言われてみれば…。
気付かされた事実に、純粋に驚いた。
タツミがニッと笑う。
「それはさ、“恋”って言うんじゃないか?」
「…恋…。」
「そう。お前、ナギサに惚れてるんだろ?」
「俺が、ナギサに…。」
そういえば思い当たる節が多々ある。
そう考えれば合点が行く。
そうか。
俺はナギサに惚れていたのか。
「…で、どうするんだ?」
一人納得して、満足していると、タツミがそう尋ねてきた。
何のことかわからず、俺は首を傾げる。
「だから、ナギサだよ。告白しないのか?」
「こっ…!」
告白!?
ついさっき自分の気持ちに気付いたばかりだというのに、もう告白とは。
あまりにも展開が早すぎないだろうか。
「いや、俺は……。」
ナギサのことが好きなのはわかったが、だからどうしようとは別に思わない。
…というか、告白したところで意味があるのかどうか疑問だ。
彼女の俺に対する態度は、他の仲間たちとなんら変わりない。
それなのに、いきなり想いを告げてしまえば、きっと彼女を困らせることになるだろう。
…それは嫌だった。
「…本当にそれでいいのか?」
タツミがいやに真面目な顔でそんなことを言ってくるものだから、俺は次の言葉を口にできなかった。
「二の足踏んでたら、とられちまうぞ。」
「しかし…。」
「あいつが他の男の隣で笑ってるのを見て、お前は平気でいられるのか?」
「…………。」
ナギサが、誰かの隣で笑っているのを見て、俺はどう感じるだろう。
自分のことだというのに、よくわからない。
黙り込んでしまった俺に、タツミはしびれを切らしたらしい。
「よし。とりあえずデートに誘おう。行くぞ、ブレンダン!」
「なに!? ちょっと待て、タツミ!」
タツミに引きずられるようにして歩き、ベテラン区画までやってきた。
そこで、すぐにナギサの姿を見付ける。
その隣には、ソーマの姿もあった。
自販機横の椅子に並んで座り、2人で話をしている。
彼女はとても楽しそうで、ソーマの方も普段見せないような穏やかな表情をしていた。
締め付けられるような痛みが襲う。
気付いたら、目をそらしていた。
「…すまない。用事を思い出した。」
踵を返して歩き出す。
見ていられなかった。
見ていたくなかった。
「おい、ブレンダン!」
タツミの呼び止める声も聞こえなかったフリをして、逃げるようにその場から立ち去った。
エントランスまで戻ってきて、ため息を吐く。
俺は一体何をやっているんだろう、と。
出撃ゲート手前の椅子に腰を下ろし、仰ぎ見るように天井に視線を向けた。
先程のタツミの言葉が蘇る。
──「それはさ、“恋”って言うんじゃないか?」
…恋、か。
知らないわけないのに、いつの間にか忘れていた。
──「あいつが他の男の隣で笑ってるのを見て、お前は平気でいられるのか?」
尋ねられたその時は、どうなのかよくわからなかったが、今ならはっきりわかる。
無理だ。
平気でなんていられない。
──「お前、ナギサに惚れてるんだろ?」
…そうだ。
俺はずっと、ずっと彼女のことが、ナギサのことが……、好きだったんだ。
「ブレンダン。」
不意に名前を呼ばれ、振り返る。
気付くと、ナギサがそこにいた。
「あの、大丈夫? 顔色悪いけど…。」
心配そうな顔をされて、慌てて頷く。
「どうして…。」
「悩みがあるんでしょ?」
「…?」
──悩み?
それは、俺がナギサのことを好きで、でもどうしていいのかわからないとか、そういうことだろうか。
しかし一体なぜ。
ということは、そもそも彼女は俺の気持ちを知っているのだろうか。
と、一人ささやかな混乱に陥る。
「タツミさんが、ブレンダンの話を聞いてやってくれって。私でよければ、相談に乗るけど…。」
──タツミが?
その一言で理解した。
これは、あいつがくれた“機会”だ。
…おせっかいなやつめ。
自分だってヒバリ相手に苦労しているくせに。
だが。
無駄にはできない。
…いや、しない。
椅子から立ち上がり、彼女と向かい合うようにして立つ。
真っ直ぐナギサの瞳を見詰めた。
「…ナギサ。聞いてほしいことがある。」
真面目な顔でそう伝えると、彼女は一つ頷く。
「俺は、お前のことが……」
決心して気持ちを伝えようとして、しかしその先の言葉は口にできなかった。
俺も、ナギサも、目を丸くする。
「…行くぞ。」
そんな低い声が聞こえたかと思うと、彼女はずるずると俺から遠ざかって行った。
ソーマが、ナギサの腕を掴んで出撃ゲートに向かう。
「…え、なに!?」
「任務だ。付き合うって言っただろ。」
「あ、あと少しだけ待ってくれないっ?」
「断る。」
「ちょっと、ソーマ!」
俺の知る彼らしからぬ強引な行動に、思いっきりたじろいだ。
それは彼女も同様らしい。
「ごめん!後でちゃんと聞くから!」
くるりとこちらを振り返ったナギサが叫ぶようにしてそう言う。
そしてソーマもちらりと顔を向けた。
目が合う。
俺を見るその瞳は、まるで射抜くように鋭い。
その瞳が俺に全てを伝える。
ナギサが前を向くより早く正面に向き直ったソーマは、彼女を連れて出撃ゲートの奥へ消えて行った。
呆然と、立ち尽くす。
拳を握り締め、ふっと笑った。
──受けて立つ。
これは宣戦布告。
〜Fin?〜
おまけ(タツミ視点)
「おい、ブレンダン!」ナギサとソーマを見た瞬間に踵を返したその背中に、声をかけた。
しかし止まることも振り返ることもなければ、反応することさえなかった。
「…これは、結構マジなんだな…。」
まあ、そりゃあそうなんだろう。
あの生真面目なブレンダンが任務に集中できなくなるくらいなんだから。
ふぅとため息を吐く。
2人の方に向き直ると、訝しげに俺を見る視線とぶつかった。
「…どうしたんですか?」
「あー、うーん…。そうだなぁ…。」
どうしたものかと後ろ頭をかく。
ブレンダンの本気はわかったが、ナギサとソーマの方の気持ちは計りかねた。
「あのさ、ナギサ。ブレンダンの話を聞いてやってくんないかな。」
「話、ですか?」
「そう。悩んでるんだよ、あいつ。だから、お前が話を聞いてやってほしいんだ。」
「わかりました。」
少し不思議そうだったが、ナギサは頷き、立ち上がる。
「ナギサ。」
その時。
まるでナギサを止めるように、ソーマの声が響いた。
ナギサが振り返る。
「この後、任務に付き合え。」
「…うん、別にいいけど。」
「…それだけだ。」
「わかった。じゃあ後でね。」
俺にも「行ってきます」と一言言って、ナギサはエレベーターに向かって行った。
ナギサがベテラン区画からいなくなり、ソーマが立ち上がる。
「…ちなみに、何の任務か聞いてもいいか?」
「別に、決めてない。」
「あ、そう…。」
少し予想はしていたが、これは予想外と言っていい。
どんなにすごい奴でも、やっぱり人の子なんだと改めて思う。
一人物思いにふけっていると、ソーマがすっと俺の横を通り抜けていった。
「ちょ、ちょっと待てって!」
慌てて道を塞ぐように前に回る。
ソーマはものすごく嫌そうに眉をひそめた。
「…邪魔だ。」
「あと少しだけ待ってくれよ。」
「断る。」
「3分だけ!あと3分でいいから!」
ソーマがちらりと俺を見た。
そして何を思ったのか、妙なことを言い出す。
「…もしあいつが、ヒバリのことを好きだと言ってきたら、どうする。」
一瞬だけ、頭が真っ白になった。
“あいつ”とは、ブレンダンのことを言っているんだろう。
──もしブレンダンが、ヒバリちゃんを好きだと、言ってきたら?
「たたかうさ。」
きっぱりと言い切った。
「正々堂々と、ライバルとして。」
もちろん、俺は負けないけどな!…と声を大にして言ってやる。
ソーマはしばらく無表情に俺を見詰めた後、一言「そうか」と返して、再び歩き出した。
…たたかうさ、もちろん。
相手が誰であっても、フェアに。
例えその“たたかい”に負けてしまったとしても、ヒバリちゃんが幸せになってくれるなら、俺はきっと負けたとは思わないから。
それにしても、なぜ急にそんなことを聞いてきたんだろう。
自分もそうだと、伝えたかったんだろうか。
ソーマの背中を見ながら首を傾げる。
エレベーターに乗り込むソーマの姿を見て、ハッと我に返った。
「げっ!? ソーマ、待てよ!」
手を伸ばしたが遅かった。
エレベーターは無情にも俺を置いて上に行ってしまった。
「はぁ…。」
ため息を吐く。
頑張れ、ブレンダン。
〜Fin.〜
あとがき
初のブレンダンでした。…若干vsソーマ。ブレンダンは、そうと決めたら迷わず行動するタイプだと思います。
そしてストレートにいっちゃうタイプだと思います。
2011/4/30(微修正:2011/10/12)