雨の唄
短編 GOD EATER / GOD EATER BURST
きづいて、はやく
早朝が終わるくらいの時間帯。食堂の人影はまばらだった。
それでも躊躇うことなく中に入れたのは、カシャンカシャンと止むことなく響く食器の重なり合う音が、ここがすでに稼働していることをおしえてくれたからだ。
配給を受け取り、適当に席に着く。
仕事があるわけでもないのにこんな時間に起きてくるなんて珍しいと、自分で思っていた。
もしかしたら、誰よりも遅く寝るくせに、誰よりも早く起きる第1部隊の隊長に、影響されているのかもしれない。
思い出したように、ざっと食堂内を見渡した。
予想に反して、目に留まるものは何もなく、再び味気のない朝食に目を落とす。
なぜか、ため息を吐きたくなった。
それはきっと、この美味しいとは言えない食事のせいだ。
このご時世に食料の配給が確約しているだけかなり恵まれているというのに、その上味を追求しようなどと贅沢な話だったか。
巨大なトウモロコシの一粒にフォークを突き立てた。
以前、このただデカいだけのトウモロコシを美味しいと感じたことがあった。
それはいつだったろう。
なぜこんなものを美味しく感じたのだろう。
「ソーマ。」
反射的に手が止まる。
迷うことなく、振り返った。
よく知る者に名前を呼ばれたのだから、それは当然のこと。
わからないはずない。毎日聞いてる声だ。同じ部隊だから。
声の主は、誰より眠らない…否、眠ることを許されない、うちのリーダー。
ナギサは、目を合わせた俺を見詰めて微笑む。
「おはよう。珍しいね、こんな時間に。」
「…ああ。」
「ねぇ、一緒に食べてもいい?」
「…好きにしろ。」
素っ気ない承諾の言葉に、ありがとうと一言返して、ナギサは配給を受け取りにカウンターに向かう。
…なんとなくだ。別に理由はない。
ただなんとなく、フォークを置いて、その後姿を目で追った。
ナギサのことは、なぜか見ていて飽きなかった。
自分で不思議だと思う。
ナギサの周りだけ、他と空気が違うように感じる。
そのやわらかい笑みとあたたかな雰囲気は、俺だけじゃなく、きっと多くのものを惹きつけるんだろう。
今来た男もその1人、か。
「よぉ、ナギサ。今から飯か?」
「あ、リンドウさん。おはようございます。」
近付いてきたリンドウに、ナギサはご丁寧にも笑顔で挨拶を返した。
それを眺めながら眉根を寄せる自分に気付き、わけもわからず苛立つ。
「せっかくだ。ナギサ、一緒にどうだ? ちょっと話があるんだ。」
「あ、はい。」
──“話がある”
そんな言葉が出てこなければ、ナギサはきっと頷かなかっただろう。
「お、ソーマ。お前にしちゃ早いな。」
「ごめん、ソーマ。やっぱり向こうで食べるよ。」
トレーを持って戻ってきたナギサと、その横に並ぶリンドウを視界に入れ、言い知れぬ不快感を覚える。
──向こうで“リンドウと”食べるんだろ?
背を向けようとしたナギサの腕を掴み、止めた。
「…ソーマ?」
疑問の声をもらしたナギサの方は見ずに、リンドウを睨み据える。
「…俺が先約だ。」
面食らうナギサとリンドウ。
俺自身、同じ心持ちだった。
時間にして数秒に満たなかったであろう間を待って、リンドウが肩をすくめる。
「そうか。悪かったな。まあ大した話じゃないんだ。」
また今度な、とナギサに言い残し、リンドウは大人しく引き下がった。
奥の席に腰を下ろすまでを見送り、ため息を吐く。
そして、そこでやっと、ナギサの視線と、まだ自分が彼女の腕をしっかりと握り締めている現状に気が付いた。
「…いつまで突っ立ってんだ。座れよ。」
ぱっと手を離し、誤魔化すようにそんなことを言う。
座れないようにしていたのは、他でもない自分だというのに。
ナギサは何も言わずに席に着いた。
ただいつものやわらかい笑みとあたたかな雰囲気を湛えて。
「…何ニヤついてんだ。」
「ううん、別に。なんでもないよ。」
こんな朝食を、にこにこと笑顔で食べ進める彼女の向かい。
そこに座る男が、リンドウではなく自分で、本当によかったと思った。
このただデカいだけのトウモロコシでさえ、美味しく感じられるから。
〜Fin.〜
あとがき
自分で書いていて、「中学生か!」とツッコミを入れたくなりました。自分で自分に言い訳ばかりしているソーマですが、
本文中に一度だけ、主人公のことを好きだと認めちゃっている表現があります。
とり方としては、恋愛的な意味に限りませんが。
ちなみに、2人は両想いです。
タイトルは、主人公の方の気持ち。
…けど、主人公の方から動くか、何かきっかけが起きないと、ずっとこのままでいそう。
そのきっかけ話を、ソーマvsリンドウにもっていけないかなぁ…。
でもそうなると必然的にソーマオチか…。
2012/4/10