雨の唄
短編 GOD EATER / GOD EATER BURST
涙の止め方
夜も更けてきた頃。各々が自室に戻って明日に備えているだろう時間。
ベテラン区画の自動販売機前までやってきて、視界に入ってきたものを認識した瞬間、引き返したい衝動に駆られる。
ただ飲み物を買いに来ただけだというのに、ツイてない。
内心舌打ちし、それでも引き返さなかったのは、目が合ってしまったから。
ここで無視すれば余計面倒なことになりかねない。
少なくとも後々うだうだ言われることになるだろう。
諦めたように一つため息を吐いて、“面倒事”に足を向ける。
言っておくが、決して心配したわけじゃない。
「…どうした。」
「ソーマさぁん…。」
声をかければ、ナギサはいかにも頼りない様子で名前を呼んでくる。
その瞳に涙を湛え、湛えきれなかったそれはボロボロと頬を伝った。
心配するより先に怪訝に感じたのは、彼女に取り乱した様子がなかったからだ。
「飲み過ぎで涙腺が結合崩壊です。」
「お前未成年だろ。リンドウか?」
「飲んだのはジュースです。」
「酔ったわけじゃねえのかよ。」
まあ、酔っているという感じではない。
呆れたような声色で言うと、ナギサは哀しそうに笑う。
…その顔で、泣いている理由がわかった。
もう見慣れてしまったほどに、何度も見た顔だ。
(またか…。)
まったくこいつは、どうしようもないやつだ。
ナギサが極東支部に入ってからもう結構立つが、よくここまで生き残れたものだと純粋に思う。
何せ新人時代は目も当てられないほどに弱かった。
第1部隊隊長となった今では幾分マシになったが、それでも頼りになるとは正直言い難い。
だから、足手まといだ何だと疎まれ、加えてその立場を妬まれる。
ここに入ったことも、リーダーとなったことも、毎日アラガミと戦っていることも。
決して、こいつが好きでやっていることではないというのに。
世の中というものは、本当に理不尽だ。
「…ヤケ酒ならぬヤケジュースですね。」
「聞いたことねぇぞ、そんなの。」
本当に涙腺がイカレちまったのか、笑っているのに、ナギサの涙は止まらない。
どうすればいいのか、対処に困る。
最初に訊いたときにナギサは理由を語らなかったから、あえて聞くこともないだろう。
なら何を言えばいいのだろうか。
「ソーマさん、慰めてください。」
「バカか。男にそんなこと言うんじゃねえ。襲われても知らねぇぞ。」
「どうしてですかっ、泣いてるのに!」
責めるように言われ、(あくまで親切心で)注意してやった自分が馬鹿らしくなる。
こいつは、慰めるどころか襲うの意味さえ理解していないのだろう。
ため息を吐く。
こんな時、どうしたらいいのかわからない。
きっとリンドウやサクヤなら上手くやるんだろうが。
残念ながら俺は、泣いているオンナノコを元気付けてやれるような言葉など知らない。
何かないものかと視線を辺りにめぐらせ、目に留まったのは自販機だった。
そもそもここに来た目的は飲み物を買うことだったと思い出す。
もう、これくらいしか思いつかなかった。
自販機でソーダを1本買って、無言でナギサに差し出す。
「くれるんですか。」
「ああ。」
「珍しく優しいですね。」
「珍しくは余計だ。」
「でも炭酸嫌いです。」
「テメェ…。」
ぐにぃっとナギサの頬をつねる。
「いはいれふ。」
「…ったく。勝手にしろ。俺は部屋に戻る。」
手を離して踵を返す。
人の配意を悪気なく無下にしてくれる泣き虫リーダーなんぞに構ってられるか。
「待って。待って下さい…。」
コートを掴まれ、足を止めた。
「…ごめんなさい、ソーマさん。このままでいいですから、もう少し、傍にいてください…。」
背中から聞こえてきたその声は、消え入りそうなほどに小さく、儚い。
ため息を吐く。
ここに来て、すでに3度目のため息だ。
…悪いがこのままの状態でいるというのはご免こうむる。
「離せ。」
「ソーマさん…。」
「ここにいてやるから、離せ。」
一拍間を置いて、コートを握る手の力が緩んだ。
振り返ってみれば、やはり相変わらずで、ナギサはぼろぼろ涙を零しながら俺を見上げている。
傍から見れば、きっと俺が泣かしたように映るんだろう。
躊躇いがちに、手を伸ばした。
不思議そうに、ただ俺を見詰めるナギサのその頬に触れる。
目元に溜まった涙をすくってやれば、それは指を伝い、下に流れ落ちていった。
「…お前は、お前なりに一生懸命やってる。」
俺たちは、ちゃんとそれを知ってる。
だから、何も知らない連中の心ない言葉に、いちいち傷付く必要はない。
…俺にそれを教えてくれたのは、他でもないお前だと言うのに。
「もう泣くな。」
一つ瞬きし、それによって零れた一筋を最後に、ナギサの涙はやっと止まった。
いつもの屈託ない笑顔を見せてくれたことに安堵する。
「…ソーマさん。…ありがとうございます。」
「ああ。…もう寝ろ。」
そう言ってやれば、ナギサは返事をして頷く。
しかしそこから動こうとしなかった。
まだ何かあるのかと疑問に思ったところで、ナギサから「ソーマさん」と声がかかる。
「なんだ。」
「やっぱりそれ、もらってもいいですか。」
ナギサの目線の先を追えば、そこにあったのは、さっき買ったソーダの缶。
「…飲むのか。」
「はい。」
炭酸が嫌いだと言ったのに、おかしな奴だ。
そう思いはしたが、黙って差し出す。
受け取ったナギサは、ありがとうございますと小さく頭を下げた。
「おやすみなさい。」
「ああ。」
律儀にもきちんと挨拶をしてから、ナギサは自室へと戻って行く。
その後ろ姿を、何とはなしに見送った。
「…ソーマさん。」
不意に名前を呼ばれる。
数歩進んだところで、ナギサが足を止めた。
俺は返事をするでもなく、ただ彼女を見詰める。
こちらに背を向けたまま、ナギサは言った。
「…もし、また私が泣いていたら、さっきみたいに、涙を止めてくれますか。」
しんとしたここに響いた彼女の声。
震えているように聞こえたのは、きっと気のせいじゃないんだろう。
…本当にこいつは、どうしようもないやつだ。
泣き止んだそばから、次に泣く時のことを考えるなど。
「…断る。」
告げれば、ナギサの肩が小さく震えた。
彼女が今どんな顔をしているのか、見なくてもわかる。
でも、承諾してやるわけにはいかない。
お前は、こんなところで泣きながら、ただ誰かが来るのを待ってるつもりなのか。
無知な上に無防備で、何もわかってない。
…何も。
「ナギサ。」
名前を呼ぶと、彼女は躊躇いがちにゆっくりと、こちらを振り返った。
わかってはいたが、また目は潤んで、泣きそうな顔。
…少しは深読みってやつをしてもらいたいものだ。
いつも俺がお前を見つけるとは限らない。
次にお前のその涙を止めるのは、俺じゃないかもしれないんだ。
だから──…
「今度は泣く前に、お前から俺のところに来い。」
その時は、お前が涙を零すその前に、俺が止めてやるから。
──…だから、他の奴の前で泣くんじゃねえぞ。
〜Fin.〜
あとがき
自分で書いておいてなんですが…、ソーマは優しいけど、そんなに甘くはないと思う。だったら自分で努力しろとか、相手を思ってこその厳しい言葉をぶつけそう。
…まあ、今回はたまたまソーマさんも感傷モードだったってことで!
2011/09/27(微修正:2011/10/09)