雨の唄

短編 GOD EATER / GOD EATER BURST

知っていた。

お前がリンドウを想っていることを。


気付いていた。

俺がお前に惹かれていることに。


わかっていた。

決して報われることはないと。



たとえ、どれだけ愛していても──…。




リンドウが生きていることを信じ、ずっと待ち続けていたのは彼女だけではなかった。

俺も、サクヤも、他の連中も、皆同じ。

しかし救い出したのは、他でもない彼女だ。


なのに、帰ってきたリンドウが真っ先に抱き締めたのは、彼女ではなく、サクヤだった。



2人の結婚式の日。


見慣れたアナグラで執り行われた披露宴はとてもささやかなもので、それでもここにできる目一杯の華やかさだった。

ここの連中もできる限りの良い格好をして式に臨んだ。

これから先、そう何度も着る機会はないだろう正式な衣装を、あの金に固執する第3部隊の2人でさえ用意するほどだ。


誰もが祝福した。

リンドウとサクヤが共にある未来を。


それは、俺も彼女も同様だった。



「ナギサ…? どうした…?」

突然泣き出した彼女に、リンドウは動揺する。


それは、彼女が隣り合う2人に祝辞の言葉を述べていた時だった。

本当に突然で、何の前触れもなかったから、周りの連中は一様に驚いていた。

わかっていたのは、俺くらいだろうか。…彼女の限界に。


彼女は首を振り、涙を拭いながら、笑顔を見せる。

それは、リンドウとサクヤを安心させるための笑顔。

自分の心を押し殺し、必死に繕った笑顔だ。


「…すみません。嬉しいんです。…サクヤさん、ずっと、あなたを待っていましたから。」


決して嘘偽りを並べた言葉ではない。

それも確かに理由の一つだっただろうが、それ以上に大きな理由があるはずだった。

自分の弱い部分を人に見せたがらない彼女が、思わず涙を見せてしまうほどの大きな理由が。


“嬉しい”以上に感じる“苦しい”。

リンドウのことを、サクヤと同じ心持ちで待っていた女を、俺はもう一人知っていた。


「…幸せに、なってください。リンドウさん、サクヤさん。」


止まってくれない涙を拭うことを諦めた彼女は、泣きながら、笑った。

それがあまりにも痛々しくて、俺は自身の表情を繕うのを忘れてしまっていた。

目をそらしたくても、そらせなかった。

彼女の横顔を黙って盗み見ている俺は、ひどく顔を歪めていたことだろう。


「ああ。ありがとう、ナギサ。」


少し困ったように、でも嬉しそうな笑みを向け、リンドウが彼女の涙を左手で拭ってやる。

その笑顔が、その優しさが、今の彼女を何よりも傷付ける刃であることを、リンドウは知らない。




やっと一見普段通りの表情を見せるようになった彼女が不意に席を立ったのは、盛り上がりも一段落ついて、各々が好き勝手に動くようになってからのことだった。

エレベーターを呼ぶボタンを押した彼女を、どこかに行くのかとコウタが呼び止める。

酒の匂いにあてられたから夜風に当たりに行くなどという、もっともらしい理由をつけて笑顔をつくった彼女に、コウタはわかったと一言だけ返した。

この場を離れていく彼女をじっと見送っていたコウタの瞳は哀しみの色を帯びていて、もしかしてこいつも…と考えたところでコウタがこちらに顔を向ける。

自嘲気味な苦笑を浮かべ、ため息混じりに「ソーマは大丈夫?」なんて訊いてくるから、こいつは意外にもきちんと物事を把握できる奴なのだと改めて感じた。

俺が何の反応も返さないことをどう捉えたのか、コウタはジュースもらってこようなんて、別に口に出して言わなくてもいいだろうことを口にしながら、背を向けて階下に降りて行く。

俺は一切口を付けてないグラスをテーブルの端に置き、ボタンを押せばすぐにやってきたエレベーターに乗り込んだ。



今日は満月らしかった。

しかし生憎天気は曇りで、月は闇色の雲の奥に隠され、地上に少しの光も与えてはくれなかった。

ただ黒いだけの空を見上げる彼女の瞳には、当然夜の闇しか映らない。


音も気配も殺さなかった。

だから気付いたはずだ。

近付いてきた俺にも、俺がとるだろう行動にも。


後ろから、彼女の肩を抱き締めた。


「ナギサ。」


その冷えた首筋に顔を寄せ、彼女の名前を口にする。

呼んだわけではなかった。

ただ、口に出して彼女の名前を言っただけだった。


彼女は抵抗も拒絶もしない。

かといって受け入れることも応えることもしなかった。


一言やめてと言われていたら、俺は大人しく身を引いただろうか。


彼女はきっとわかっていただろう。

俺がこれから言うことを。


身勝手で残酷な言葉を。



「お前が好きだ。俺と付き合え。」



あいつの代わりでも、一時の感情でも構わない。


いや、違う。

そうでなければ、手に入らない。



「…うん。」



振り向かせた彼女と、唇を重ねる。

ずっと焦がれていたそれは、涙の味しかしなかった。

しょっぱいどころか、苦い。

いっそ最低だと罵って殴ってくれればよかったのに

心が満たされることはなく、ただ痛みだけが増していく。
−End.−

あとがき

どちらも報われない結末。
時々、無性にこういう暗い感じのものを書きたくなる。
自分で書いておいてなんですが、読むの苦手なんですよね、悲恋…。
2011/7/20
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