雨の唄

短編 GOD EATER / GOD EATER BURST

不器用だけど

彼は、不器用な人だと思う。


お世辞にも人付き合いが上手いとは言い難い。

いや、はっきり言って下手だ。

自分から進んで人と関わっていくようなタイプではないし、口数も少ない。


でも決して人が嫌いなわけではないんだと思う。

どちらかと言えば人に疎まれがちな自分を嫌っている節があるくらいだ。


ただ、人に近付いて行く術を知らないだけなんだろう。

ぶっきらぼうな態度や、冷淡な物言い、綺麗とは言えない言葉遣いが、周囲を誤解させている。


彼は、冷たい人間なのだと。


本当は誰よりも優しい人なのに。



腕組みをしてソファにどかっと腰を下ろしているソーマは、無駄に高圧的な雰囲気をまとっている。

ソーマのことをよく知る人であれば、それが彼の普通だと理解しているだろう。

しかしそうでなければ、関わり合いになりたくないと感じるに違いない。

なにせ、目付きは鋭いし、声は低いし、とりあえず恐い。

損な人だな…とよく思う。


カウンターにもたれながら、ぼけっとソーマを見ていたら、目が合った。

挨拶代わりに笑顔を向けて、ひらひらと手を振ってみる。

すると、彼は立ち上がってこちらにやってきた。

なのでカウンターから身を離し、きちんと立つことにする。


「どうしたの?」

「一人で行くのか。」


今から私が任務に行くということを、ソーマはわかっているらしい。

私はカウンターの側でじっとしているし、受付嬢のヒバリちゃんは手元のコンピューターを操作している。

任務受注手続きの完了を待っているのだと容易に察しがついたのだろう。


「うん。ヴァジュラ3体だもん。」

なんてことない、という風な口調で明るく伝える。


これでも一部隊を預かる身だ。

単独での任務など、ザラにあることだった。

誰も私の任務完遂を疑わない。

それはつまり信用されているということだ。

彼とて例外ではないだろう。

…と、勝手に思っているのだが、実際はどうなんだろう。


ソーマは結構わかりやすい人だけど、それでも気持ちの奥底までは読み取れない。

だから……。


「俺も行く。」


…という、彼のこの言葉の意図するものが何であるかに、私は確信が持てなかった。

はっきりと知ってしまうことが怖いとさえ思う。


「なんで? 心配してくれてるの?」

そんなふうに茶化すようにして尋ねるのは、「違う」と答えられても平気でいられるための予防線だった。


ソーマはふいと顔を背けて「別に」と返す。

ちらっとだけ見えたその顔は、少し赤かった気がした。

…なんて、もしかしたら都合の良い見間違いかもしれないけど。


「私なら大丈夫だよ。ソーマ、今日休みでしょ?」

「ここにいたって暇なだけだ。」

それだけ言うと、ソーマは私の承諾を待つことなく、ヒバリちゃんに任務参加の旨を伝える。

黙って私とソーマのやりとりを見守っていた彼女は、笑顔とともに了承の返事を返した。


「行くぞ。」

「…うん。」


嬉しい。

…と、素直にそう感じる。


たとえ、彼のこの心配りが、仲間への思いやりからくるものだとしても。


「…ありがと。」


小さくお礼を言うと、彼はやはりこちらに顔を見せず「別に」と返した。




◆ ◆ ◆




しくじったな、と思った。

リンドウさんの言葉を借りるなら、「しくった」というやつだ。

…まあ、ただの省略形なのだから言い換える必要などないのだけど。

そんな明らかにどうでもいいことを考えられるだけの余裕を保っていられるのは、一人じゃないからだろうか。

それとも、彼が傍にいるからだろうか。



閉ざされた狭い空間で、三方向から咆哮が轟き、次いで雷撃が迫る。

慣れたもので、容易くかわせるが、息吐く暇はない。

一度ここから抜けて広い場所で戦いたいとは思うが、それは許してもらえなさそうだ。

なにせこいつらが盛大に暴れてくれたせいで瓦礫が崩れ、出口が塞がれてしまった。

どかせなくはないだろうが、相手をしながらは辛い。


チッ…という、ソーマの舌打ちが聞こえてくる。


ああ、そうか。

バスターは複数相手には向かないんだった。

あらかじめヴァジュラ3体だと伝えたのに、と苦笑する。

わざわざ自分の休暇を潰してまで他人の任務に付き合ってくれるなんて、ソーマって本当に──…


「ナギサッ!!」

「っ!!」


飛びかかってきたヴァジュラに一瞬反応が遅れて、避けることができなかった。

重い衝撃が奔る。

装甲で防ぐものの、踏ん張り切れず突き飛ばされ、瓦礫の中に突っ込んだ。

痛みを認識する暇も与えられず、追い打ちをかけてくるヴァジュラの姿を視界に捉え、慌ててその場を離れる。

ヴァジュラのとっしんで瓦礫が吹き飛んだ。


どかす手間が省けたな…なんて他人事のように考える。


勢いで外に出た1体を見据えた。

撲ち付けた箇所が痛むが、そんなものに気を取られてなどいられない。


神機を握り直す。


これで場所が開けた。

もう苦戦することもないだろう。


何か言いたげな顔をするソーマには気付かないフリをして、猛り狂うアラガミに刃を向けた。



そして、わずか数刻。

ヴァジュラ3体の掃討を終える。


任務完了の報告を入れてから、ふぅと壁にもたれかかり、そのままその場に座り込んだ。


「…大丈夫か。」

近付いてきたソーマが、少し屈んで、上から覗き込むようにして尋ねてくる。



──もし。

もし、大丈夫じゃないと言ったら、あなたはどんな反応をするだろう。


呆れてしまう?

それとも、心配してくれる?



…何を考えているんだろう、私。

もうとっくに心配をかけているというのに。


表情には出さず、ただ心の中だけで自嘲する。


「…うん。大丈夫。」

大したことはないと証明するように笑みを見せ、立ち上がりつつそう返した。

ソーマはしばらく様子をうかがうようにこちらをじっと見ていたが、やがて姿勢を正す。


「…そうか。」


差し出すべきか迷っていたんだろう彼の左手は、結局伸ばされることなく引っ込められた。


背を向けてソーマはさっさと歩き出す。

でも、時々気遣わしげにちらりと後ろを振り返ってくれていた。

そんな彼を、ゆっくりと追いかける。


少し距離を取って、ソーマの後ろを歩いた。

手を伸ばしても届かないけど、少し歩を早めれば隣に並べる。

そんな距離。

これが普通で、ちょうどいい。

…少なくとも私は、そう思ってる。


足もとばかり見て歩いていたせいで、ぼすっと急に何かにぶつかった。

衝撃によろけなかったのは、しっかりと支えられていたからだ。

ソーマの腕に。

ぶつかった何かはソーマだったらしい。


「何やってんだ、お前。」

「ごめん。前見てなかった。」


距離を取ろうと、やんわりと押し退ける。

でも思いの外強く掴まれていて、そうもいかなかった。


「あの…」

「ふらついてんじゃねぇか。」

「…そんなことないよ。」

「無理すんな。…肩くらい貸してやる。」

「大丈夫だから。」


甘えたくなかった。

きっとソーマは、甘えさせてくれるだろうから。

それが、いやだった。


ソーマがため息を吐く。


「…せめて、平常を装わずに歩け。」

「え?」

「痛むんだろ。歩みなら合わせる。」

「…痛くない。先に行って待っててよ。そっちの方が嬉しいから。」

「…んなことできるか。」


──どうして?

口には出さず、視線だけで問う。


彼は顔を背けた。


「…別に。理由はない。」

「そう…。」


沈黙が流れる。


ヘリまで遠いな…なんて考えた。

大した距離じゃないというのに、そんなふうに思うあたり、やっぱり痛むんだ。


肉体的な痛みは、時に精神的な痛みに掻き消される。

この状況なら、ある意味それは幸運かもしれない。


いつの間にか俯いていた私を、ソーマが不意に引っ張った。

痛みで思わず顔を歪める。


「やっぱり痛むんじゃねぇか。」

「そりゃあ、そんな乱暴に扱われたらね。」

「掴まってろ。行くぞ。」

「…ううん。いい。」

「うるせぇ、大人しく掴まれ。じゃねぇと抱えてくぞ。」


どういう理屈なんだと思った。

でも、私を支えてくれる彼の顔が真っ赤だったから、そんなことどうでもよくなる。



…本当に不器用な人。

だけど、…本当に優しい人。


ぶっきらぼうな態度は、不器用なあなたの伝わりづらい優しさなんだと、ちゃんと知ってる。

そんなあなたに、呆れにも似たもどかしさを覚え、でも、すごく惹かれた。



「ソーマ。」

「なんだ。」


──絶対口には出さないけど、私…



「ありがとう。」

「…別に。」



──あなたのことが好き。
〜Fin.〜

あとがき

ソーマ→女主(17)のパターンが多いので、たまには逆に。
埋められるはずの距離を埋めたがらない、もどかしい感じの彼女を書きたかった。
結局はソーマも彼女も不器用…っていう。
2011/06/05
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