雨の唄

短編 GOD EATER / GOD EATER BURST

今日という日も、あとわずか。

あと数分で、終わる。

終わってしまう。

でも、一向に扉が開く様子はない。

足音が近付いてきたからと顔を上げてみても、開くのはここではない別の部屋の扉。

再びうつむく。

何度これを繰り返しただろう。


暗い部屋の中、ソファの上に膝を抱えるようにして座って、待っていた。

彼のことを。

ただ、信じて待っていた。

ソーマのことを、ただ──

3月15日

3月14日。

ホワイトデー。


今日から一ヶ月前のバレンタインデーに、女の子から想いを受け取った男の子が、お返しをする日。

私の中ではそういう認識の日だった。

そんな大したイベントではないかもしれないけど、それでもいつもより気持ちが弾む。


ソーマはきっと、ホワイトデーなんて忘れちゃってるんだろうな。

バレンタインデーもおもいっきり忘れてたし。

でも、2月14日にはちゃんとチョコを渡しているわけだし、上手い具合に2人とも休暇だし。

今日は一日ワガママを聞いてもらおう。

そんなことを考えて、勝手に一人うきうきしていた。


とりあえずソーマの部屋に行こうと自室を出ると、ちょうどソーマが部屋から出てきた。

まだ割と早い時間なのに、珍しいなと思った。

休みの日は、一日部屋から出てこなかったりする人だから。


「ソーマ、おはよう。」

「ああ、ナギサか。」

「どうしたの? 珍しいね、休みなのに。」

「緊急で仕事が入った。たぶんお前も駆り出されることになるぞ。」


真顔でそう言われ、さっきまでの緩んだ気持ちは一気に引き締まる。


休暇中の人間まで駆り出される朝からの急な仕事。

第1部隊員のソーマが出るなら、間違いなく第1部隊隊長の私も出ることになるだろう。


「何かあったの?」

「…さあな。理由はわからないが、今朝方からアラガミが活発化してるらしい。」

「そっか、わかった。私もとりあえずエントランスの方に行ってみる。…じゃあ、任務頑張って。」


それだけ言って、一度部屋に戻って支度をしようと、引き返す。

今は、休暇が潰れて残念だなとかよりも、とにかく仕事をしなければと思った。


部屋の扉を開ける直前。


「ナギサ。」


呼ばれてくるりと振り返る。

彼は人の名前を呼んでおいて、なぜかそっぽを向いていた。

少し顔が赤いような気がする。


首を傾げて、ソーマの言葉を待った。


「…今日の仕事が全部片付いたら、俺の部屋に来い。」

「え?」

「お前の方が早かったら、俺が来るまで待ってろ。」


そう言い終えてから、ソーマは私と目を合わせる。

睨むぐらいの勢いで私を真っ直ぐ見詰め、「いいな?」と念を押した。


「…えーっと。それって、つまり…?」

「深く考えるな!黙って頷け!」

「う、うん。わかった。」


おとなしく頷くと、彼はふいと背を向けてさっさとエレベーターの奥へと消えて行く。

しばらくぼーっと、誰もいなくなった廊下を見詰めていた。


…もしかして、ホワイトデーのこと、覚えていてくれたのかな?


まだ始まってもいない任務が終わった後のことを考えて、私は嬉しくなったのだった。




◆ ◆ ◆




任務を全て終えてアナグラに戻ってきた頃には、とっくに日が沈んでいた。


息を吐く。


勝手にソーマの部屋に入って、勝手にソファに腰を下ろした。

ヒバリちゃんに確認したら、ソーマはまだ帰ってきていないらしい。

まだしばらくは帰って来られないだろうと教えてもらったけど、それでもなんとなく、ここで待っていたかった。


今日は結構面倒な任務が続いたと思う。

他のみんなも苦労しただろうなと、天井を見詰めながら考えていた。


今日の朝から、なぜか第二種接触禁忌アラガミが大量発生し出した…ということだった。

第1部隊が総動員で駆り出されることになったのも頷ける。


私の方は、ヘラ、ゼウス、ポセイドン、アイテールと、一通り討伐することになった。

1体ずつとかではない。

複数同時討伐だったり、連続討伐だったり、同じような任務を複数回だったり、とにかくたくさんだ。

かなり疲れたけど、まあ無事に終わらせることができてよかったと思う。

あとはソーマが帰ってきてくれれば、それで全部終わりだ。


ソファに身を沈めて、この部屋の主が帰ってくるのを心待ちにする。


早く帰ってこないかな。

そう、何度も心の中で呟きながら。




◆ ◆ ◆




ちらりと時計を見やった。


今日という日も、あとわずか。

あと数分で、終わる。

終わってしまう。

でも、一向に扉が開く様子はない。

足音が近付いてきたからと顔を上げてみても、開くのはここではない別の部屋の扉。

再びうつむく。

何度これを繰り返しただろう。


暗い部屋の中、ソファの上に膝を抱えるようにして座って、待っていた。

彼のことを。

ただ、信じて待っていた。

ソーマのことを、ただ──



足音が近付いてきた。

部屋の前で止まる。

もしかしてと思った。

だから……。


「ソーマ?」

扉が開いた時、顔を上げて思わず口にしたのは、一番会いたい彼の名前。


でも姿を見た時、すぐにソーマじゃないことに気付いた。


「あー…。悪いな、ソーマじゃなくて。」

ソーマよりも背の高い彼が、苦笑いする。


「リンドウさん…。あの、すみません…。」

「いや。…まだ起きてたのか。」


頷いて問いに答えると、リンドウさんは少し困ったように私から視線をはずす。


「…今日は、もう寝た方がいい。たぶん、もうしばらく帰って来られないと思うから。」


リンドウさんのそんな言葉を聞いた私は、きっと目に見えて落ち込んだ顔をしたんだと思う。

こちらを見たリンドウさんが、動揺したのがうかがえたから。


「悪い…。」

「いえ。リンドウさんが悪いわけじゃないです。」


平静を装ったけど、本当は心穏やかになどいられなかった。

ひとりで寂しい云々より、ソーマのことが心配で仕方なかった。

まだ帰って来られないというのは、どういう意味なんだろう。

ここからかなり遠い任地にいるからなのか、標的が見つからないのか、あるいは……。

…あるいは……。


「ナギサ…、そんな顔するな…。とりあえずあいつは無事だ。安心しろ。」


どうやら私は、全然平静を装えてなどいなかったらしい。

リンドウさんが本当に心配そうな声でそんなことを言うから、なんだか申し訳なくなった。

私のことを気遣って、わざわざ伝えにきてくれたのに、さらに余計な気苦労をかけてしまった。


「…すみません。」

「謝らなくていい。…あんまり、遅くならないうちに寝ろよ。」

「はい。」


ぽんっと、なぐさめるように私の頭に手を置いてから、リンドウさんは部屋を出て行く。

最後にこちらを振り返った時まで、とても心配そうな顔をしていた。


(ダメだな、私…。)


このフェンリル極東支部に入って、色々な経験をした。

ゴッドイーターとして着実に実力を付けて、あらゆるアラガミと対峙してきた。

リーダーに就任して、肉体的だけでなく精神的にもずいぶん成長したと、自分では思ってる。

いや、思っていた。

でも、実際はそうでもないのかもしれない。


任務で帰りが深夜になることなんて、そう珍しくない。

一睡もすることなく、そのまま次の日の任務を行うことだってある。

そんなこと日常茶飯事だ。

ソーマはベテランで、実力も経験もある。

人より優れた感覚と身体能力まで持っている。

大丈夫だって、ちゃんとわかってる。

わかってるのに……。


どれだけ多くを経験しても、この感情だけは抑えられないのだと知った。

不安。焦燥。恐怖。

それら全てがないまぜになったものが、心を揺さぶってくる。

嫌なことばかりが頭を過る。


何もかもを遮るように目を閉じた。


もうホワイトデーがどうとか、そんなことこれっぽっちも考えていられなかった。

ただ早く、ソーマが無事に帰ってきてほしい。


早く。

お願い。

どうか無事に。


すがるような祈りだった。

信じられる神を失ったこの世界で、それが一体どれほどの意味を持つだろう。

きっと何の意味もない。


でも。

それでも──



どこか遠くで、足音と扉の開く音がした。

すごく遠くから聞こえているような気がするのに、なぜかはっきりと聞こえる。


そして不意に、ぽんっと頭に手が置かれる。


リンドウさん?

…じゃない。


これは……


「…ソファで寝るな。風邪ひくぞ。」


ソーマの手だ。


彼の姿を確認して、一つ、ため息を吐いた。

もちろん、安堵のため息を。


「…それ、ソーマには一番言われたくないセリフかも。」

微笑んで、私が最初に返したのはそんな言葉だった。

次いで、彼を迎える言葉を口にする。


「おかえり、ソーマ。」

「ああ。」


大した怪我はないように見える。

本当に、安堵した。


私はいつの間にか眠っていたらしい。

時計を見ると、もう深夜1時を回っている。


見上げたソーマは、リンドウさんとはまた違う、心配そうな顔をしていた。

明かりも点けずにずっと暗い部屋にいたせいか、相変わらず暗いままのここでもソーマの表情がよく見える。


「…悪い。遅くなって。」

「ううん。無事に帰って来てくれたから、いい。…よかった、本当に。」


当たり前だろ…と、彼は笑みを見せる。


うん。

当たり前だと思う。

だってソーマは、強いし、…優しいから。


ソーマが私の横に座った。


「…日付、変わっちまったな。…今日でもいいか?」

「何が?」

急にそんなことを尋ねられ、私は思わずきょとんとする。

ソーマは顔を赤くして、チッと一つ舌打ちした。


「お前の方が忘れてんのかよ。…ホワイトデーだ。」

なんで男の俺が覚えてんのに…とかなんとか、ムスッとした顔でブツブツ言うソーマ。

思わずくすっと笑う。


「…うん、そうだったね。ちゃんと覚えてたよ?」

「嘘吐け。」

「ホントだってば。」


ただちょっと、ソーマのことが心配になって忘れちゃってただけ。

今日…じゃなくて昨日の朝なんて、結構はしゃいでいたと思うし。


「ね、ソーマ。何かくれる?」

「何が欲しい?」


「何でもいい?」

「ああ。」


「ホントに?」

「ああ。」


“何でも”で簡単に頷くなんて、お金に余裕があるからなのか、それとも……。


「じゃあ……。」


私の答えを予想していたからなのか。


「とりあえず、キスして?」


最後まで言い終わらないうちに、ソーマに引き寄せられる。

強く身を抱くその腕と、重ねられた唇の、感触と熱が確かに伝わってきて、本当に無事でよかったと、改めて感じた。




今日こそ、一日ワガママを聞いてもらおう。



一日遅れのホワイトデー。

きっと、素敵な一日にしてくれるよね?
〜Fin.〜

あとがき

ホワイトデー記念でした。
バレンタインデー記念がソーマだったから、ホワイトデー記念もソーマ。
…ということにしちゃったけど、これはリンドウさんでもいけたな。
むしろリンドウさんの方がよかったかも…?
2011/03/16
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -