雨の唄

短編 GOD EATER / GOD EATER BURST

甘い誘惑

「じゃーん!見て見てソーマ!」

「…なんだ。」


いきなり部屋にやってきたと思ったら、ナギサはでーんと紙袋を掲げてみせた。

中からものを取り出し、目の前に突き出してくる。


彼女が手にしているのは、チョコレートだ。

…正確には、一口サイズのチョコがいくつも入った小瓶だが。


「いいでしょ!」

「どうしたんだ、これ。」

「買ったんだよ!」

高かったんだから!…とナギサは嬉しそうに言う。


それはそうだろう。

お菓子などのいわゆる嗜好品は、生活に必須でない分、値段が高く設定されている。

しかしながら、決して手を出せない額というわけではない。


「…で?」

「ん?」

「だからなんだ。」

「あ。言っておくけどあげないよ。一粒も。」

「…………。」


まあ、それ自体は構わない。

チョコが欲しいとは思っていない。

もらえなくても、悲しいだとか悔しいだとかには、全くならない。


…しかし。

しかしだ。


「…何のために俺の部屋に来たんだ、お前は。」

という疑問を持つのは当然だろう。


ナギサは笑顔だ。

そして。


「自慢しに来た。」

と、そう言ってのけた。


ふぅとため息を吐く。

まあ、吐いてもいいだろう、これは。


ナギサは相変わらず上機嫌な様子で、人の部屋のソファに勝手に腰かける。

大事そうにその手に抱いた小瓶からチョコを一つ取り出し、口に放り込んだ。

ふわりと甘い香りが部屋の中に広がっていく。


間違いない。

彼女は見せつけるように食べている。


別にチョコが特別好きなわけでも、今食べたいわけでもないが、さすがにちょっと腹立たしい。


そこで、思い付く。

いろいろ思い知らせてやるという意味も込めた、“いいこと”を。


「…おい。」

「なに?」

「チョコよこせ。」

「んー、どうしよっかなぁ。」


あげるつもりなど毛頭ないだろう。

しかしこちらも、その小瓶の中のチョコなど、もらうつもりは微塵もない。


ソファに座るナギサににじり寄る。

異変に気づいたらしい彼女は警戒するような目付きでこちらを見上げた。


「一粒もやらないって言ってたな。」

「…? うん。」


口角を上げて笑う。

その笑みに身の危険を感じ取ったナギサは、その場から離れようとするが、もう遅い。


逃げようとする彼女の腕を捉え、その細い顎を掴んでこちらを向かせた。


「俺も“一粒”ももらいたいとは思ってない。」


“一口”もらえれば、それで満足だ。


そう囁き、口付けた。

途端に口の中が甘い香りに満たされる。

彼女の、チョコレートの、甘い香りに。


逃れようともがく彼女を押さえ付け、そのままソファの上に押し倒した。


唇を離し、ナギサを見下ろす。

彼女はキッと睨んでくるが、それは俺を愉しませる要因にしかならない。

にやりと笑ってみせると、ナギサは顔を真っ赤にして顔をそらした。


「…ソーマのバカ。」

「期待してたんだろ?」

「っ!…してないっ!」

「どうだか。俺を挑発してたじゃねぇか。」

「それは……。」

ナギサは口をつぐんだ。


表情から察するに、どうやら理由があるらしい。

しかし言いづらいことなのか、彼女はなかなかその理由を言おうとしない。

まあ言いたくないというのなら別にそれでも構わないのだが、この体勢のまま待つのは正直辛い。

…いろんな意味で。


彼女はしばらくあーだのうーだの唸ってから、やっと目を合わせてきた。


口を開いた彼女から発せられたのは…、

「…ソーマ、今日何の日か知ってる?」

という問いだった。


少し考えたが、思い当たる節はない。

そもそも今日が何月何日なのかすらわからない。


「……知らない。何かあったか?」

正直にそう答えた。


「…とりあえず、どいて。」

「…………。」


促され、仕方なくナギサの上から退く。

ため息を吐きたくなるほど残念な気持ちでいっぱいになるのは男の性のせいだと、自分で自分に言い訳した。


まあ、ナギサにその気がない今のこの雰囲気では、このままでいても無駄だ。

それに、彼女の問いの答えに興味があるのも嘘じゃない。


ソファに座り直し、ナギサも起き上がって若干乱れた髪を整えた。

彼女はふぅと、呆れとも安堵とも疲れともとれるため息を吐く。


…ため息を吐きたいのは俺だ。


「…で?」

やや不機嫌になりながら、答えを促す。


すると、彼女は例の小瓶を入れて持ってきた紙袋から、小さな箱を取り出した。

赤いリボンのかけられた、いかにも贈り物といった風貌の箱だ。

不思議そうに見詰めていると、ナギサがその箱を差し出してくる。


「今日は、バレンタインデーなんだよ。」

と言いながら。


同じことを繰り返す毎日だと、日付の感覚が薄れてくる。

加えて、この部屋にはカレンダーがない。

だからまるで気付かなかった。

今日が、2月14日だということに。


気付いてしまうと急に恥ずかしさが込み上げてくる。

…照れ臭い。

でもそれと同時に、…嬉しい。


「…もらって、いいのか?」

「うん…。」


受け取ってやると、ナギサは頬を赤く染めて微笑んだ。

つられて俺も笑顔になる。


礼の言葉を伝えようとして、しかしその言葉は口にできなかった。

すでにこの部屋に充満しているであろうものと同じ甘い香りが、再び口の中に広がる。


彼女の、不意打ちのキスだった。


「…ソーマ、大好き。」


すぐに離れていったその熱に、名残惜しさを感じる間もなく贈られたのは、彼女の甘い囁き。


そんな甘い誘惑に、耐えられるはずもなく。


「…俺も、お前が好きだ。」



本日3度目の、文字通り甘い口付けを交わした。
〜Fin.〜

おまけ

「…そういえば、理由を聞いてないぞ。」

「何の?」


「俺にやらないって言ったチョコを、俺の目の前で食べた理由だ。」

バレンタインデーだからは理由にならねぇだろと言えば、そういえばそうだったねなんて、彼女は笑う。


「ソーマ、どうせ今日がバレンタインデーだって忘れてるんだろうなって思って。」

「…?」

「別にチョコなんて欲しいとは思ってなかったでしょ?」

「ああ。」

「でも、ああやって目の前で食べられたら、ちょっと欲しくなるでしょ?」

「…まあ、確かに。」


そういうこと…とナギサは微笑む。

彼女の答えに、くだらない…とため息を吐いてやった。


「それに、せっかくだから一緒にチョコを食べようと思って。私もチョコ好きだから。」

「…これを一緒に食うんじゃ駄目なのか?」

「それは、一応ソーマにあげたものだから。」

「そうか。」


しかしそう言っていながら、ナギサは俺がチョコを食べているのをただ見ているだけだ。

自分はチョコに手を付けていない。


そんな彼女を見兼ね(たというわけではないが)、チョコを食べる手を止める。

ナギサは首を傾げた。


「まずい?」

「いや、美味い。」

「そっか。よかった。」

「…お前も食うか?」

「そう言ってくれるのはありがたいんだけど……、だからってキスするとかはナシね。」

「……ちっ。」
〜Fin.〜

あとがき

バレンタインデー記念でした!
今回は恋人同士な設定でイチャつかせてみました。
強引なくせに絶対無理強いはしない優しいソーマを目指してます。
その結果、若干ソーマが変態(…というかキス魔?)になってしまいました…。
2011/02/15
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