雨の唄

短編 GOD EATER / GOD EATER BURST

不器用だから

この《嘆きの平原》を残して水の中に沈む街並みをぼーっと眺める。

生温い風と雨とに打たれ、かなり不快だった。

しかし傘なんて持ったところで意味はない。

どうせすぐに放り捨てることになるのだから。



「ここって、いつも雨降ってますね。」

一緒に任務に来てくれているソーマさんに声をかける。

しかし彼は一切返事をしない。

それどころか今声をかけた私の方を見ようともしない。


むぅっと膨れて、恨めしげに彼を睨んでみたが、こちらを見ていないのだから効果などあるはずもない。


「見てください、ソーマさん!建物が水に沈んでます!」

ソーマさんに反応はない。


「なんかほら!神秘的かつ情緒的ですよ!」

とりあえず反応が欲しくて、自分で言ってることの意味も理解せずに、無駄に声をかけ続けた。


しかし……。


「ソーマさんってば!」

「うるせえ、少し黙ってろ!アラガミの位置が掴めねぇだろうが!」

気が散る!と一喝されてしまう。


もう少し優しく言ってくれたって…。

と、しゅんとしょげた。


「…だったらイヤホン取ればいいのに。」

「お前が黙れば済む話だ。」

「………。」


私のことなんて全く気にかけず、ソーマさんは周りを警戒する。

今は任務の最中なのだから、それは正しい行動だ。

それはちゃんとわかっていた。

でも、どうしても私はソーマさんに構ってもらいたかった。


なぜなら、私は彼に対して、特別な想いを抱いていたから。

この想いを何と呼ぶのか、ちゃんと知っている。

恋心、というやつだ。

そう。私はソーマさんのことが好きだった。


だから2人っきりのこの任務で、少しでも多く話して、少しでも彼の心に近付きたい。

…なんて、仕事中なのに不謹慎なことを考えていたのだった。


でも、そんな私の想いを知ってか知らずか、ソーマさんは冷たい。

彼のあまりのそっけなさにいじけて、アラガミを警戒することもせず、崖の下をぼんやりと見詰めていた。


「…おい。」

不意に、声をかけられた。

驚きと喜びを滲ませて振り返ると、ソーマさんもこちらに顔を向けている。


「何ですか?」

「際に立つな。」

「え?」

「お前のことだ、足を滑らせて落ちかねない。」

落ちても助けてやらねぇぞ…と、彼はそれだけ言い、また背を向ける。


むぅっと、私は再びむくれた。


「いくら私だって、落ちたりしませんよ!大丈夫で…ッ!?」


ズルッという音がした。

体のバランスが崩れる。


言ったそばから思いっきり足を滑らせてしまった。


「ナギサ!!」


落ちる。

…かと思われたが、間一髪だった。


ソーマさんが腕を掴み止めてくれる。


「ソーマさん…!」

「ったく、面倒を…。」


「あの、後ろに…。」

「あ?」


感動と感謝の気持ちもそこそこに、私は緊張していた。

それはソーマさんに手を握られているからという理由もあったが、それよりも深刻な原因があった。

目の前…というか、彼の頭上に。


「…ザイゴートです。」

「…撃て。」

「ムリですよ。今剣形態ですもん。」

「切り替えろ!早く撃て!」

「ムリですってば!だって私……」


どんっ。

という鈍い音を上げ、ザイゴートがソーマさんに突進する。


「…“不器用”、ですから。」


衝撃で前のめりになったソーマさんは、支えを失い、当然……、


「バカ野郎ぉっ!!」


私ともども崖の下へと落下していった。




◆ ◆ ◆




目を覚ました時、目の前に広がっていたのは、暗い灰色だけだった。

私は、冷たいコンクリートの床に横たわっていた。


衣服も髪も濡れている。

肌にまとわりついて気持ちが悪い。

それに冷たい。


体を起こした。


どこだろう、ここは。


廃棄された団地か何かの一室…だろうか。

ガラスどころか枠すらないが、壁にぽっかりと開いた四角い穴は、おそらく窓だったものだろうということがわかる。

そこから見えるのは、鉛色の雲に覆われた空だけだ。


そのすぐ隣も四角く壁が切り抜かれている。

こちらはおそらく元扉があった場所だろう。

当然のごとく、その扉はもう存在しないが。

そこから見えるのは……、水だ。

水が見える。


私が寝ていた床の高さまで迫るほどに、水があった。

空を映し、くすんだ色に見える水。

雨を受け、いくつも波紋を作っている。


建物が、水に沈んでいる。



「…起きたのか。」


不意に聞こえてきた声に振り返ると、とても不機嫌そうなソーマさんの姿があった。

壁にもたれかかり腕組みしている彼も、今の自分と同じように、ずぶ濡れだ。


そこでやっと思い出す。

なぜ、このような状況にあるのかを。


「…え、あれ!? 何が起こったんですか!? っていうかここどこですか!?」

「説明してやるよ…。」

と言った彼の額にはくっきりと青筋が立っていた。


「お前のせいで崖から落ちた。」

「…ザイゴートのせいでもあると思います。」

口を出すと、黙ってろ…と睨まれたので、おとなしく返事をしてうなだれる。


「下が水だったから無事に済んだが、お前はこともあろうに気絶しやがった。」


そうなんだろうと思う。

何せ落ちた後の記憶がない。


「俺はお前と神機を抱えてここまで泳いできたんだ。」

ここが水から上がれる一番近い場所だったからな…と説明する。


「ううぅ…。」

「…何か言うことはねぇのか。」

「すみませんでした…。」

「フン…。」


泳いできたんだ…とさらっと言ったが、かなり大変だったはずだ。

彼のバスターブレードだけでもかなりの重量がある。

それに加え私(+私の神機)もとなると…。

いくら水の浮力があるとはいえ、常人ではそれら全てを抱えて泳ぐことなどできないのではないだろうか。


俯いて、黙る。

ソーマさんも口を閉じた。


沈黙が流れる。


とりあえず今のこの状況を何とかしなければと必死に考えた。

何か、ソーマさんにかける言葉がないかと。


「…あの…。」


しかし何を言えばいいのだろう。

彼に言えることなんて、謝罪の言葉くらいしかない。


「えーっと…、ソーマさ…」

「…怪我はないか。」

「え…?」


いろいろ考えていたせいで突然のソーマさんの言葉が耳に入らなかった。


「あの、今何て…?」


恐々と尋ねると、彼は一つため息を吐く。


「…どこか痛いとか、調子が悪いとか、そういうのはないか。」


私と目を合わせることなくソーマさんが言ったその言葉に心底驚かされる。


「だ、大丈夫です!」

「そうか。…ならいい。」


(ソーマさん…。心配、してくれたのかな…。)

ソーマさんの言葉に、とてもあたたかい気持ちになった。


「…よーし!さ、ソーマさん、戻りましょう!」


今の言葉だけで、一気に元気を取り戻すなんて、自分で現金だなと思う。

でも落ち込んでいたって仕方ない。

とにかく迷うより早く行動を起こすべし!…それが私のモットーだ。


しかし。


「どうやって? お前、崖を登れるのか?」

「…え。…無理です。」

「陸まで泳げるのか?」

もちろん神機を抱えて、だ。


「…無理です…。」

「だろうな。」


あっという間に元気はしぼんだ。


でも諦めるには早過ぎる。

何か他に手がないかと考えた。


「あっ!じゃあ連絡して助けてもらいましょうよ!ソーマさん携帯端末持ってたでしょ?」

…というか、自力で戻れないのであれば、もうそれしか道はない。


「壊れた。」

「え。」

「水に浸かったからな。」

「えーっ!? なんて不便な!そういうのって普通防水じゃないんですか!?」

「多少なら大丈夫だが、さすがに完全に水没するとなると、無理だ。」

神機使いが水に浸かることなど想定して作られてないからな…と、ソーマさんの冷たい視線が突き刺さる。


「うぅ…。すみません…。」

再びうなだれた。


「…じゃあ、どうするんですか…?」

「助けが来るのを待つしかない。」


任務の帰投時間を過ぎても連絡がなければ、まず間違いなく腕輪のビーコンを確認するだろう。

そうなれば、私とソーマさんがまだ生きていて、どこにいるのかもわかるはずだ。

場所がわかれば、すぐに理解してくれるだろう。

救助が必要だと。


それまで、おとなしく待っているしかなかった。


端に寄ろうと立ち上がる。

ソーマさんから離れた向い側の壁に背を預け、膝を抱えて座った。

彼の隣に座る勇気はなかった。


お互い壁に寄りかかり、黙って時間が経つのを待った。

今何時くらいなのか、あれからどれくらい経ったのか、まるでわからない。


ソーマさんの方を見やると、彼は相変わらず腕組みしたまま黙って床を見詰めているだけだった。


(怒ってる、のかな…?)


自分の不注意(と不器用さ)のせいで、ソーマさんまでこんなことに巻きこんでしまった。

彼が怒るのは当然だ。


不安と、悔恨と、自責と、それに寒さも手伝って、どんどん悲しくなっていく。


「……ごめんなさい…。」

消え入りそうな声で、そう呟いた。


彼が顔を上げ、こちらを見たのがわかる。


「…ごめん、なさい…。」


気付いたら泣いていた。

迷惑をかけてばかりの自分が情けなかった。


決して迷惑をかけたかったわけじゃない。

怒らせたかったわけじゃない。

でもいつも、やることなすこと裏目に出て、結局誰かに苦労をかけてしまう。


「…ごめ、…なさ、い…。」

涙を拭いながら、何度も何度も謝った。


その時。


ぽんっと、頭にあたたかい手が置かれる。

同時に、すぐ隣に体温を感じた。


いつの間にか、ソーマさんが傍にいる。


見上げると、彼は少し困ったような、でも優しい表情をしていた。


「ソーマさん…。」

「もういい。謝るな。」

「…ぅ…すみません…」

「謝るな。」

「は、はい…。」


すごく、どきどきした。

嬉しい…。


頭に置かれた手は、大きくて、あたたかかった。

こんな状況だけど、ずっとこうしていたい…なんて思ってしまう。


「…もう泣くな。」

「はい…。」


──やっぱり、ソーマさんは優しい。


落ちても助けてやらねぇぞ…なんて言って、ちゃんと助けてくれた。

落ち込んだ時は、ぶっきらぼうながらもこうして慰めてくれる。


強くて、そっけなくて、口も目付きも態度も悪くて。

…でもそれは不器用なだけで、本当はすごく優しいんだ。



会話が途切れ、沈黙が流れる。


なんというか……、気まずい。


どうやらソーマさんは、私の頭に置いた手をどかすタイミングを、完全に逸してしまったらしい。

どうしたものかと困っているのがうかがえる。


個人的にはすごく嬉しいけど、かなり恥ずかしい。

何か言わなければと、口を開いた。


「ソーマさん、あの……。」


しかし、自分で話しかけておいて何を言えばいいのか悩んでしまい、口ごもる。


とりあえず謝るのは駄目だ。

また怒られてしまう。


だから……、


「…ありがとうございます。」

感謝の言葉を口にする。

真っ先に言わなければならなかったはずなのに、まだ伝えられていなかった。


見上げたソーマさんは、少しだけ微笑んでくれる。



…今なら、言える気がした。

自分の気持ちを、彼に。



「…あの。ソーマさん、私……。」



──あなたのことが好きです。
〜Fin.〜

あとがき

彼女の告白が上手くいったのかどうかは、明らかにしない形で終わらせました。
もしかしたら、いいタイミングで救助が来てしまって、結局伝えられなかったかも。
とりあえずソーマは振り回されます。
なぜなら彼は“不器用なお人好し”だから!
2011/02/07(修正:2011/11/22)
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